高校のとき、山岳部に入ってた。
この山岳部、山に登らずに壁を登ってた。
いわゆるクライミング。
学校のトレーニングルームの一角には
顧問が作った5mくらいの壁があったし、
週末には少し離れたとこの20m級の壁に登りに行ってた。
それなりに気合入れて登ってた。
5mくらいならロープはいらないが、流石に20mはロープがいるので、
下でロープを誰かに持ってもらわないといけない。
その県のクライミング協会のおじさんが、
いつもロープ持ってくれてた。
「酒がのみたいw」「オイふざけんなww」と雑談しつつ、私は登り始めた。
普通に10mくらい登ったとこで、傾斜がかかる。
気合入れて登ったけど、頂上のゴールまで
あと少しってとこで手を滑らせて落ちた。
が、すぐブレーキかかってとまるはずのロープが止まらない。
むしろどんどん落ちてく。
何も考えられず、内臓が浮く感じを味わってると、
やっとブレーキかかって宙ぶらりん状態。
地面と足の差、20cmもなかった。
ブレーキ役のおじさんは半笑いで
「すまん、ぼーっとしとった」って謝った。
「死ぬかと思った」って怖くなり、いい年して泣いてしまった。
私以外は部に女子はおらず、
大人も男性ばっかりだったのでみんなちょっと狼狽えてた。
あとで落としたおじさんにはアイスおごってもらった。
今では笑い話だけど、後に道端でぶっ倒れて
本気で死にかけたときと同じくらい怖かったよ。
リアル遠見真矢だな。皆城総士の気持ちが良くわかることだろう。
その手のスポーツものはくだらん惰性と
慢心が命取りになるからな、無事でよかったよ
道で倒れた方のことも話してとあったのでちょいまとめてくる
結局全部書くことになってだいぶ時間かかったorz
長文だしうまく説明できてないと思うスマヌ。
前回より後の話で、そのまま高校の部活で
山岳部という名でクライミングやってたんだけど、
私の住んでる都道府県ではクライミングする学校なんて
2、3校しかなかったのと、
女子の競技人口も少なかったため、春の県大会で2位になった。
で、もともと全国レベルで競技人口少ないから、
国体の予選もかねて行ってたので、
国体選手の候補になった。
(出場者は二人で、1位は自動的に出場、2・3位でもう片方を選ぶ)
そんな大きな大会に出るんだと誇らしかったため、
さらに気合を入れて練習。
いつも練習は私と1・3位の子と
コーチでやってたからプレッシャーも多かった。
さらに、私は中学の頃太ってて、高校デビューしたかったから少しやせた。
(身長164cmで63kg→57kgに)
まだ太ってるかなって悩んでたところに、
コーチからふざけて「重いから少し痩せろよ~w」って言われた。
今なら悪気はなかったと思うし、冗談で受け止めれるけど、
当時の私は本気にして、「私デブなんだ!痩せなきゃ!」って思った。
それからかなりきついダイエット初めた。
お米を食べなくなり、朝は1時間くらいランニング。
お昼もほとんど野菜しか食べなくなってた。
そのころから私の様子は周りから見たらおかしかったようで、
でも気が付かなかった。
汚い話なんだけど、生理も止まってしまった。
結局、夏休みの合宿で正式な決定戦で
3位の子に負けてしまい、選手から外されてしまった。
長いので分けます。
そして9月、母親が本格的に
私が病気なんだと思ったらしく、病院にいかないかと言われた。
仕事先の人で、摂食障害(拒食症)だった人から
聞いた話と同じ症状だと。
私も常に無気力なのにストレス状態だったから
「自分はなんかおかしい」と思い病院に。
近所の精神科に行ったら、
「食欲の出る薬でも飲んどけば?」と言われ、泣きながら帰った。
もうどうしたらいいのか分からなくなって、
たよりにしてる内科の先生の所に行って、
大きな病院に紹介状を書いてもらった。
紹介された病院に行くと、
血液検査後、看護士さんが血相変えて
車いす押してきて乗せられた。
どうやら貧血ひどかったらしいorz
緊急入院とってないとこだったのに緊急入院になった。
後で先生に「こんな状態で立って学校行ってたなんて奇跡だ」と言われた。
(学校の後に病院行った)
やはり診断は摂食障害。
長いから割愛するけど精神も病んで、入退院繰り返した。
体重はたしか30kgぐらいだったかな?
一番ひどかった体重はもっと低かったけど。
次で最後
で、三度目の入院の前。
母親が高校の役員だったからその役員の集まりに出て行ってた。
姉もいたんだけど、大学に行ってた。
私はひとりで留守番してたんだったけど、
姉とケンタッキー行こうとして待ち合わせの駅(徒歩十分)に行こうとした。
が、なんか立ったら後ろに引っ張られる。
反り返りそうになるのを必死でこらえて、
なんとか傘を杖みたいにして歩いて向かおうとする。
でもとうとう、道で倒れてしまった。
その時の記憶はおぼろげなんだが、
幸いにも幼稚園の前で、
しかもそこの先生たちが見てた前で倒れたらしく、
すぐに救急車呼んでもらった。
あの時は本当に家族にもその幼稚園の先生にも迷惑かけたと思ってる。
その後、3回入院した病院の先生に
「私の力では貴女を救ってあげられない。ごめんなさい」
と泣きながら言われ、
その病院から紹介されたサナトリウムに移った。
そこはホントに糖質とか精神病んだ人たち専門の病院で、
転院初日に見た洗面台の上で雄たけびを上げる人に失礼だが
正直ドン引きし、本気で治ってここから出で行こうと決意した。
今は標準体重なって、まだ精神的に不安定になるときもあるが、
幼いころからの夢だった鍼灸師になるための学校に通っていて、
いい友達もいて毎日楽しい。
あの時助かったのはキリスト教の幼稚園の前だったからだと思ってる。
ありがとうマリア様。