僕は彼女の手をにぎり「話があるんだ」と切り出した。
妻は何も言わず席についた。その目は苦痛に満ちていた。
ふと、僕はどう切り出したらいいのか分からなくなった。
でも言わなければならない。
「離婚したいんだ」と。
僕は冷静に、その言葉をロにした。
「どうして?」
その問いに敢えて答えないでいたら、妻はとうとう怒りをあらわにした。
彼女は箸を投げ散らかし叫んだ。
「あんたなんか、男じゃない!!」
妻のすすり泣く声がかすかに聞こえた。
わかっている。
どうして僕らがこうなってしまったのか、妻はその理由を知りたがっているのだ。
でも僕は、彼女を納得させられるような説明をとうてい与えられるはずはなかった。
それもそのはず。
僕は「ジェーン」という他の女性を愛してしまったのだ。
妻のことは、、、もう愛していなかった。
ただ哀れんでいただけだったのだ!
その中には、家は妻に譲ること、車も妻に譲ること、
僕の会社の30%の株も譲渡することを記した。
彼女はそれをチラと見ただけで、ビリビリと破り捨てた。
僕がこの10年という月日を共に過ごした、この女は
僕にとってもはや「見知らぬだれか」に成り下がっていた。
彼女が今まで僕のために浪費した、時間、労力、エネルギーに対しては、、、
本当に申し訳ないと思っている。
でも自分が「ジェーン」を愛しているという気持ちに
これ以上目を背けることは出来なかった。
ヘンな言い方だが、僕はその彼女の泣く姿を見て少しホッとしたのだ。
これで離婚は確定だ。
この数週間、呪いのように頭の中につきまとっていた「離婚」という二文字は
これでとうとう現実化したのだ。
その翌日、僕は仕事からかなり遅くに帰宅した。
家に戻ると、妻はテーブルに向かって何かを一生懸命に書いていた。
夕食はまだだったが食欲など到底なく
僕はただベッドに崩れるように倒れ込み寝入ってしまった。
深夜に一度目が覚めたが、その時も妻はまだテーブルで何かを書いているようだった。
僕はもはや大した興味もなく、ふたたび眠りについた。
彼女は家も車も株も、何も欲しくないと言った。
でもその代わりに「1ヶ月間の準備期間」が欲しいと言ってきた。
そして彼女の条件は、その1ヶ月のあいだ出来るだけ「今までどおり」の生活をすること。
その理由は明確だった。
僕らの息子が、1ヶ月後にとても大切な試験を控えているため
できるだけ彼を動揺させたくないというのが、彼女の言い分だった。
それに関しては、僕は即座に納得した。
だが、それ以外にもうひとつ妻は条件をつけてきた。
「私たちが結婚した日、あなたが私を抱き上げて
寝室に入った日のことを思い出してほしい」と。
そして、これからの一ヶ月のあいだ、あの時と同じようにして
毎朝、彼女が仕事へ行くときに
彼女を腕に抱き上げて 寝室から玄関口まで運んでほしいと言うのだ。
でもこれ以上妻といざこざを起こしたくなかった僕は、黙って彼女の条件を受け入れた。
僕は「ジェーン」にこのことを話した。
ジェーンはお腹を抱えて笑い、「ばかじゃないの」と言った。
今さら何をどうジタバタしたって離婚はまぬがれないのにと
ジェーンは嘲るように笑った。
僕が「離婚」を切り出して以来
僕ら夫婦はまったくスキンシップをとっていなかった。
なので彼女を抱き上げて玄関口まで連れていった1日目
僕らは二人ともなんともヘンな感じで、ぎこちなかった。
「ダディーがマミーを抱っこして『いってらっしゃい』するよ!」
その言葉を聞くなり、僕の胸はきりきりと痛んだ。
寝室からリビングへ、そして玄関口へと
僕は妻を腕に抱いたまま10メートルは歩いただろうか。
妻は目を閉じたまま、そっと
「どうかあの子には離婚のことは言わないで」と耳元でささやいた。
僕は黙ってうなずいた。
でもなぜか、そうしながら心はひどく動揺していた。
妻をドアの外に静かにおろすと、彼女はそのままいつものバス停へ向かって歩いていった。
僕もいつもどおり車に乗り込み仕事へ向かった。
初日よりは少しは慣れた感があった。
抱き上げられながら、妻は僕の胸に自然ともたれかかっていた。
僕はふと、彼女のブラウスから薫るほのかな香りに気づいた。
そして思った。
こうして彼女をこんな近くできちんと見たのは、最後いつだっただろうかと。。。
妻がもはや若かりし頃の妻ではないことに、僕は今さらながら驚愕していた。
その顔には細かなシワが刻まれ
髪の毛には、なんと白いものが入り交じっている!
結婚してからの年数が、これだけの変化を彼女に。。。
その一瞬、僕は自問した。
「僕は彼女に何てことをしてしまったのだろう」と。
彼女を抱き上げたとき、ふと
かつて僕らの間にあった、あの愛情に満ちた「つながり感」が戻ってくるのを感じた。
この人は
この女性は
僕に10年という年月を捧げてくれた人だった。
5日目、そして6日目の朝
その感覚はさらに強くなった。
このことを、僕は「ジェーン」には言わなかった。
日にちが経つにつれ
妻を抱き上げることが日に日にラクになってゆくのを感じた。
なにせ毎朝していることなので、腕の筋力もそりゃ強くなるだろうと
僕は単純にそう考えていた。
鏡のまえで何着も何着も試着して
それでも体にピッタリくる一着が、なかなか見つからないようだった。
そして彼女は「はあ〜っ」とため息をついた。
「どれもこれも、何だか大きくなっちゃって。。。」
その言葉を耳にして、僕はハッ!とした。妻はいつの間にやせ細っていたのだ!
妻を抱き上げやすくなったのは、僕の腕力がついたからではなく
彼女が今まで以上に軽くなっていたからだったのだ!
それほどまで、やせ細ってしまうまで彼女は痛みと苦痛を胸のなかに。。。
僕は思わず手を伸ばして、妻の髪に触れていた。
そこに息子がやってきた。
「ダディー、マミーを抱っこして『いってらっしゃい』する時間だよ!」
息子には、父親が母親を毎朝抱き上げるこの光景を目にすることが
すでに大切な日常の一場面となっているようだった。
妻は、そんな息子にむかって「おいで」と優しく手招きしたかと思うと
彼を力いっぱいぎゅっと抱きしめた。
僕は思わず目をそらした。
そうしないと、最後の最後で、気が変わってしまいそうだったからだ!
寝室から、リビング、そして玄関口へと彼女を運んだ。
妻はただそっと、僕の首に腕を回していた。
そんな彼女を、気づいたら強くグッと抱きしめていた。
そうまるで、結婚したあの日の僕のように。。。
彼女の、それはそれは軽くなった体を腕のなかに感じながら
僕は例えようのない悲しみを覚えていた。
僕は、一歩たりとも歩みを進めることができなかった。
その日息子はすでに学校へ行ってしまっていた。
僕は妻をしっかりと腕に抱き、そして言った。
「今まで気づかなかったよ。僕たちの結婚生活に、
こうしてお互いのぬくもりを感じる時間がどれほど欠けていたか・・・」
そして僕はいつもどおり仕事へ向かった。
何かにせき立てられるように、とにかくここで、
最後の最後で自分の決心が揺らいでしまうのが怖くて、それを振り切るかのように
車を停めると鍵もかけずに飛び出しオフィスのある上の階まで駆け上がっていった。
気が変わってしまう前に、オフィスへ行かなければ。
早く「ジェーン」のもとへ!
彼女を見た瞬間、僕は思わず口にしていた。
「ジェーン、すまない。 僕は離婚はできない。」
ジェーンは「はあ?」という目で僕を見つめそして額に手をあてた。
「あなた、熱でもあるの?」
僕はジェーンの手を額からはずし、再度言った。
「すまない、ジェーン。僕は離婚はできないんだ。」
「妻との結婚生活が『退屈』に感じられたのは、彼女を愛していなかったからではなく
僕が毎日の小さな幸せを、他愛のない、だけどかけがえのない小さな日常を
大切にしてこなかったからなんだ。今頃になって気づいたよ。
あの日、あの結婚した日
僕が彼女を腕に抱いて家の中へ初めての一歩を踏み入れたあの日のように
僕は死が二人を分つまで、彼女をしっかり腕に抱いているべきだったんだ!」
そして僕のほっぺたを思いっきりひっぱたくと、扉をバタン!と閉め
ワーッ!と泣き叫びながら飛び出して行った。
僕はそのまま黙って階下に降りた。見ると、花屋が目にとまった。
僕はそこで、妻のためのブーケをアレンジしてもらった。
店員が「カードには何とお書きになりますか?」と聞いてきた。
僕はふと微笑んで、言った。
「そうだね、こう書いてくれ。」
『毎朝君を腕に抱いて見送るよ。死が二人を分つ、その日まで...』
その日の夕方、僕は妻への花束を抱え、顔に笑顔をたたえて家についた。
早く早く!妻のもとへ!
出迎えてくれた妻はベッドで冷たくなっていた。。。。
何も知らなかった。
僕は、何も知らなかったのだ。
妻が「ガン」であったことさえも。
ジェーンとの情事にうつつをぬかしていた僕は
妻がこの数ヶ月必死で病魔と戦っていたことに気付きさえしなかったのだ!
妻は分かっていたのだ。自分がもうじき死ぬことを。
彼女が出してきた「離婚の条件」は
僕を責めるものではなく、僕を救うためのものだったのだ!
自分亡き後、最愛の息子から僕が責められることがないように。
そう、そういう僕を毎朝見ていた息子にとって僕はまぎれもなく
「お母さんに離婚をつきつけたお父さん」ではなく
「お母さんを最後まで愛したお父さん」となったのだ。
原文は英語で、日本語訳を載せてくださっていた方よりコピペしました。
と思って読んだけど
最後が泣けた
そりゃ、シタへの思いやりとか、配慮とかさ、大事にしたいよ。でもこんな形で報われたくない。残り少ない人生なら、シタや子どものその後も大事にしたいけど、私だって思い切り幸せ貰いたいよ。
こういう美談読むと、なんかモヤってして、幸せ貰いたいって望んで何が悪いこん畜生って思っちゃう。
素直な気持ちになれないの、やっぱり私、痛んで病んでるんだろうね。