父が飲んだくれのDV親父で…ならともかく、私と二つ下の弟が小さい頃は
季節ごとに色んな所へ連れて行ってくれた
どんな事でも家族がいたから楽しかった
母も変な人ではなく、ちょっと気は強いけど優しい母だった
ある日、夜にどこかの部屋からガシャーン!という大きな音がして目が覚めた
その頃私は中学生で、弟は小学生だったので二人で共有していた子供部屋に寝ていた
「何だろう、一階の方からだ」「泥棒違うんか」と二人で部屋にあったバットなどの
何かしら武器になりそうな物を抱えて恐る恐る音のした方へ行くと、
台所の電気がついていて、両親の怒鳴り声が聞こえた
「何なのよ!馬鹿にして!!」という母の高い声が更に高くなった甲高い声
「馬鹿になんかしてないだろ!!」という普段声を荒げる事のない父の怒鳴り声
これは普段のささやかな言い合いレベルの喧嘩ではない、とすぐに私達は気づいた
二人で息を潜めながら聞き耳を立てていると、
どうやら父が他の女性とどこか出かけて正に先ほど帰って来たらしかった
その時の時刻は日付を越えた午前2時10分 今でも覚えている
そんな時間に、しかも異性と出かけて帰ってくるなんてどう考えてもおかしい
まさか、と思った 弟も目を丸くして私を見ていた
「母さんと父さん『リコン』するのかなあ」と弟がうつむいて泣いていた
「分からん、分からんけどどっちについていくかとか、考えた方がいいかも…」と
私は泣きながらもなるべく冷静なふりをした
全く眠る事が出来ずに朝を迎え、私達は「夕べのは聞かなかった事にしよう」と密かに約束して居間へ向かった
そこには、いつも通りの両親がいた
「ああ、おはよう」と言うワイシャツにネクタイを締めたいつもの父と、
「あんた達ちょっと遅いんじゃないの?」と言う普段着の母がいた
ただ、明らかに二人とも疲れた顔をしていたし、
何より両親はお互いはもちろん、私達とも目を合わせようとしなかった
その光景に、「そういえば、二人とも嘘つくのが下手だったっけな」と他人事のように私は思っていた
何かが違う事くらい小学生でも分かったんだろう
堰を切ったように弟が泣き出して、私も両親を見ていられなくて泣いた
そこで夕べのやりとりを見てしまった事を告げ、部屋へ走って閉じこもった
両親は呆然としていたようだったけど、
私達を追うわけでも無く、すぐに後ろから夕べのような怒鳴り合いが聞こえるようになった
その間に二人でバリケード代わりに本棚をドアの前へ動かして、抱き合って泣いた
本棚を見ても泣けた 父や母が買ってくれた漫画や小説がぎっしり入っていたから
「夢であって欲しかったよなあ…」と力なく言う私
結局、両親は離婚したが、私達はどちらの方へ行くのも嫌がった
妻子がありながら他の女性と関係を持ち、その写真を肌身離さず持っている父、
あんな事があったのに子供に黙って取り繕うとした母が信じられなかった
何より、子供が泣いているのに追いかけもせずに「おまえのせいだ」と怒鳴り合う両親が嫌だった
「二人はそれでいいかもしれんけど、私達はそんなの絶対許せない!」と二人に叫び、
「あんた達と血が繋がっている人間の所にも行きたくない」とはっきり言って
私達は施設に預けられる事になった
非行に走ったりグレたりなんかしなかったし、二人とも「良い子」だったけど、
とにかく嘘を嫌い、じっと相手の目を見て話を聞く子だったね、と職員の人に言われたのを覚えている
今、私は成人し、どこにでもいる会社員として働きながら弟の学費を払っている
生活は弟と二人暮らし
両親が何をしているのか知らないし、知りたくもない
ただ、私達は二人とも結婚しないつもりだと言う事は教えてやりたいと思っている
両親が離婚して、今日で10年経つのでここに書き込みました。
多分スレ的にはそう大したものでもないんでしょうが、
私達姉弟にとっては人生最大の衝撃だったので…
父の浮気相手も、一度だけ見た事があったんですが
それは本筋に関係ないので割愛しました
長々と失礼しました。
うちも別に普通の両親だったけど、父親の浮気発覚したとき母親は「ほほーう(ニタニタ)」て感じだったから
幼少期の私も「ははーん(ニタニタ)」て感じだったわw
お父さんでもモテるんだねぇーと母と関心してたです。
なんかうちは総勢大雑把だったから特に修羅場もなかったけど性格によるのかね。
あー昼真っから目から水が 共感し捲くり
その晩の姉弟を抱きしめてあげたいよ
結婚は必ずしもしなくてもよいのは当たり前
それでも完璧にそれを排除した人生を送ってほしくない
共感できる者からの願いです
でも下種にもなってるので父の浮気相手もkwsk
お母さんのニタニタの裏には、浮気の証拠をガッチリ握り、
お父さんと浮気相手からガッツリ慰謝料をもらって、離婚すると言う魂胆があったからじゃないのと、エスパー
当時の友人も施設に入った辺りで疎遠になり、
正直高校に行っても友達が出来なかったのもあって
こういう話を出来る相手がいなかったもので…
とりあえず、誰かに見てもらえたら、と思って書き込んでしまいました。
これですっきり出来るかな、とも
弟が先にねらーだったので、ここを勧めてくれたというのもあります
不快な思いをされていたらすみませんでした
母親はボヤっとしたタイプでちょっと天然系だから慰謝料も離婚も特に考えてなかったわ。
お父さんはしょうがないなぁ~って今も仲良く暮らしているよw
虐待するような変な親ならまだしも家族で出かけたり楽しく暮らしてきたんでしょう?
ありがとうございます
もう結婚なんかしたからああいうことになるんだ、と
自分の中で思ってしまっているんでしょうね
他人に対して友人としての好意はあっても愛情がわいてこないんです
芸能人を見ても美醜こそ分かりますが、それ以上はあまり…
もちろん、アニメや漫画でも同じですので二次元に走ったと言う事ではないですw
弟は完全にオタクになってしまい、二次元しか信じられないようですが…
浮気相手については、
携帯の電池を入れる場所のふたの裏に父と見知らぬ女性がピースサインをしているプリクラが
貼ってあるのを見つけてしまったので見た事がある、というだけです
直に会ったわけではありません
>>546
本来ならどちらかが親権を取って育てるべきなんでしょうが、
とにかく私達子供側が嫌がったんです
絶対に父や母と暮らすのは嫌だ!!と話し合いの場でも叫びました
どちらかと血が繋がった人の所へ行ってもまた嘘をつかれたら嫌だ!!と
親戚の所へ行くのも嫌がりました
それまでは本当に仲の良い、どこにでもいる家族のようだったので
なおさらそれを壊すような真似をした両親が信じられなかったんだと思います
周りの大人は手続に苦労しただろうなあ
中学生なら子供の意志が尊重されるから別に苦労なんかしてないだろ知ったか乙
両親の顔を見ただけで弟は泣いて暴れるような状態になるし、
私も暴れこそしないけど冷たい目をして二人を睨んでるしで
周りも「どちらか選べ」とは言えなかったのでは…と今は思っています
誰が手続きしてくれたのか、辺りは憔悴しきってたのもあって分かりません
ただ、そういう係?の人が、市役所の一室で
「○月○日、何時頃に家へ迎えに来るからそれまでに荷物をまとめて置いてね」と
言った事は覚えています
あと、「お姉ちゃん、弟も大事だけど、あなたも大事なのよ」と言ってくれた事も
(相当荒んだ目をしていたようです)
「姉ちゃん、僕服とか持って行きたくない…」(両親が買ってくれた物だから)とぐずる弟に
「着る物無かったらどうやって暮らすの」と言い聞かせた事も覚えています
先生とか職員の人の話だったのね、ごめん。
534姉弟をこんなめにあわせた父浮気相手母に天誅が下ってほしい。
いや、あんたが知ったかだよ
十年前なら各地のその手の施設もかなり飽和してきてたし、
具体的な虐待がない状態で、子供の意志だけを尊重して施設に迎えるのは
ルール的にも、単純な定員との兼ね合いでも、相当困難だったはず
534姉弟が望みを通せたのは、周りの理解と協力があってのことだよ
母を恨むのは筋違いな気がする
あんなことがあったのになんもなかったように取り繕って ってあるけどさ
取り繕ったんじゃなくて言えなかったんじゃない?自分の子供に夫が不倫してたなんて
昨晩に大げんかして頭の中ぐっちゃぐっちゃに混乱してたんだと思う
それで子供に喧嘩見たと言われ、閉じこもっちゃって、どうすりゃいいかわからずやり場のない怒りを父にぶつけた・・・
怒り心頭に発してて子供の事考える余裕なかったとか考えられないかな?
そこまで母嫌っちゃうとただでさえ被害者なのにかわいそうに思えてくる
長文失礼
今となってはそうだったのか違ったのかは分かりません
後出しになってしまいますが、
本棚が置かれているので開かないドアの前で
「あんた達さえ我慢してくれれば…」というような台詞を母が言いました
あまり思い出したくないのですが、
あなた達さえ我慢してくれれば私は耐えられる、だから家族に戻りましょうと言う感じの
言葉だったと覚えています
(子供さえ気づかなければ離婚する気はなかったようでした)
あんな大きな音を立てて怒鳴り合っている上、
あんなに疲弊した表情では時間の問題だったとは思いますが…
さらに弟が父を見ても母を見てもパニックを起こすようになってしまい、
親戚が両親のどちらかの血縁だと知るやパニックを起こすようになり、
結局私といる時だけは普段の調子に戻っていたので
どちらにも置いておけないという事になったのかもしれません
今更ですが、何の関係もない祖母や叔父・叔母には申し訳なかったですね…
当時は両親と少しでも繋がりがあればみんな嘘つきだ!と噛みついていましたので…
子供だったからこそ、強烈に印象づいちゃって
トラウマになっちゃったんじゃない?
自分は成人してから、両親が母親からの申し出で
離婚したけど、浮気とかじゃなくても、
離婚するほど仲悪いなんて思ってもみなかったから、
やっぱりショックで精神的に不安定になったし、
弟と泣きながら今後について相談しあったよ。
結局父親の姓のままでいることを選択したけど。
当時高校生だった弟は周りの友人や塾の先生に、
ありがたいことに凄く支えてもらって
グレずに進学もできたけれど、離婚を言い出した
母親への嫌悪感は20年たった今でも
拭えないそうな。
私も離婚当初は父よりだったけど、結婚して
子供を持つようになって、ようやく、
両親には婚姻を継続していく努力が足らなかった、
もしくは別々の方向を向いていたんだろうと
思えるようになった。
>>534はまだ若いし、もう少し時間がたつと
ご両親のことを別の角度から見られるように
なるんじゃないかな?
だけど、まだ小学生の弟まで手放してしかもその後学費の面倒もみない親ってのも…
少しは我慢してどちらかの親の元に残れば良かったとは今現在も思わないのかな
当人じゃないし、ましてや両親に離婚された経験も無い自分には語るに忍びないわ
多分、経験者にしか分からない感情の終着点があるんだろ
この調子だと「汚い親からの汚いお金なんて要らない!」と拒絶したのかと思った。
しかしこの母親はキツいよな…旦那には浮気され、
子供には何故か加害者の父と同罪扱いされて憎まれ拒絶され…。
もし日頃家族に冷たく当たっていたとか、
落ち度になる様な行動をしてなかったのなら不憫過ぎる。