学校の先生になって、新卒2年目のとき。担任してたのは低学年。
うちの学校は一学期と二学期の終わり、計2回個人懇談がある。
その2回目の個人懇談のとき、A君のお父さん(Aパパ)と面談中の出来事。
Aパパはシングルファーザーで、息子の育児に色々悩んでいた。
だから4月からアレコレ相談されることが多く、話しやすい保護者ではあったんだけど。
懇談の最中、何かの流れで、
「それはそうと、時期はいつ頃がいいでしょうか?」
と突然聞かれた。突然すぎて、なんのこっちゃ、な私。
「式の時期ですよ。あまり忙しい時期だと、そちらのご迷惑かと思いまして、一応お伺いしようかと」
「式??」
「結婚式です」
「は、え、あ、ご結婚されるんですか!?」
「はい、本当にありがとうございます」
「こちら(学校)としては、いつでも構いませんよ。お父様とA君のご都合を優先させてください」
「いえいえ、さすがにそういうわけには行きませんから」
「…?A君、転校とかされるんですか?」
「いえ、転校はしません」
「でしたら、私どもの都合はあまり関係がないので…」
「そうは言っても、ドレス選びとか色々あると思うんですよね」
「は…?え?ドレス??」
「やはり冬休みがいいでしょうかね。先生も少しはお休みできますよね?」
ここまできて、やっと結婚式に自分が招待されていることに気づいた。
Aパパがあまりに堂々としてるから、一瞬、保護者の結婚式に担任が出席するのは普通なのかと焦ったが、
いやいや、いくらなんでも個人的に親しい訳じゃないし、それはおかしいだろうと思い直して、断ることに。
そしたらAパパ、大真面目な顔で、身を乗り出してこう言った。
「何をおっしゃるんです。主役が不在では、式にならないじゃないですか」
いまだにこの瞬間の、何とも言えない耳がキーンとするような衝撃は覚えてる。
Aパパ、私を招待する話をしていた訳じゃなかった。
Aパパと私の結婚式の話をしていた。
当たり前だがAパパとは、「息子の担任」以外の関わりはない。
そもそも告白もされてないのに突然結婚式!?とか、
この人、息子の担任をそんな目で見てたの!?とか、
ちょっと何言ってるか分かんないです状態。
会場はどうのとか、親族がなんだとか、勝手に話を進めるAパパを前に、
しどろもどろになりながら否定してみるも、全然会話が噛み合わない。
うろたえる私に、「驚かせてすみません」と笑いかけ手を握ってこようとするし、もうパニックもいいとこ。
仮にもクラスの子の保護者だし、穏便に勘違いをただすにはどうしたらと、
泣きそうになってたら、異変に気付いた順番待ちの他の保護者(廊下にいた)が、教室に入ってきてくれた。
そろそろ私の番なんですけど〜、との保護者の言葉に、Aパパはすんなり
「では、また日を改めて話し合いましょうね」
と笑顔で去っていった。あまりに普通すぎて怖かった。
先生たちにAパパとの会話まで説明してくれた(途中から大声でやり取りしてたので聞こえたらしい)
とりあえず、その保護者にはこの話は他言無用にしてもらい、
その日の個人懇談をどうにか乗り切ったあと、私は校長や教頭や主任の先生に事情聴取された。
特に校長には、「私子先生はこっそりAパパと交際していたのか?」ということをかなり疑われた。
でなければ、いきなり結婚式の話が出るはずない、ってね。
Aパパはそれまで良識的な親だったし、私だって冗談だと思いたかったが、ホントに交際なんて断じてしてない。
当時、彼氏なしの私はまだ25才。
Aパパは40才前後だ。交際なんて考えられるはずなかった。
そのあたりも含め、教頭と主任の先生が私を擁護してくれた。
そしたら今度は、Aパパを勘違いさせる思わせ振りな行動でもとったんじゃないかと疑われた。
これも、私はもちろん、教頭&主任の先生が否定。でも校長は半信半疑といった様子。
ぐだぐだ話していると、職員室に来客が。帰ったはずのAパパだった。
主任の先生が応対したんだが、私子先生に渡しそびれた、といって指輪ケースを取り出したらしい(私は隠れてて見てない)
ちょうどいいから(?)と、そのまま校長室で、校長、教頭、主任の先生がAパパに話を聞くことに。
私はAパパ再来の時点で怖くて気分が悪くなり、保健室で保健の先生によしよしされてた。
しばらく話し合って、Aパパは帰宅(ちなみに指輪は持ち帰ってもらった)。
校長たち3人は見たことないすごい顔色で、いわく「あれはヤバすぎる相手だ」。
校長には、ここで私子を疑ったことを相当謝られた。
Aパパ、校長たちを前に、自信満々に私子との交際歴を語ったらしい。
・出会いは今年の始業式。息子の担任という運命の出会い。
・最初の参観日で、授業しながらたくさんアイコンタクトを送ってくれた(送ってません)
・息子に親身に接してくれたのは、母親になる覚悟があるため(担任だからです)
・私子先生とは毎日のように電話をした(A君のことについて相談にのってただけ)
・すでに自宅にも招待して親に紹介済み(家庭訪問です)
・こんなに息子がなつく相手はいない(そりゃ担任だし)
・息子が学校で私子先生をママと呼ぶと喜んでくれた(低学年あるあるです、いろんな子にママと間違って呼ばれます)
・というわけで今度、結婚式をあげるので、私子先生の連絡先とご住所を教えてください。
とにかく個人情報は教えられない、とどうにか話を納めて帰らせるのが精一杯だったとか。
そして、ヤバい相手なのは間違いないから、私子先生は絶対1人でAパパに対応しないように、と厳命された。
そしたら翌日から、Aパパの電話攻撃が始まった。
職員室の先生総出で相手をし、「私子先生は今手が放せないので代わりに承ります」作戦をしたけど、限界はある。
やむにやまれず私が出ると、連絡先教えてくださいしか言わない。
断ってもめげない。怒るでもなく、普通のトーンで「そうですか。では日を改めます」と言って、
毎日のようにかけてくる。何十回同じやり取りをしても、またかけてくる。
校長が厳しめに「必要ない電話連絡は迷惑だ」と伝えても、全然気にせずかけてくる。
もうこの頃は職員室の電話が鳴るのが怖くて仕方なかった。
仮にも保護者なので着信拒否なんて出来ないし、堂々めぐりの日々。
下校するときも、Aパパがこっそり後をつけてくるんじゃないかと戦々恐々(それは結局なかった)。
授業はしなきゃいけないけど、何を吹き込まれたのかA君がこっそり私に
「もうすぐママって呼べるね〜」とかいい始めるし、ストレスでノイローゼ寸前だった。
でも、こんなことで休むなんて、クラスの他の子どもたちに申し訳ないから、
吐きそうになりながらも意地で三学期を乗り切った。
他の先生方が協力して、Aパパの接触を阻んでくれなかったら、気が狂ってたと思う。
で、今年度終了後、即刻学校を移動させてもらった。
普通、先生が移動するときって、次の勤め先の学校をお便りとかで発表するものなんだけど、
当然、私の行き先は非公開。用心のため、終業式の日ですべての仕事を終わらせ、
春休みは一切学校に出向かず、新天地に赴任した。
幸いこれがうまくいき、Aパパからの粘着は終わりを迎えたんだけど、
私が移動すると終業式後に知ったAパパ、春休み中ずーーっと学校に来てたらしい。
しかも何をするでもなく、朝から晩まで校門あたりをうろついてたんだって(仕事をどうしてたかは謎)。
一応保護者だから不審者として通報することも出来ず、春休み中、他の先生方はかなり気味悪かったとか。
私子先生、春休み来なくて正解だったよ〜と知らされ、ぞっとした。私を待ち伏せしてた…?
その後、元の学校でAパパは、最大級の要注意人物として先生方に周知され、
A君の担任は卒業するまで男性教師にすることと申し送りされた。
実際、担任が男性教師になると、Aパパの奇行はなりをひそめたようだ。
ただ何が怖いって、Aパパによる「私子先生の連絡先を教えて」電話は、
その後も(以前ほど頻繁ではないが)ちょこちょこ学校にかかってきたらしい。
A君が卒業しても、2・3年は思い出したように電話がかかってきたというから、
ぶっちゃけもうあのお父さんはなんかの障害抱えてるとしか思えない。
絶対に声をあらげることはないし、いつも穏やかにニコニコしてたんだが、
だからこそ話の通じなさと執着ぶりが恐怖そのもの。
保護者がストーカーみたいになってしまうと、担任は逃げようがないんだな…ということを思い知った出来事だった。