病院で処置してもらって、夫にTELしました。
迎えに来てもらいたかったんですが、流産したことを告げると
「ふうん。」
という、なんとも鈍い返事。
そして、次に続いてきた言葉が、
「そっか、じゃあメシどーする?お前作れないの?」
でした。
迎えに来てもらいたかったんですが、流産したことを告げると
「ふうん。」
という、なんとも鈍い返事。
そして、次に続いてきた言葉が、
「そっか、じゃあメシどーする?お前作れないの?」
でした。
そりゃ私になんの相談もなく義両親を我が家に呼んだり、
通帳を勝手に持ち出されたんで怒ったら
「俺の親を泥棒扱いするのか…!?」と何故か私を責めてきたり、
挙句に堂々と息子達のとこへタカリに行くような人達を擁護する奴なんて
いらないでしょ。
これまでの積年の恨み(って程大層なものではないけどw)もあるし。
産まれた時から夫に『あんまり俺に似てないな〜本当に俺の子?』と言われます。
私はウワキもした事ないですし、確実に夫の子どもだと言い切れます。
夫のコンタクトを買いにきて、支払いをガードにしようとした。
名前失念…チャージして払うやつ。
nanacoとかWAONとか、そんなガード。
残高がなかったから備え付けの機械で2万チャージ。
機械にはガードを置いとく場所がある。
まず【させてあげてる】って何?
一体いつ私が「専業主婦にして〜☆」なんて言った?
我が家は関係修復をしようということになっている。
あちらの家はバレていない。
まだ慰謝料請求とかどうなるか分からない。
金曜日は会社の飲み会に参加してたので23時頃に帰宅
そしたら単身赴任中の夫が帰ってきてていきなり怒鳴られた
飲み会に行くことも話してたし、夫が帰ってくることも聞いていない
帰ってくるなら飲み会行かなかったし
私は母子家庭育ち
父の顔も名前も知らない
母は私を産んだ時30代後半未婚の看護師
母実家は裕福だし、母もバリバリ働いていたから、金銭的な不自由はなかった
母も祖父母も私を大事に育ててくれたとは思う
でも私が父親的な男性を求めるヘキになったのはこういう育ちにも一因があるだろうと思ってる
一回り以上年上の夫と出会った時、私は19歳だった
おっとり温厚で優しくて真面目で、シロクマっぽい見た目もドンピシャ
だけど押しても全く手応えがなくて、少し諦めて2年くらい関わりがなくて、再会してからまた押したらどうにか受け入れられて付き合って、私が23歳の時に結婚した
10年ほど経った今でも私はおっとりのんびり優しい夫が大好きだし、子供達もパパ大好き
なんにも問題ない家庭だと自分では思ってる
だけど、結婚以来ずーっと、年の差婚に茶々を入れられるのが不愉快
言われ慣れてるけど、不愉快なものは不愉快なんだよね
ずいぶん年上の旦那さんなのねーって言われるくらいは全然いいけど、キモいとか陰口言われるのは許せない(陰口がデカい声で聞こえる)
年の差婚キモいと思うのは自由だけど、私達それでアナタに迷惑かけました?
キモいとか言ってるお前がウザいよとこっちも思ってるけど口には出してないんだからお前も黙れよっていう愚痴
犯罪が起こったとされる日、私達は共通の友人に招待され友人宅でささやかなお祝いをしていた。
犯行現場とされる場所は友人宅から車で行く様な距離だし私達も基本ずっと一緒にいた。
私達は友人宅に電車で赴き車も友人所有で鍵はずっと持っていた。
買い出しに近くのコンビニに行ったので防犯カメラの映像もあった。
ちゃんと証言もしたしすぐに間違いだと釈放されると思っていた。
被害者とされる女性は夫の会社近くの店で働いていた人だった。
その時に被害者をターゲットにした、と言われたが、夫は
「面識はあるかも知れないが店員の顔なんて一々覚えて無いし、誰かも分からない興味も無い」
と主張した。これは事実だと思った。
しかし裁判では夫の否認も自称被害者の女性の証言ばかりが採用された。
被害者が嘘を吐く理由が無い、とまで相手の弁護士は言い放った。
警察の捜査もずさんで、徒歩だと片道1時間近くかかるが全速力で走れば20分で着く。
だから犯行現場まで往復40分弱でつき10分足らずで最後までは未遂だが暴行を働いた。
理論的には可能だろう。そんな事を堂々と主張された。
夫は有罪になった。そんな馬鹿な、と思った。
「犯行が不可能であるとは証明出来ない、被害者の証言も信憑性がある」
それが理由だった。最後まで否認し続けていた夫は悪質だと判断され実刑判決を食らった。
夫とは泣く泣く別れ、逮捕から裁判までで会社も解雇され、近所でも噂を立てられ遠く離れた地元への引っ越しを余儀なくされた。
まだ小学生だった娘は夫と別れるのが辛く毎日泣いていた。私も泣いていた。
夫には度々面会に行ったが、「やり直そう」とは言われなかった。
「家族の為にも自分とは離婚してくれ」そればっかりだった。
私は夫がやる訳無いと信じていたから、無事刑期を終えたらまた家族3人で一緒に暮らそうと言い続けた。
被害者を裁判で訴えて、あの証言が嘘だと言わせようとも言った。夫はただうなだれていた。
夫が釈放され、迎えに行った。久しぶりに外で会う夫は酷く痩せていた。
しばらく一人で療養し、仕事などの準備が出来たら迎えに行くという言葉を信じ、夫の実家へ帰らせた。
それが夫と会った最後だった。
数ヶ月後、夫は自殺の様な形で事故死した。
義母からは「保険金があるから、全て私達に上げてやって欲しい。
これが迷惑かけた自分に出来る最後の事だから」と涙ながらに語られた。
義父は既に亡くなり、夫は一人息子だった。
義母も後を追うように亡くなり、全ての財産を私達に相続するという遺言まで遺してくれた。
受け取る訳には……と思ったけど、私達も少ない貯金で何とか生き永らえていた。
噂が出回り、居場所も職場も転々とし、余裕は全く無かった。
私達が夫が身を削って遺してくれたお金で何とか暮らす事が出来た。