周りは良い奴が多かったが、そいつと取り巻き2名は俺や俺の出身県のことを本当にバカにしていた。
取り巻きじゃないゼミ生から聞いたが俺のいないところでよく俺の陰ロで盛り上がっていたらしい。
イライラしたけど研究が楽しかったので何言われても相手にせずそっちに専念することにしていた。
他のゼミ生や後輩たちはそいつらが権威的に振る舞うので迎合せざるを得ないって感じで、自然と俺と疎遠になっていき、俺は悲しかったが研究と就活を頑張ることで気を紛らわしていた。
ある日、研究室で資料を印刷していたらそいつらが来た。
さっさと印刷して帰ろうと思っていたらそいつらは俺の研究対象をバカにしてきた。
自分でも不思議だったが、最初は嫌だった研究とその対象は、積み重ねていくうちに好きになっていて、就職の方向性を決めるまでに大事なものになっていた。
その日は怒りで夜眠れなかった。
この時に俺は復讐を誓った。
必死に考えて、考えついたのは、「学科内で行う研究発表会の場で奴ら全員の研究発表の矛盾や欠点を指摘しまくってボロクソに批判する」という、今思うとショボイものだった。
当時の俺は他に手がないと思っていたので、その方向で復讐の準備を進めた。
高校時代漫画しか読まなかった俺だったが、大学では専門分野の勉強が楽しくて論文読むのが苦にならない様になっていたので、正直、復讐の準備は俺にとって楽しい時間になっていた。
3人分だったが奴らは勉強に対して一切やる気がなかったから、確実に俺の方が詳しいと確信していた。
発表会は単位認定のための審査の場を兼ねていたが、形式的なものでほぼ形骸化していた。
俺は3人の研究分野ごとの資料を綴った分厚い資料のバインダー3つを持参して発表会に臨んだ。
俺は4年間で培った全集中力とバインダーを頼りに奴の発表を聴き入った。
聴いた奴の発表では奴の研究は一応基本を押さえて研究の体を成していた。
俺はこのとき、当惑した。
数ヶ月前のゼミ内発表から、もっとダメなものを予想していたからだ。
俺は絶望した。
違和感というか既視感だった。
俺はNの始めて聴くはずの研究の全貌がを既に分かっていた。
バインダーを開いて当日配られたレジュメとある論文を照合した。
ビンゴだった。
奴は「大胆なコピペ」というレベルを超えて「盗作」をしていた。
Nは見た目でわかる程激しく動揺してちょっと青ざめていた。
約1分の沈黙の後に、「その論文を知らなかった」と言った。
そういう卑怯な知恵の回る奴だった。
そして俺は決定打を出した。
「そんなことはないはずです。なぜならこのレジュメの引用文献欄に『〇〇先生の△△』と、該当する論文名が記載されています。あなたが知らないはずありません。」と
奴は心底バカで研究をナメていた。
そのツケがまわっていた。
Nの発表時間はそれで終わった。
発表会後、打ち上げに奴ら2人と先生の姿がなかった。
先生だけじゃなくて学科のドン的な先生もいなかった。
事情聴取がされていたことは発表会に参加した全員が分かっていた風でものすごく微妙な空気の打ち上げだった。
ちなみに俺はこの日人生で最高にビールが旨いと感じられ、飲み過ぎてリバースしてしまった。
リバースしながらも笑いが込み上げるというのはこの時以外もうないと思う。
取り巻きAは卒業したらしいが2月と3月缶詰で書き直しを命じられたらしい。
仲の良い大学事務さんから聞いたんだが、なんでも表沙汰にはなってないが、大学内でもある先生が盗作紛いをしたため、学内全体が盗作に神経質になっていた時期的な要因があり、さらに学科のドンとうちの先生がこの一件にブチギレだったらしい。
うちの先生は温厚な先生だが、研究者として許せなかったというのと、Nがなかなか論文書かないのを献身的にフォローし、提出できたときは涙していただけに、裏切られた感がすごかったんだと思う。
Nは当然だが内定もらってた就職先には行けなかった。
そして奴ら3人はもう卒業後のゼミの集まりには呼ばれなくなり、俺は大学出てからゼミ生と仲良くなるという不思議な体験をして、今を過ごしている。
終わり
遅くてゴメンな
しかし許された取り巻きと許されなかった主犯&取り巻き2号の線引きは何だったんだろうか?
きっちり書き直したか否かの違いだけ?
文面では許されなかった方は書き直しの機会すら与えられてないようにもとれるけど
2号はサークルの延長で仕方なくという感じでNのグループに属してて、俺に対する態度もNのいないところでは普通だった。
ゼミの仲間も集まりには2号だけには声かけたらしいが、いたたまれないのか断ってたらしい。
うちの大学で実際にあった例だ。
あ、スマン
2号って缶詰野郎の方かw
勘違いしてしまった
>>687に書いた2号=許された取り巻きは、>>687に書いた様に論文をまあまともに仕上げてたからセーフだったんよ