拙い文章の上、少し長くなりますが、お付き合いして頂ければ幸いです。
途中、書き込み規制で更新が滞ってしまうかもしれませんが、どうかご了承ください。
スペック
渚(偽名)…145cm。体重は伏せておきます。
偽名の由来は、なんとなく本名と響きと意味が似ているから。
堺先生(偽名)…175cmくらい。少し痩せ型。
偽名の由来は、いつもニコニコしていて、俳優の堺雅人さんに似ているから。
初めて出会った時、24歳。
小学校の音楽教師。
クラスも一学年に2クラスあればいい方な、小さな小学校の、当時私は6年生。
チビでデブでその上クリックリの天パ。典型的な虐められっ子だった。
それでも負けず嫌いな性格のお陰か不登校にはならず、だからといって何の楽しみもない憂鬱な学校生活を送っていた。
そんな中、年度の教員入れ替えで新しい音楽科教師として赴任してきたのが、堺先生。
スラリと背が高く、その上若い堺先生が人気者になるのは、あっという間だった。
とても親切で優しい先生だったから、とくに女子達からの人気は高く、モテモテ。
私はと言うと、誰に対してもニコニコ淡々と敬語で話す先生に少し興味を覚えつつも、取り巻きの女子たちに牽制されてまるで接点が持てない状態だった。
秋の校内合唱コンクールに向けて、音楽は歌唱の授業が多くなっていた。
根暗な私には毎年苦痛の行事なのだが、この年の授業内容はさらにその苦痛を上回る内容だった。
まず一人ひとりの歌唱力をみて、ソプラノやアルト等の振り分けを行うことになったのだが、問題はその仕分け方。
ピアノの伴奏に合わせて、クラスの皆が見守る中、一人ずつピアノの脇に立ってサビのワンコーラスを歌うという地獄の様なものだった。
その上声が小さければもう一度歌い直すというオマケ付き。
虐められている自分が恰好の笑いものにされるのは、目に見えていた。
めげずに学校に通い続けていた私でも、この時ばかりは休めばよかったと本気で後悔した。
緊張で冷や汗ダラダラ、後悔の言葉を心の中でグチャグチャしゃべってる内に、嫌でも自分の番はすぐに回ってきた。
名前を呼ばれてピアノの脇に立つと、もうその瞬間からクスクスと笑い声が聞こえてくる。
途端に息が苦しくなった。
きっとコイツらは私が歌い直しになるのを想像してるんだろうな・・・
キモイ歌声で自分たちを笑わせてくれることを期待してるんだろうな・・・
そう思ったら無性に悔しくなって、怒りをバネになのか、羞恥心は軽く吹き飛んだ。
たぶん、あまりの緊張に、キレた状態だったんだと思う。
絶対に歌い直しなんてするもんか!と、声は大きく、歌詞はハキハキと全力で歌い上げた。
堺先生だ。
「凄い上手でビックリしました!素晴らしかった!」
先生がそう言うと爆笑はピタっと止み、クラスの女子たちはあっけにとられた感じでえ?え?と、私と先生の顔を交互に見比べていた。
一方の私は、やっぱり爆笑されたという気持ちで顔から火が出るほど恥ずかしくて、しばらく下を向いていた。
丁度その時チャイムが鳴り、音楽の授業終了。
混乱でどうしていいのかわからないまま、急いで音楽室から出ようとすると、私は堺先生に呼び止められた。
「本当に上手でした。恥ずかしがらないで、自信をもって。」
その時の事は、今でもハッキリと頭に残っている。
褒められて凄く嬉しかったのと、初めて間近でみる堺先生の顔と、なんだかよく解らない感情で、しばらくの間心臓のドキドキは収まらなかった。
音楽室でのソロデビュー(笑)以来、私は堺先生と話す機会が少しだけ増えていた。
本当に一言・二言交わすだけの会話だったが、私を見かけると話しかけてくれる先生がとても嬉しかった。
まぁそのお陰で、女子達の風当たりが更に強くなっていたのは言うまでも無いが・・・
卒業式の予行練習が本格的に始まると、私の心はずーっとザワザワしていた。
この学校を卒業したら、堺先生ともお話できなくなるな・・・とか
中学校に入っても同学年のメンバーは殆ど変わらないし、また学校生活がつまらなくなるな・・・とか
ただただ毎日そんな思いが頭中を駆け巡って、常に上の空。パンクしそうだった。
でもその思いの発散の仕方も、なぜ自分の心がそんなグチャグチャになっているのかも解らず、私の小学校生活はあっという間に終わっていった。
予想通り虐められはしたが、それは最初のうちだけだった。
きっと当事者達は虐め以外の楽しみと興味を見つけて、私の事を構わなくなったんだと思う。
それだけでも十分中学生活が過しやすくなったのだが、一つだけ心にずっと引っかかってる事があった。
話すのが楽しみだった堺先生が居ない事。
その楽しみが唯一ないだけで、虐められていた小学生時代よりも学生生活が今一楽しめないでいた。
人生初めての期末テストが終わった頃、まだまだ友達が出来ずに暇だった私は、ふと小学校を覗きに行ってみようと思いたった。
小さな田舎町だから、中学校と小学校は自転車で5分くらいの距離。
久々の小学校に懐かしさを覚えて嬉しくなったが、何となく思いたって来ただけなので、目的は特に無い。
駐車場脇に自転車を停め、非常階段に座って仕方なく校庭をぼーっと眺めていると、頭上から自分の名前を呼ぶ声がした。
見上げると、校舎の3階にある音楽室の窓から、堺先生が手を振っていた。
ドキっとしたと同時に嬉しく、でもなんだか小っ恥ずかしくて、私は小さく手を振り返した。
先生はそれを確認すると、スッと窓の中に消えていった。
思いがけず先生の顔を見れた事と、自分の事を覚えてくれていた嬉しさにほんのり幸福感を覚えながら、私はまた校庭を眺め始める。
わざわざ3階から声をかけてくれるなんて、やっぱり先生は優しいな
なんとなく来ただけだと思っていたが、もしかしたら自分は先生に会いたかったのかな?
そんな事を色々考えていると、今度はもっと近くから名前を呼ばれて私は振り向く。
正面玄関の方から、堺先生が歩いてきていた。
先生は私の横にチョコンと座ると、ニコニコしながら質問をしてくる。
特に何もしてません、ボーっとしてました。っと思いつつも言葉には出さず、一瞬間をおいて私は逆に質問を返した。
「先生こそ、何してるんですか?」
「姿が見えたので、お話しに来てみました。」
わざわざ自分と話すために降りてきたんだ…そう理解したとたん、私の心臓は、ギュッとなった。
「中学校はどうですか?楽しい?」
「…思ってたよりは、楽しく無いです」
「部活は?」
「…帰宅部です」
理由のわからない心臓の締め付けにクラクラして、ただでさえ少ない口数がもっと少なくなる。
せっかく来てくれたのだし、先生ともっと沢山話がしたいのに、言葉がスラスラ出てこない。
先生は気を使ってか、色々と話しかけてくれる。
それでも二人の間に沈黙が流れ始めるには、そう時間はかからなかった。
完全に会話の流れが止まってしまうと、更に何を話せばいいのか解らなくなる。
何か話さなきゃ…このままじゃかなり気まずい…
頭の中で軽いパニックを起こしながらふと先生を見ると、先生はやっぱりニコニコしながら校庭を眺めている。
その顔を見てたら、何だかこのまま沈黙でも構わないんじゃないかと思えてきて、私もまた校庭を眺め始めた。
いつの間にか、ムネの締め付けも消えていた。
階段の日陰を通り抜けていく風が心地よくて、日差しは暑いけど爽やかな晴れ…
なんとなく眺めていた校庭の景色がまったく別のモノに変わった様な、不思議な感じがする。
先生といると心地がいい。幸せな気分になるな…
そこでようやく私は、今までの先生への気持ちは恋心だったんだと自覚をした。
けれどそれ以上に先生が横に居るのがとても嬉しい。
このままこんな時間がずっと続くといいな…そんな事を考えていると、授業終了のチャイムが鳴った。
「さて、そろそろ戻らないと」
先生はそう言うと立ち上がり、小さく背伸びをした。
その瞬間、先ほどまでの心地よさはサっと消えうせて、私は一気に現実に引き戻された。
ここでさようならをしたら、次はいつ先生に会えるのかな…?そう考えるとまたムネが締め付けられる。
「じゃあ、また…」
ニコっと笑って先生は小さく手を振った。
校舎に戻って行く先生を見ていたら物凄いもどかしさに襲われて、私は気がついたら先生を呼び止めていた。
???っとした顔で振り返る先生に、急いで駆け寄る。
「あの……」
「どうしました??」
ドキドキしながら話しかけ、頭の中で一生懸命先生との接点を探す。
先生との時間を作るには、今の私にはコレしかない。
「……歌を私に教えてください。」
先生は驚いた顔をした。
「あります。けど…」
「だったら僕に教わるより、中学校で教わった方がいいn…」
言いかける先生の言葉を遮る様に、私は話を続けた。
「…私、自分の歌を初めて褒めてくれた先生に教わりたいんです。もっともっと上手になって、自分に自信を持ちたい。」
先生は上を向いてしばらく考え込むと、何かを思いついたようにまたニコっとこちらを見た。
「わかりました、校長先生に事情を話して、音楽室を使っても良いか聞いてみましょうか。ちょっと待ってて下さい。」
そう言うと先生は、小走りに校舎に戻って行った。
先生が校舎に入るのを見届けると、精一杯張っていた緊張が解けて、その場にどっとしゃがみこんだ。
今更になって後悔が押し寄せてきて、心臓のドキドキが激しくなる。
自分は凄く迷惑な事をお願いしてしまったんじゃないか…
迷惑だったけど優しい人だから、断る口実を探してるんじゃないか…
そんな考えが沸いては消え、沸いては消えして、心臓のドキドキはいつしかギュッとした締め付けに変わっていた。
断られた時に少しでも大丈夫なように、今のうちに心の準備をしておこう…
そんなネガティブな考えで悶々としていると、先生は思ったより早く戻ってきた。
「校長先生に許可貰えましたよ、二つ返事でOKでした。さて、これからどういう予定を立てましょう?」
先生はニコっと笑う。
私はと言うと思いがけない返事にビックリして、ほんの少しの間だけ固まってしまっていた。
「渚さん?」
「あ、え、はい、あ、ありがとうございます!」
そんな私の様子を見てプッと噴きだした先生は、まだ半分笑った顔のまま話を続けた。
「下校時間以降、職員会議の日や行事の時以外なら、音楽室を使っても構わないそうです。」
「は、はい。」
「さすがに毎日と言う訳にはいかないので、週に1.2回でどうでしょう?」
「は、はい。」
「じゃあ毎週火曜日って事にして、その週に都合が付けば金曜日もって事でいいですか?」
「は、はい。」
先生は堪え切れなくなったように、今度はアハハと声を出して笑った。
「さっきから はい しか言ってないけれど、コレで本当に大丈夫ですか?」
「は、はい!大丈夫です!…あの…先生は大丈夫ですか?いいんですか?」
「大丈夫じゃなかったら断ってます。担当してるクラスも無いし、暇だから平気です。」
先生がニコっとして頷く。
そこでやっとホっとした私は、さっきとは一変、とたんに夢心地になった。
「じゃあ来週…はもう夏休みか。火曜日はちょっと忙しいから、来週だけは金曜日、時間は15時からでいいかな?」
「はい、わかりました。」
「一応、学生服で来てくださいね。正装でくると言うことで。」
「わかりました。」
「じゃあもう戻らないと。また来週、渚さん。」
毎週先生と会える日が待ち遠しくて、一週間があっという間に過ぎていく。
複式呼吸の練習、高い声・低い声の出し方、細い声・太い声の出し方…
まぁ本当にただのボイストレーニングなんだけど、それでも徐々に自分の歌声が良くなって行くのが実感できて、更に楽しかった。
最初の動機こそ不純なものだったが、私は歌を歌うという事がどんどん好きになって行き、
また、先生への思いもどんどん大きくなっていった。
恋をして少しは身なりを気にするようになり、クネクネだった髪にはストレートパーマをかけた。
眉毛も整えるようになり、身長が少しだけ伸びたおかげか、体重も徐々に減っていった。
中一の冬休みが終わる頃には、自然と良く笑うようになり、友達もできた。
小学生時代には想像も出来ないくらい、私は明るい普通の女の子になっていた。
このままずーっとこの日常が続いて欲しいな…
私は生まれて初めて、心穏やかな充実した学生生活を送っていた。
いつものように発声練習をして一息休憩を入れていた時、先生が少し残念そうに、でもニコニコしながら呟いた。
「多分、今年は移動になると思います。」
穏やかに流れていた日常が、ピタっと止まる音がした。
「移動って…違う学校に行くって事ですよね?」
「そうですね、そういう事です。本当は公表があるまで言っちゃいけない決まりなんですが…」
「…どこに移動になるんですか?近くの学校?」
「いや、京都です。」
京都…学生の私には、あまりにも遠い距離だった。
「渚さんとはこう…少し特殊な形で関わってましたし、今後の予定もあるでしょうから、先にお話しておいた方がいいと思いまして…」
「そう…ですか…」
「急な事でごめんなさい。でも折角練習を続けてきたし、これからは中学校の音楽の先生n…」
その後、先生は何か色々話していたけれど、私の耳にはまったく入ってこなかった。
先生が生活の一部になっていた私にとっては、まさに沈んで行く船に乗っている気分。
先生が遠くに行ってしまう…
その事で頭が一杯になり、その日の残りのレッスンはずっと上の空だった。
今まで待ち遠しかった火曜日が、今までで一番来て欲しくない日になっていた。
いつものように音楽室に入る。
先生は珍しく、まだ音楽室には来ていなかった。
ふと、ピアノの後ろにあるカラーボックスに違和感を感じて目をやる。
今まで先生の私物がぎっしりと詰まっていたカラーボックスは、綺麗に片付けられていた。
あぁ、本当に居なくなっちゃうんだ…
そう実感した瞬間、涙が勝手に溢れて来た。
嗚咽するでもなく、ただただ涙だけがポロポロと溢れ出てくる。
泣いてる顔なんて見られたくない…早く泣き止まないと…
そう思えば思うほど、意志とは裏腹に涙が止まらなくなっていく。
なんとか泣き止む為に深呼吸を繰り返していると、音楽室のドアが開く音がした。
「待たせてすみません、ちょっと忙しくて…」
泣いて真っ赤になった目が、先生の目と合う。
先生のビックリした顔を見て、私は何故か恥ずかしくなり下を向いた。
先生はそっと扉を閉めると、いつものようにピアノの椅子に座る。
例え様の無い不思議な沈黙が、ただただ重苦しかった。
先に喋ったのは先生だった。
どうしたの?とは酷い事を聞くものだ…先生は何も気がついていないのだろうか?
それとも気がついてないフリをしているのか…?
「……寂しいです…」
私は勇気を振り絞ってそう言った。
先生はまたまたビックリした顔をしたが、すぐにまたニコっと笑って
「そうですね、僕も寂しいです。」
と、優しく言った。
「私は…」
「…?」
「私は、先生のお陰で変われました。先生のあの時の一言が、私が大きく変われるきっかけになりました。先生に会えて良かった。…だから…とても寂しいです…。」
昔の自分では考えられないくらい、自然にスラスラと言葉が出た。
そう言うと何だか心がふっと軽くなって、不思議と涙は止まった。
沈黙がしばらく続いた後、急に不安になって先生の顔をそっと見てみる。
また少し驚いた顔をしていた先生は、私と目が合うと、今まで見たことの無い穏やかな表情でにっこりと微笑んだ。
「ありがとう。そんな事を言ってもらえるなんて…教師になって良かった。僕もそう思わせてもらいました。」
ドキッとした。
先生はいつもニコニコしていたけれど、こんな柔らかい笑顔を見たのは初めてだった。
なんだか本当の先生に突然会ったような気分になって、耳がカーっと熱くなった。
「それだけ泣いちゃったら、もう練習は出来ないですね。今日はお話をして過ごしましょうか。」
少しの間を置いてそう言った先生の顔は、またいつものニコニコ顔に戻っていた。
私は先生の見送りをする為に、数人の友人達と一緒に空港へと来ていた。
相変わらず先生はニコニコしてて、友人達も久々に会う堺先生と話を弾ませている。
私もなんとなく会話に混ざりつつも、若干上の空。
先生の顔から目が放せず、とにかくボーっと先生だけを眺めていた。
「さて、そろそろ待合室に入らないと。今日はわざわざありがとう。」
先生が皆にお別れの挨拶をし始める。
私は勇気を振り絞って、先生に一枚の紙を渡した。
「…?」
「私の住所です…。あの…よかったら…お手紙下さい。」
先生はニコっと笑って渡した紙をポケットにしまい、私の頭をポンポンっと撫でると、そのまま待合室に消えていった。
あっという間に新年度が始まる。
私は相変わらずのうわの空で、何に対してもやる気が起きないでいた。
でももう中学3年。
高校受験も控え、いつまでもボーっと過ごすわけにはいかない。
それでもやっぱり先生が居なくなった喪失感は大きく、気がつくと先生の事ばかりを考えていた。
初めての恋をした私には、その感情の押し込め方なんてまったく解らなかった
夏休みになり、私はやっと失恋という言葉を噛み締めていた。
一生懸命考えた結果、あまりにも幼い恋に気がついたのだ。
先生はもう大人。
ましてや教師。
14.5の小娘が自分に恋愛感情を持っている事なんて、薄々感じてはいただろう。
そして、解った上で私が傷つかないように、ずっと変わりなく接していてくれたのだろう。
小さな脳みそで考えた結果出てきた、それが私の答え。
忘れなきゃいけないな…先生がずっと元気で幸せなら、私はそれでいい。
今思い出すと完全に自己満足でまだまだ幼い考えだが、私にはそれが精一杯だった。
夏休みも半分を過ぎた頃。
いつもの様に遅く起きた朝、猛暑にノックアウトされながら郵便受けを見に行くと、新聞の間に一枚の葉書が入っていた。
宛名を見ると私の名前。
差出人は…堺先生だった。
元気にしていますか?
歌う事はまだちゃんと続けているでしょうか?
こちらの暑さは厳しく、そちらで過ごした爽やかな夏の日々が思い出されます。
8月の花火大会の辺りに、そちらに観光で伺う予定です。
それでは、夏に負けずに過ごしますように。 ー
心がまた先生で一杯になるには、あっという間だった。
手紙を読み終え地域の予定表を確認すると、花火大会はもう目前だった。
だからといって、電話番号も知らない先生とは、会う約束も出来ない。
それに今年は、同級生男女数名で見に行くことに決まっていた。
これじゃ、何だか生殺しだなぁ…
久々に感じたムネの痛みを懐かしく思いつつ、私はもう、少しは大人になったのだと、そう自分に言い聞かせた。
花火大会当日。
初めて友達と見に行く花火大会。
一緒に行く予定の友人から浴衣を借りて着付けしてもらった私は、どうせなら…と勧められるまま、お化粧道具も拝借した。
中高生向けの雑誌と睨めっこしながら初めて施した化粧姿は、今思うと少しでも大人に近づきたかった気持ちの表れだったのかもしれない。
もしかしたら…というほんの少しの下心を含みつつ、私は会場に向かった。
が、結局ばったり先生に会える…なんてドラマチックな展開は無く、友人達と楽しく過ごして花火大会は幕を下ろした。
夏休みは楽しかったこと。
先生から手紙が来て嬉しかったこと。
歌は習いはしてないけれど、発声練習だけは欠かさずしていること。
花火大会で会えなくて、残念だったこと。
便箋3枚たっぷりに色々書いて、季節ごと以外での返事が来るようにと、祈るように投函した。
私の踏ん切りをつけたはずの心は、やっぱりまた先生に戻ってしまったのだった。
祈りが通じたのか、それからは二月に1回程度の頻度で文通が始まった。
他愛のない世間話ばかりだったが、たったそれだけでも繋がりが持てている喜びで、私の心は十分満たされていた。
また幸せな日々が、少しだけ戻ってきていた。
それにしても書き溜めとは優秀な>>1でありますにゃ
心が平常を取り戻すと、成績は面白いほどグイグイと上っていった。
このまま頑張って先生のそばに…とは思ったものの、当時母子家庭だった我が家の家計的には苦しく、仕方なく奨学金を使って地元の高校を受験した。
結果は余裕の合格。
私は晴れて高校生になった。
高校1年。16歳になった私は、すぐにバイトを始めた。
理由は、携帯電話を持つため。
同級生の間でも持ってない人は少数になっていたし、何より先生との手紙以外の連絡ツールが欲しかったのだ。
近所に昔からある、そこそこ大きな喫茶店のウェイトレス。
自給こそ低めだったが、マスターがとても優しく大事にしてくれたので、バイト自体は楽しいものだった。
そして、みっちり働く事2ヶ月。
念願の携帯電話を手に入れた私は、先生への手紙にはメールアドレスだけを添えた。
番号まで書いてしまったら何か厚かましいと思われるような気がして、子供心に遠慮をした結果だった。
住所を書いたメモを渡す時より緊張しながら、私はまた祈るように手紙を出した。
数日後、緊張や不安とは裏腹に、先生からのメールがあっさりと届いた。
本文は先生の名前だけという恐ろしくシンプルな内容だったが、それだけでも私は十分すぎるほど嬉しかった。
本当は毎日でもメールをしたかったが、迷惑になる事を考えて、極力控えるようにしていたのだ。
細く長くやり取りを続けてもうすぐ高校2年になる春休み前日、先生から思いがけない知らせが届く。
「移動が決まりました。また**小に戻ります。」
先生はこちらに戻って来たが、すぐに会う事は無かった。
会って話がしたい、声が聞きたいとは思ったものの、なんとなく会いに行く口実が出来ずにいたのだった。
それでもメールだけは続いていた。
そんな感じで日々は過ぎ、その年の9月。
私がずっと歌を習っていた事を聞きつけた高校の先生から、文化祭の催しで歌ってみないか?とのお誘いがあった。
校内でも歌が好きな生徒を集め、楽器の得意な先生達の伴奏に合わせて、生徒が好きな歌を歌うという企画。
最初こそ断ったものの、友達からの何で引き受けなかった?の声や、打診してきた先生の猛プッシュもあり、結局私は1曲限定という約束で引き受けた。
引き受けたは良いものの、何を歌って良いのかが解らない。
面倒な事に巻き込まれたな…と思いつつ、私は友人達に歌って欲しい曲は無いかを聞いてみた。
様々な歌が提案されたが、その中でも特に仲の良かった友人のリクエスト、Fayrayのtearsという曲を歌うことになった。
女子高生の大好きな、切ないラブソング。
初めて聞いた曲だったが、何より歌詞が甘酸っぱくてなんだか恥ずかしく、歌う約束をした事をちょっとだけ後悔した。
文化祭も間近になった時、私はそういう経緯で初めて人前で歌を歌うことになったと、堺先生にメールをした。
先生からは、絶対に見に行くと返事があった。
私は先生にラブソングを聞かれることが物凄く恥ずかしくて、やっぱりちょっと後悔をしたのだった。