189 :名無しさん@おーぷん 2018/04/27(金)01:30:45 ID:25V
大好きだったから自札しようとまで思ったけど、最後に心底ビビらせてやろうと思った
仕事もやめて、いろいろ整理してから元彼に遺書を送った
鬼電鬼ラインが来たけど無視。元彼はツイッターでかなりビビっているようだった
仕事もやめて、いろいろ整理してから元彼に遺書を送った
鬼電鬼ラインが来たけど無視。元彼はツイッターでかなりビビっているようだった
私は両手に荷物、夫は娘を抱えた状態、息子は夫にしがみついて満員電車の中で立っていた。
間もなく降りる駅、というタイミングで夫は息子に「次で降りるからパパのシャツ掴んでて!」と足下の息子に指示を出した。
が、息子はより掴みやすい私のウエストポーチのベルトを掴んで降りた。
ホームに降り暫く歩いたら夫が「あれ、なんでタロウ(仮)そこにいんの?」とすっとんきょうな声を出した。
夫の方へ振り返ると、知らない男の子が夫のシャツを掴んでいた。
当時、学校帰りは友人達と地元のゲーセンでたむろしていた。
俺たち以外にも他校の柄の悪いグループや、不良の連中もいたが、ほぼ互いに不干渉で絡む事はなかった。
その日、なぜかジャンケンポンゲームで異様な盛り上がりを見せていた俺達グループから離れ、一人太鼓の達人を楽しんでいた友人に唐突に謎の親子が絡みだした。
「100円ちょうだい」
「こんな小さい子に100円くらい出したら?」
「なぁ、どこの学生よお前w」
お手本のようなDQNな身なりの親子に、友人は「は?馬鹿じゃん」と鼻で笑って吐き捨てると、その言葉にDQN親父が「表出るかオイ?!」と友人の肩を強く叩いた。
弟は事務所で無表情で黙り込んでいて、「あーこれは何かあったな」とピンときた。
弟は悪くもないのに責められると頭が真っ白になって反論できなくなるタイプ。
悪さをしていない=自己弁護をしない=ダンマリといった感じ。
名前と連絡先だけ言って黙りこくる弟に店側はイラついて通報直前だった。
母と私で店に頭を下げて2人がかりで弟から話を聞き出し、ようやく事の全容が明らかになった。
弟は高校でタチの悪い同級生に徒弟扱いされていたらしい。
幸い金を巻き上げられたりといった行為はなかったものの、都合よくアゴで使われていた。
私が華の女.子.高.生.だった頃。
ある日曜の朝、下腹部の激痛で目が覚めた。
もう強烈に痛くて立ち上がるのもやっと。
子鹿みたいに足を震わせながら、まだ寝ている親の部屋を力無くノック。
普段めちゃんこ仲の悪い親子だったけど、もうそういうのとか気にしてられずひたすら「助けて……」
起きてきた母親は半ば床に這いつくばって泣いている私にびっくり!
たまたま近所の病院がカトリック系で日曜診療をしてたので、即刻車で連れて行ってもらった。
最大限にシートをリクライニングしてもらった車の中で数回リバース。
私「(ひたすらさめざめ泣く)」
母「あんた盲腸かもしれんね。覚悟してね」
私「(痛すぎて半分くらいしか内容を聞いてない)」
こんな話が車内でループしてた。
ただ特に話が面白い訳でもなく、内容はだいたい会社への不満か家庭の愚痴なので冷ややかな目を向けられることもしばしば。
またあやふやな情報や噂に過剰反応して騒ぐ癖もあり、信用はあまりない。
ある朝そんなおっさんがやべえと叫びながら走りまわっていた。
その時場内にはおっさんと俺入れて4人が各々の仕事の準備をしており、喚き慌てるおっさんを見た他3人は皆また始まったと相手にしなかった。
しかし準備を終えて一休みしようと休憩所に向かいかけた俺が見たのは、おっさんの担当のフライヤーの半分くらいを覆う炎と、それに必至で小麦粉をかけるおっさんだった(消火器は管理職の判断がないと使えないので小麦粉をかける判断は正しい)
思わず火事かよ!!! と絶叫して俺も小麦粉を取りに走った。
他二人も俺の声に反応して袋片手に走ってきた。
4人で必至に粉をかけて何とか鎮火した。
しばらくして出勤してきた工場長は、叫んでるのに誰も助けてくれなかったと嘆くおっさんを普段から落ち着きがないからだと叱りつけ、俺たち3人はお咎めなし。
後日3人でおっさんに飯を奢った。
炎を見た瞬間は修羅場だったが、おっさんは出世した今も裏ではリアル狼少年と呼ばれているw
ある日、仕事帰りに同僚に誘われて居酒屋に飲みに行ったんだが、疲れのせいもあってかなり酔った。
勤め先は誰もが知ってる企業だったし、次男だったし、実家は結構な不動産持ちと
条件としては良かった。
昔色々思う所があって、前の夫の貯金を貰ってしばらくフラフラしてしまった。
別に大きな不満があった訳では無いけど、専業主婦という自分が嫌だったんだと思う。
そのまま2、3年は自由に遊び回って、お金が少なくなったら適当にバイトしてお金貯めて、
たまに実家に戻ってお金借りたりして過ごしていた。
その間、元夫は長女の世話を懸命にしていた様だった。
当時、母の勤務時間が変わってシフトが夜勤続きになった
明け方4時頃帰宅する毎日で、そこから私が起きる時間まで起き続けるのも、ちょっとだけ寝てまた起きるのも辛いってことで、母が起きてこなくても私が自力で身支度して登校できるようにと、私に「あさごはんのつくりかた」を教えてくれた(ちなみに父は逆に夜明け前に出勤する職種で朝は不在だった)
まぁ作り方と言っても、食パンをトースターで何分焼いて、冷蔵庫にストックしてある茹で卵かヨーグルト、フルーツ、それと牛に.ゅ.う.か野菜ジュースを出して…っていう、火も包丁も使わないままごとみたいな内容
それでも当時の私は「自分で自分のごはんを用意するなんて大人みたい!」とテンションが上がり、一人前になったような気がして誇らしかった