というか、ある意味こっちの方が酷いかも知れない。
5年ほど前、大学生だった俺は某大手塾(こっちもチェーン展開してて都内各所にある)で
講師のバイトをしていた。
担当は主に小学生のクラスだった。
塾講師やってみて思ったのは、今の親世代の方が圧倒的にヤバいということ。
先生、クレーム来てますよ、とか塾の教室長から言われて、
アンケート用紙を見てみると
「授業中、うちの子だけ当てられた回数が少ない。平等に扱え。」とか書いてあって、
こっちとしては、そんなつもり無いし、そもそも、なんでその場にいないのにわかるんだ、
と思ったら、その親、自分の子に、誰が何回当てられたか授業ごとにチェックさせてた、
なんてこともあった。(因みに、この程度は序の口。)
一番ヤバかったのは、小学6年生の中学受験クラス。
どの親も、とにかく無理な要求を押し付けてくるんだけど、中でも一番厄介だったのがA君の両親。
父親は、中背だがガテン系な感じで、いかつい。
この両親は、気に入らない事があったら、すぐに怒鳴り込んでくる。
例えば、休み時間に、A君が家から駄菓子を持ってきて、廊下で大量に食べ散らかした挙句、
ゴミを放置したので、教室長が注意したら、翌日、母親が般若のような形相で
塾の受付にやってきて、「お菓子ぐらい、好きなだけ食べさせろよ!どんだけケチ臭いんだよ!」と、
他の生徒も大量にいる前で怒鳴り散らし、受付のお姉さんを泣かせていたりした。
こういうのが、月に1回はあった。
でも、授業料払ってくれている以上、お客様な訳だから、
こちらとしても頭を下げてたんだけど、ある時、事務さんが教室長に
「A君の授業料の入金がありません」って話してた。どうやら、
今月分が、振り込まれていないようだった。
で、単なるミスの可能性が高いからと、教室長が電話を掛けると、
父親が払う旨回答したそうで、その時は一安心した。
で、それから2か月たったある日、6年生の受験クラスを担当している講師全員が、
授業終了後、教室長に呼び出された。何だろうと思っていると、
教室長が「実は…」と切り出した。
話を聞くと、A君の授業料が3か月分も振り込まれていなくて、家に電話を掛けても誰も出ず
、塾の本部から催促状を送り付けても何の返信もない。でも相変わらずA君は塾に来ている。
塾の本部からは、もう少し様子を見てから対応を決めるので、もう暫く現状維持せよ、
と指示されたので、もし、A君の親が来校するようなことがあったらすぐに
自分か副教室長に連絡を、とのことだった。
てっきり自分の勤務日じゃない日に来ているのかと思った。
それからも、A君は塾に通い続けた。そして、3週間くらい過ぎた、ある日。
ちょうど6年生の受験クラスの授業が終わって(21時半頃)、受付で、
同僚や生徒たちと談笑していた時、教室の前に車が停まった。
すると、A君が塾を出て車の所に行き、見慣れた豹柄がA君を出迎えた。
A君は、いつも自転車通学だったが、この日はなぜか、母親が車でお迎えに来たのだ。
俺は慌てて同僚と一緒に車に走っていき、思い切って、「すみませんっ」と声を掛けた。
母親は、一瞬、しまった!という顔をしたが、すぐに「あ?何?」と聞いてきた。
「すみません、ちょっとお話が」と言っても「知らねーよ」の一点張りだったが、
その間に同僚が教室長を連れて来た。
さすがに、3対1で分が悪いと思ったのか、
母親は、近くに車を止め、A君には「歩いて帰ってな」と言って、自分だけしぶしぶ塾の中に入ってきた。
面談室からは、何度も「だから、知らねーよ!」と怒鳴る声が聞こえた。
怖いし、仕事も終わっているので、帰ろうかとも思ったが、副教室長から、
「生徒もまだ残ってるし、何かあった時のために、一応居てくれ」と言われ、
同僚と一緒に、生徒が全員帰るまで、かれこれ30分くらい待った。
ようやく、生徒が全員帰って、少しほっとした次の瞬間、突然、玄関の方から、
バン!とすごい勢いでドアが開く音がした。見てみると、怒りでどす黒い顔色になった
A君の父親だった。父親は「○○(A君の母の名)はどこだ?」と、副教室長を怒鳴りつけた。
副教室長が、しょうがなく個室に通すと、両親が個室から出てきた。
母親の手にはケータイがあったので、どうやらそれで父親を呼んだらしい。
そして、二人は、受付前まで出てきて、二人して仁王立ちして
「公衆の面前で、恥かかせやがって!ふざけんな!」と教室長と副教室長に何度も怒鳴り始めた。
え?公衆の面前?と思ったけれど、そういう問題じゃないらしい。
特に、父親の方が気が収まらないらしい。「土下座しろっ!」と言い出した。
すると母親の方も便乗して、「土下座だっ!」と怒鳴り、一向に収まらなくなった。
そのうち、とうとう教室長が、「土下座すれば、きちんと授業料は払って頂けますか?」と言いだした。
その場には、A君の両親と、教室長、副教室長、そして俺を含め講師が3人と、
事務さんと受付のお姉さんが居たが、教室長以外は、一瞬、完全に凍りついた。
しかし、A君の両親はすぐに立ち直り、父親が「やれるもんなら、やってみろよ」とすごんで見せた。
すると、教室長は、皆の見ている中、ゆっくりと膝を折り、床に座った。
そして頭を下げながら「お願いします。授業料を払ってください!」とゆっくりと大きな声で言った。
それを見たA君両親は、後ずさりながら、「おう…」と小さな声で言った。
教室長が、ゆっくりと頭を上げながら「今後は、連絡がつきますよう、お願いいたします」
と言うと、A君両親は、そのまますごすごと帰って行った。
皆、目を合わせなかった。しばらくの沈黙の後、教室長が「みんな、お疲れさん」と言って、
帰る支度をし始めたので、俺も、その他のスタッフも慌てて帰った。
次の勤務日、教室長と顔を合わせたが、もう普段の教室長に戻っていた。
その後しばらくの間、その場に居合わせたメンツの間では、微妙な空気が続いたが、
3カ月もすると、冗談として笑えるまでになった。
教室長は、「暴れられたりしたら困るから、土下座で収まるんなら、安いもんだよ」と言っていた。
一方、Aくんは、土下座事件のあった次の週から塾に来なくなり(母親から退塾する旨の電話があったそうだ)、
事務さんによれば、滞納分の授業料も、無事振り込まれたそうだ。
A君の両親が、どうして授業料を滞納したのかは、いまだに謎のままだ。
そして、教室長の判断が果たして正しかったのかも、未だに分らない。
それこそ、警察を呼べば収まったのではないかとも思う。
教室長が、あそこまでする必要は果たしてあったんだろうか。
ただ、大の男の土下座を見るのは初めてで、なんか、本当にきつかった。
実際その場にいたらキツイかもしれんけど、話し聞く限りは惚れるわw