入所者さんの中に、穏やかで可愛い感じのお婆ちゃんがいる。
ホームからそれほど遠くない所に住んでいるのだが、
息子さんは仕事が忙しくて、年に何回かしか面会に来ない。
孫は正月だけ、お年玉をもらいに来る。
Aさんは家族を恋しがって、面会を首を長くして待っており
その様子を見るのが辛い。
ある時、Aさんの容態が悪くなり、家族に連絡したが
息子さんは「救急搬送するなら、意思確認書を出してあるからいいだろう。
これから大事な会議があるから行かれない」と言う。
それでも生活相談員が「とにかく家族と一度お話したいので」説得し、ようやく面会に来てくれた。
私はAさんの介護のため付き添っており、息子さんが来た時もその様子を見ていた
待ちわびていた我が子の顔を見たAさんは、ボロボロ涙をこぼし
「私ももう先が長くない。短い余生の大事な時間なのだから
時々顔を見せてくれないか。孫にも会いたい」と、拝むようにして頼んでいた。
生活相談員も、「お忙しいのは分るのですが、実のお母様なのですし、もっと面会にいらしては」と、
ちょっと諭すように言った。
Aさんに向かって「あのなぁ、母さん!」と怒鳴った。
「俺が小さい頃、インフルエンザで高熱を出した時も
あんた、俺の枕元に水と菓子パン置いただけで仕事に行ったろうが!
小学生の子供一人で何日も留守番させたろうが!
母さんと一緒にいたいと泣いて頼んでも
母子で一緒にいた日が何日あったよ
誕生日やクリスマスに約束して、何カ月も前から楽しみにしていても
あんた、当日になったら、大事な仕事が入ったからと出て行ったろうが!
老い先短い大事な時間だというなら
子供の頃の時間は大事じゃないのか!」
もっと声を荒げて大変だったけど、こんな意味のことを息子さんは怒鳴っていた。
Aさんはワナワナ泣きながら、「お前を育てようと必死だったんだよ
お前にお金で苦労させたくなかったんだんだよ…」と訴えたけど
息子さんは、ものすごく冷たい顔で
「そうだな。俺も家族のために必死なんだよ。だから時間がないんだ。
経済的に苦労しなかったのは感謝してる。だから俺も母さんを
金のかかる立派なホームに入れている。これでアイコだろ?」
と言って、生活相談員を睨みつけて去っていってしまった。
あれから、Aさんは息子に会いたい、孫に会いたいと言うことがめっきり減った。
ただ、ものすごく暗い顔で、いつもため息ついてる。
このあいだ、
「本当に今更だけど、あの子はこんな気持ちで私の帰りを待ちわびていたんだなと
年を取ってから思い知らされたの…
もう取り返しがつかないのね。息子のためにと頑張ったのに
私の人生は何だったんだろう
これって因果応報なの?」と聞かれ、返事ができなかった。
生活相談員は、「Aさんがそうやって頑張ったから
このホームに入って安心して暮らせるんですよ」と慰めているけど。
普通はそんなズケズケ口出ししないよ