明日から冬休み。
長井とあさっての23日に長井の家で遊ぶ約束をして
学校から家に帰った。
長井「今日も手首切った」
この日も電話でそう言われた。
俺「・・・長井、自分を大切に思ってくれている人に申し訳ないと思わないのか?家族とか」
家族だけじゃなく俺も入っているけどな。
いつもの長井なら俺の説得に対してはぐらかすような答えをしていたけど今回は違った。
俺「えっ、違う、俺はただ・・・」
長井「そういうのもういいから」
ほんとこの時は悲しかったね。
長井のためと思ってやってきたことが全部無駄だったんだから。
いや、むしろ長井はそれをうっとおしく感じてたんだから。
やっと理解したよ。
長井は自傷行為を悪いことと思っていなかったことが。
そして相手の気持ちを考えずに都合がいいことばっかり言ってきた自分のあほらしさに。
長井「そうして」
俺は自分の心に何か違和感を覚えたが、気にしないことにした。
長井と遊ぶのは二人のスケジュール上年内最後だった。
いつものようにゲームなどをして遊んで神社に行こうとしたとき長井が言った。
長井「昨日、安藤君私のリスカをとめないって言ったよね」
俺「・・・うん」
なるべく昨夜のことは話題に出してほしくなかった。
長井「じゃあ私今からリスカするけど、とめないでね」
長井はテーブルの上にあったペン立ての中からカッターを取り出し、左手首を切り始めた。
俺「・・・」
目の前で一番大切な人が自分自身を傷つけているというのに
何もできない自分が歯がゆくて、悔しかった。
そして俺は涙を流していた。
自分でもびっくりするくらいに自然に。
長井よりもいち早くそれに気付き、後ろを向いて涙をふいた。
泣いているところなんて恥ずかしくて絶対見られたくない。
長井「私首絞められるのが好きなの。殺さないように絞めて」
俺「・・・ああ、いいよ」
昨夜俺は眠れずにずっと考えていた。
長井のために何ができるか。
しかし一つしか思いつかなかった。
それは長井を喜ばせること。
そのためならなんだってしよう。
俺は少しでも楽しそうに長井の首を絞めた。
心の中にあった違和感は確実に大きなっていたがやはり無視した。
この違和感は今の長井との関係を壊すかもしれないってわかっていたから。
街に集まり、
クラスの男連中だけでボーリングやゲーセンに行った。
ハマー主催の彼女がいないやつだらけの慰め会みたいなやつだ。
朝から夜まで最高に盛り上がった。
解散前に打ち合わせをして、次遊ぶ時はカラオケに行くことになった。
みんなと別れたあと、俺は長井のクリスマスプレゼントを買うため本屋へ行った。
最初はアクセサリーか何かにしようと思ったけど、
長井が「本を大切にしている」って言っていたのを思い出してブックカバーとしおりにした。
長井は喜んでくれるだろうか。
次、長井と会うのは年が明けてからだ。
俺は待ち遠しくて仕方がなかった。
と、その時雪が降ってきた。
夜の都会で見る雪は初めてだったからあまりの美しさに感動した。
長井と仲良くなっていろいろなことに心が動くようになった。
そう考えると今までの俺の人生はしょうもないもののように感じる。
この時どっかの電光掲示板から
ブリトニー・スピアーズの『My Only Wish This Year』が流れていた。
今でもこの曲は大好きだ。
そう決めて長井が驚いた顔を思い浮かべた。
まあ、結局このプレゼントを渡す日は来ないんだけどね。
俺は短期のバイトで工場の中でおせちなどのお正月商品を箱に詰めていた。
短期だから30日までのたった4日間の仕事だ。
俺はこうやって長い連休は短期バイトをしてお金を稼いでいた。
長期のバイトは面倒くさくてなかなか踏み出せなかった。
でももし長井に紹介されたバイト先が家から近かったら絶対始めていたと思う。
このバイトで、俺はなおちゃんという一つ年下の女の子と仲良くなった。
周りがおじさんやおばさんしかいなかったから、若い者同士自然にくっついた。
俺たちは初めて会ったとは思えないくらいすぐに打ち解け、休憩中なんかもずっとしゃべっていた。
いろいろな短期バイトをしたが、こうして誰かと仲良くなるのは初めてだった。
これも長井のおかげだろう。
彼女がいる時の方がいない時よりもモテるみたいな感じ。
この時の俺は尋常じゃないほどのコミュ力だった。
長井は彼女じゃないけど。
仕事が終わり作業服を脱いでいる時だった。
俺「うん」
なおちゃん「じゃあこのあと一緒にご飯食べに行こ」
俺「えっと、ちょっと待って」
長井のことが頭に浮かんだ。
そういえば長井とどこかに遊びに行ったことがない。常にどちらかの家だ。
ここで行くと長井に対する裏切りのような感じがする。
しかしすぐに冷静になった。
馬が合う友達とご飯を食べに行く。その友達がたまたま女の子ってだけじゃないか?
実際俺はなおちゃんに対して恋愛感情を持っていないし、今日会ったばかりだから向こうもそうだろうと。
俺「よし、行くか」
俺たちは近所のファミレスに行った。
この日もなおちゃんとバイト終わりにご飯を食べに行った。
たしかどっかのハンバーガー店。
モスだったかな。
俺たちはさらに仲良くなった。
なおちゃんとカラオケに行った。
みんなが言うには俺は音痴らしいんだ。
自分の中ではプロみたいに歌えてるんだけど相当外してるらしい。
だからなおちゃんにも笑われた。
そういうなおちゃんもすっげえ音痴で、笑ってやったら叩かれた。
バイト最終日
「今日はどこに行く?」となおちゃんに訊くと、「ラーメン食べに行きたい」と言われた。
そこで俺が一番好きなラーメン屋へ連れて行った。
長井にもこうして自分のおすすめの店に連れていきたいな
なんて考えながら。
店を出るとあたりは真っ暗。
なおちゃんとご飯を食べた後はいつもこんな感じだ。
自転車に乗り発進しようとしたところでなおちゃんが言った。
なおちゃん「安藤さん、私と付き合って」
俺「・・・マジ?」
なおちゃん「うん」
不意打ちだった。
そこで話してみて気が合ったからそこで好きになったんだと。
誰からでも告白されるとやっぱり嬉しいものだ。
俺はテンションが上がった。
でも答えは決まっている。
俺「ごめん」
なおちゃん「・・・だよね・・・たった四日間遊んだだけだし・・・」
俺「また遊ぼうよ。俺なおちゃんと遊ぶの好きだから」
なおちゃん「・・・うん!」
その後なおちゃんとメアドを交換して別れた。
長井と付き合えば、もっと近くで支えてあげられるんじゃないかと。
そして家に着くなりさっそく長井に電話した。
なおちゃんの告白に感化されちゃったんだよな。
昔の俺はアホみたいに単純で恥ずかしくなる。
だよね。
告白した直後に思い出した。
長井は誰とも付き合いたくはなかったんだ。
だから全然悲しくなかった。
長井「安藤君のことは嫌いじゃないよ」
俺「いやいいって、俺の方こそ急にごめん。なんか焦ってたww」
すっげえ勇気出したからむしろスッキリした。
午後8時ごろ、一緒に近所の神社に初詣へ行くためにハマーがうちに来た。
俺「お前、早すぎるだろ。約束の時間は11時だぞ」
ハマー「家にいても暇なんだよ」
俺「まあいいや。ゲームでもして時間つぶそうぜ」
ハマー「スマブラスマブラ」
俺「よし」
今思えばこのころの俺たちはスマブラにハマりすぎてた。
俺「マルスばっか使うな」
ハマー「それはそうと、長井とは進んだか?」
俺「えっ!?・・・いや特には・・・」
長井に告白をしたことも、なおちゃんの存在も黙っておいた。
ハマー「リアルラブも雑魚だな」
俺「意味わかんねえよww」
たぶんハマーは現実の恋愛って言いたかったのだと思う。
俺「ああ、そうだった」
クラトゥというのは俺が長井と出会ったころくらいから聴きはじめて大好きになったカナダのバンドだ。もう解散してるけど。
俺はずっとハマーにクラトゥを薦めてて、この日CDをとりあえず一枚貸すことになっていた。
俺「俺たちは音楽の趣味が合うからな。聴いたら絶対好きになるぜ」
俺は机の上のCD置き場でクラトゥのCDを探した。
俺「あれっ、ない」
ハマー「机の中だろ。お前何でもこの中に入れる癖あるし」
そう言ってハマーは立ち上がり、机の引き出しを開けた。
俺「そこはダメ!」
ハマー「ほらあった。ん?なんだこれ・・・」
ハマーは血が入ったビンを取り出した。
俺「・・・」
俺はハマーと目が合わせられなかった。
ハマー「説明してくれ」
俺「・・・ああ」
ハマー「それはだいたい分かる。分かんないのはなんでそんなものがここにあるのかってこと」
俺「・・・あいつ本人から貰った」
ハマー「じゃあ、長井はリスカしてんのか?」
頭がキレるやつだ。
俺「手首だけじゃなく首もね。これはその首の血」
ハマー「・・・」
あきらかにハマーの顔は引きつっていた。
ハマーが唐突に言った。
俺「おっ?僕にやきもちを焼いているのかな?お前やっぱ男が好きだったのかww」
ハマー「おい安藤、今はおふざけなしだ」
俺「・・・わかってるよ」
ハマー「もう一度言うぞ。もう長井と関わらない方がいい」
俺「・・・できるわけねえだろそんなこと」
ハマー「お前が長井のことを好きなことはわかる。でもな、これから受験などがある大事な時期なんだぞ。
長井のせいで精神がぶっ壊されたらどうすんだよ!」
俺「それでも、俺は長井と約束したんだよ。あいつのそばにずっといるって」
ハマー「あーあ、約束しちゃったか・・・」
俺「ああ」
その瞬間ハマーが顔をぐいっと近づけてきた。
ハマー「お前も本当は思ってるんじゃないのか?これは普通じゃないって」
俺「・・・」
ハマー「やっぱりな」
俺「なんで確信するんだよ!」
ハマー「お前は嘘つけないからな。本当のこと言われると黙るんだ」
俺「・・・」
ハマー「ほらそれだ」
俺「あっ」
ハマー「ちょっとトイレ」
ハマーは部屋から出て行った。
ハマー「このままいけばお前はどんどん泥沼にはまっていく。だけど関わらないなんてことできないだろ?」
俺「うん」
ハマー「じゃあ少し距離を置いてみたらどうだ?」
俺「・・・考えとく」
そんなことしたくなかったけどな。
ハマーが言っていることも一理ある。
ハマー「11時になったぞ。そろそろ行くか」
俺「・・・うん」
長井のことでさらに頭がいっぱいになって
もう初詣なんてどうでもよかった。
年が明ける瞬間はお参りの列に並んでいる時だった。
電波の頃合いを見計らって、俺は0時15分くらいに長井に電話を掛けた。
俺「明けましておめでとう」
長井「おめでとう」
俺「えっと、長井・・・」
長井「何?」
俺「俺、もう長井にモーニングコールするのやめるよ」
長井「・・・そう」
俺「・・・じゃあ、電話切る」
長井「・・・うん」
距離を置かなきゃ俺はダメになる。
そう自分に言い聞かせた。
長井からメールが来た。
長井『ゼルダいつ返せばいい?』
俺『いつでもいい』
そっけなく返事をした。
長井『わかった』
俺はそれ以上メールを続けなかった。
ここ2ヵ月、毎日長井からメールなり電話なり来ていたが、この日は何もなかった。
だから俺も何もしなかった。
ただ、これが辛かった。
たとえ死にたいなんて言われようと、俺は長井と話すのが好きだったし、
それが毎日の楽しみになっていたから。
この日も長井とは何もなかった。
電話をして話したかったが我慢した。
変に距離を置くほど、俺の長井に対する気持ちはどんどん大きくなっていった。
悩んで悩んで悩みつくして、俺は決めた。
長井とは今後一切関わらないことを。
そして夕方ごろ、長井に最後の電話を掛けた。
長井「うん」
俺「あのさ、俺・・・もう、長井とは関わらない」
長井「あっそ、じゃあね」
一瞬だった。
電話が切れたあと、俺は風呂に入った。
これでいいんだ。
これで俺は、長井のことなんて考えないで楽に暮らせる。
なんて風呂につかりながら考えたんですけどね。体は正直なんですよ。
また自然に涙が出てきたの。長井との楽しい思い出とともに。
俺が今20代前半だから7,8年前かな
ありがとう教えてくれて
ちょうど7 8年前の年頃なので…つい聞いてしまいました
きみもいろいろあったんだな
今も起きてますけどねwww
でもあまり人に言いたくないことなので
すいません
そういう当たり前のことさえも楽しい思い出として頭の中に湧き上がってくる。
なんでこんな時に限って・・・。
そして涙を流しながら俺の考えは変わった。
「たとえ将来どうなろうと、長井のそばにいたい!それが俺の望むことだ!」と。
出ないかと思ったが長井は出てくれた。
長井「何?」
俺「長井、ごめん。俺やっぱり無理だ。お前と関わらないなんて」
長井ならきっと許してくれるだろうと信じていた。
俺「えっ?」
予想外の答えだった。
長井「安藤君私と約束したよね?ずっとそばにいるって」
今まで聞いたことのない冷たくて早い口調だった。
俺「だから、こうやって戻ってきたんだよ。長井のことが好きだから」
長井「好きならなんであんなこと言ったの?」
俺「・・・」
言えるわけがない。
「これから先もずっと大切な人が自分自身を傷つけるところを見るのに耐えられそうになかったから」
なんて長ったらしい自分勝手な理由が。
俺「なんだよそれ・・・」
長井「いやなの?私はこういうのに慣れてるから何とも思わないよ。
それに今回は付き合うことを提案された時点で少々気持ちが沈んでいたから過去のような気持ちにならないで済んだんだけどね。ありがとう」
長井が俺のことをどう見てたか少しわかった気がした。
俺「・・・じゃあ俺は今まで通り長井に都合よく使われればよかったのか?」
長井「ねえ、その都合よくって何?」
俺「長井が言ってほしいことを言って、してほしいことをするってこと」
長井「それに応えるのは私が決めることじゃないよね。
だいたい都合よく相手するのが嫌で後からこんな風に言うなら最初から相手しなければよかったのでは?」
確かにそうだ。
ただ断ればいいのに、俺は長井を喜ばせたり安心させたりしたくて、自分を殺していた。
いや知らないからこんなこと言えたんだろうね…
長井…か
リスカにしてもその通りだ。
長井が自傷行為をやめるという見返りがほしいだけで、俺は散々説得してきた。
まあ長井はリスカをやめたいとは思ってなかったから、これは俺の勘違いだけど。
俺「そうだよ。俺は・・・」
と言ったところで思いとどまった。「長井のため」なんて言っても信じないだろう。
俺が黙っていると長井が言った。
長井「結局あなたも今までの中の一人になるだけ」
俺「・・・!!」
ショックだった。
この言葉が一番傷ついた。
俺は長井にとってなんでもなかったんだ。
すると目に涙がにじんだ。
やはり俺の涙腺はゆるい。
このままじゃ涙声になって泣いているのがばれてしまう。
焦りや悲しみやらで頭がごちゃごちゃになり、つい言ってしまった。
俺「自分を客観的に見ろよ!!!」
長井にこんなに大きな声を出したのは初めて会ったとき以来だった。
長井「・・・お前にそんなこと言われたくない!!!」
長井が言い終わると同時に電話が切れた。
俺は机の中にしまっていたクリスマスプレゼントをゴミ箱の中へ思い切り投げ込んだ。
そういう風になるのが怖い