お勧めのものを貸し合ったりしていた。卒業後も月2回以上は会う仲だった。
あるとき、私たちはとある女性作家の作品と出会った。
その作家の作品は少々癖があり、好き嫌いが分かれるのだけど、私とAはどんどんはまっていった。
作中には複雑な事情を抱えた一癖も二癖もあるキャラクターが数多く登場するのだけれど
自身も家族関係で苦労してきたというAは
「この感覚が分かる人ってなかなかいないと思う。彼女は本物だ」と感動しきりだった。
お互いに社会人となって数年たったあるとき、地元でその作家のサイン会が行われることになった。
勿論喜び勇んで半狂乱で会場へと向かう私とA。
本や雑誌の対談等で写真で見ることはあっても生で彼女を見たことは一度もなかった。
へー
そりゃあ衝撃的だね
作品の雰囲気もあって、中性的で少し斜に構えた、冷たい感じの美人を想像していた。
けれども、実際の彼女は、明るく、幸せそうな方だった。髪の毛も見知っていた写真よりも長くて
女性的。声も結構高かった。
ちょっと面食らったけれども、私たちの番になったとき、彼女は優しく声をかけてくれて、感じが良かった。
まあ、イメージは崩れたけど、あれはあれで魅力的だと思い、私は満足だった。
だが、Aはサイン会の会場から出たのち、ずっと不機嫌だった。
理由を聞いても、「疲れただけ」と言うだけで、とりあえず新作読むの待ちきれないねーと言ってその場はお開きになった。ちょっとイメージと違ったのがショックだったのかなあ位にしか思わなかった。
期待しながら喫茶店に向かった。新作は期待通り、読み応えがあるものだったから。
が、Aの口から出るのは新作への批判ばかりだった。今までの作品と比べるとテンでダメ、
あのシーンでああいった行動をとるのはあり得ないetc.…。
何が良くないかを顰め面で理論的に2,3時間連続で口をはさむ間もなく語り続ける。
過去の作品と比べてここが劣っている、この展開は前と一緒だ…etc.…
まあ、納得できる言い分ではあったけど、それを言ったらお終いなんじゃ…というようなことまで。
感想は人それぞれだし…と悲しかったけれども自分に言い聞かせながら帰宅した。
帰宅後、それでも誰かと感想を共有したかった私は、ネットで新作の評価を調べてみた。
掲示板での評判は概ね好評で、なんだかほっとした。
しかも書いてあることかAが言ってたこととほぼ一緒。
え、まさかAが書き込んでいる?いや、同じような感想を持っている人もいるだろうし…。
その長々とした批評に対して掲示板の人たちは
「まあ、正論だな」「よく分かっていらっしゃる」「相当読み込んでるねー」等々受け入れていた。
しかし、その人物の投稿は延々と続いた。しかも内容が、徐々に作家本人への人格攻撃へとシフトしていっていた。
人生経験の浅さがにじみ出ているとか。
「しつこい」「嫌なら読むなよ」「そこにケチ付けたらそもそもこの人の小説よめないだろ」と他の人からも嫌がられ、最終的に無視されていた。
掲示板外にも個人の読書感想ブログにも同一人物と思わしき書き込みが見られて、嫌な気分になった。
数日後Aに別件で電話をしたのだけど、その時「ネットで新作の評判調べたら、Aと全く同じこと言ってる人がいたよー」と言ってみた。すると電話口から「それ、私!!」とうれしそうな返答があった。
曰く、あんな駄作を皆が評価しているのが許せなかったんだと。掲示板やブログ等、発言できそうなところには
色々批判して回ったそうな。「皆、私の考えに納得してくれたみたいなんだよねー」と嬉々として語るA。
いや、それ皆あきれて無視しただけでしょう。
あれ以降も何度も遊ぶ機会があったのだけど、Aはひたすら例の作家さんの悪口ばかり言い続けた。
別の作家さんや作品の話を振っても、最終的に例の作家さんへの批判に戻る。
ドラマや芸能関係、世間話、仕事の愚痴…何を言っても作家への批判へ。
しかも、最近の作品のみならず、あんなに絶賛していた過去の作品まで批判する。
うんざりして「そんなに嫌いなら読むのやめなよ」と言ってしまった。すると
「何を読んでどう感じようと私の勝手じゃない!」といきなり怒鳴った。喫茶店で。
そして作家さんのファンである私を罵倒してきた。嫌になって会計済ませて逃げてしまった。
それ以降Aと連絡を取り合ってはいない。
庇うようだけど、Aは決して変な人じゃない。
むしろ良くできた人だ。美人でそつなくて、仲間内でもかなり信頼される人だった。
いい企業に入って、素敵な恋人もいた。
Aと絶縁して数年、ある日いきなり大学時代の友人から電話がかかってきた。
「いったいAはどうしてしまったんだ!」と。
送り主はA、そして中身はすごい量の原稿用紙(200~300枚??)。びっくりして友人がAに電話すると(送り間違え??と思ったらしい)
「届いた?お願い、とりあえず読んで!!」
何故自分に?というか何?作家でも目指すのか等々質問したけど
「あなたに読んでもらいたいの!!いいから読んで!一生のお願い!!」
とかなり切迫した様子。
前述のとおりAは仲間内での信頼が厚かったし、何か事情があると考えた友人は律儀にも原稿用紙を読んだらしい。
友人は私やAと嗜好は違うものの、かなりの読書家。
しかし、作家でも編集者でもないただの勤め人。
読むのは早い方だったけれども、原稿用紙はなんとすべて手書きで、非常に読みにくかったらしい(しかも誤字脱字は斜線で潰したらしい)
それでも友人は頑張って読んだ。
曰く「読めないことはない程度」。しかも心優しい友人は、感想を求められた時のために、繰り返し読み返してあげたらしい。
そんなことをしていたら、土曜日が潰れてしまい、日曜日の朝になってしまった。
「とりあえず読んだのだが」と友人がAに伝えると「今から家にいくから!」とA。
Aは「これと比べてどっちが面白い?」といきなり一冊の本を差し出した。
それは、例の作家の本だった。
友人は作家の本を殆ど読んだことがないから知らないと応えたところ、じゃあ、読んでと強要するA。
意味も分からず、とりあえず作家の単行本を読んだらしい。読むのが早いから一時間程度で読み終わったみたいだけど。
読んで分かったことは、Aの書いた小説は、その作家と小説を模倣したものだったということ。
しかし、登場人物の名前、セリフ、文章、展開が微妙に違う。
Aは「元の小説を読んで直した方がいいと思ったところを自分なりになおした。こっちの方がセンスがいいでしょ」
と自慢げに語ったそうだ。わざわざ一から書き直して…。
…本業の小説家と素人が書いたもの。友人ははっきりと「いや、元の小説の方が面白いし読みやすい」と言ったらしい。
すると、Aは豹変して泣き喚いたらしい。
「なんで、休日ずっとこの小説に費やしたのに!有給も取ったし!仕事も効率落ちたし、彼氏とも喧嘩して、それでもやっと書き上げたのに!!」
友人もこの辺りで堪忍袋の緒が切れた。
「小説家でも目指しているのかと思ったらいったい何なんだ!!理由も言わずに送りつけて!!
大体、私だってあんたのせいで土日潰れたんだから!!」等々、その後友人と作家への呪詛を吐きまくるAと罵倒し合った末、なんとか家から追い出したらしい。
しかも、大量の原稿用紙を置いて行ったらしく、友人は後日、Aの家まで着払いで送りつけたそうな。
そして、そのまま友人もAと絶縁状態に。
しかし、そこにAの姿はない。
皆Aの事が好きだったから電話やメール、SNSで声をかけてるのに応答が全くないらしい。
誰も連絡が取れないみたい。
私はSNS関係に疎いのだけど、あるとき友人に見せてもらった。
直前までは例の作家の批判が続いていたけれども、急にぱったり途絶えている。
ちょっと心配だけど、関わるのは怖い。
作家さんの名前は伏せさせてもらいます。長々とすみませんでした。
誰一人「病気かも」と心配する人はいなかったのか。
学校卒業しても交流があるなら実家も知ってるだろうし、
当人に言うのは無理でも家族に伝えるとかさ。
けど、豹変したあの表情とか罵声を思い出すと未だに心臓がバクバクするんだよね。
小心者でごめんなさい。
ただ、実家は知っているけど、ちょっと複雑なのであてにならない。
卒業後自活してたしね。
他の友人が聞いてみたけど、梨のつぶてだった模様。
自活後何度か引っ越ししていてもう良く分からないみたい。
好きの反対は嫌いではなく無関心とよく言うが、かわいさ余って憎さ100倍で、徹底的に攻撃してしまったんだろうね。
ファンを自称してるけど、実は顔は知らないって人も多い気がする。
妹が貴志祐介の小説のファンだったんだけど(悪の教典、黒い家、新世界より、青い炎を書いた人)
テレビに出てきた彼が、生え際後退した太めのおっさんだったのを見て「嘘だー?」と絶叫したのが忘れられない。
声優は顔も選考内容に含まれるらしいけどね