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:1@\(^o^)/ 2017/01/03(火) 19:42:16.89 ID:LZSY7jKs.net部屋に呼ばれたってことは、オッケーもらえるかも…?
なんて期待はあまりしないようにしながら、M君のアパートへ。
M君いわく「キレイなエリア」のダイニングで、テーブル挟んで向かい合う。
それを見ていて、「あ、これはダメなんだな」と諦めがついた。
まったくもー、男ってこういうときはホント駄目よねー!
なんて自分を奮い立たせて、私から切り出した。
私はただ、自分の気持ちを伝えたかっただけだから。
これからも友達でいられるなら嬉しいし、もうそれも迷惑ってことなら
こっちからありがとうって言いたいくらいだよ!」
暗くしたくなくて、たぶん結構大きな声出てた。
M君はびっくりしたみたいに
「いやいや、困ってない。
困ってないし、迷惑とかそんなことは全然思ってない。
喪子は何も悪くない、喪子の気持ちは本当に嬉しいんだ。
ごめん、ただちょっと、俺のほうに問題があって…」
「問題って…?」
「うん…あのー…
あまり綺麗な話じゃないから、ちょっと話すのに勇気がいる…。
誰にも話したことないから、上手く整理がつかなくてさ…」
あー………。
こないだの話で、もうそっちの問題は片づいたとばっかり思ってたけどなあ。
クロだわクロ、こいつあークロだよコンチクショウ。
女子ども、これが結果だー!うわーん!!!
それで、途中で口を挟んでしまった。
もう、スッキリ逝かせてくれい!と思っちゃったんだよね。
それに、そんなに隠していることを
なにもわざわざカミングアウトさせることもないしさ。
「あのさ!
話したくないんだったら、話さなくても大丈夫だから!
イエスかノーかでいいの、それだけで納得できるから!
はっきり言って、フられるなら、なに言われても一緒!!」
「あっ、ごめん。イエスです」
………………はい?
はいいいいいいいいい!?
聞き間違えたわけじゃない。
あれだけモゴモゴしていたM君が、そこだけはっきりと言い切った。
だけど手放しに「やったー!」なんてなれるわけがない。
「カモフラージュのため」なんて言われたら、私も考えなくちゃならない。
「あ、あんまり脅かさないでよねー…
うん、わかった。ちゃんと話聞くよ」
「俺、人格にかなり問題がある」
……ん?人格?
性的嗜好じゃなくて、人格?
「こないだ、告白されたことないって言ったよね。
だけど、フられたこともないんだ。
全部俺からフってるんだ、俺から告白してるのに。
一年くらいたつと、どうしても別れたくなってしまう」
「別れたくなるって…嫌いになっちゃうってこと?飽きるとか?」
「いや、そういうことじゃなくて………」
M君が言い淀む。
かなり言葉を選んでるみたいだった。
「………あのですね、憎悪が湧いてくるんですよ」
「憎悪…って、何かされてってこと???」
「いや、何もされなくても、なんの理由もなく。
相手は全然悪くないのに、急に別れたくなるんだ。
それで、別れるのは全部お前の責任だ、みたいな雰囲気にもっていく。
それまで気にしてなかった些細な欠点を責めたりして
直すから別れないで、みたいなこと散々言わせてから、おもいっきりフる。
…………あー、駄目だ…サイテーだ、反吐が出る…」
M君は頭を抱えながら、さらに続けた。
「しかも、そうやって別れた後、ものすごくスッキリするんだ。
むしろ、そのスッキリ感がほしくて別れるんだと思う。
だからたぶん、俺が女と付き合うのは、別れるためなんだ」
え~っと………なんだろう、これ…?
もしかして、カモフラージュより最悪なケース???
人付き合いをゲーム感覚でしかとらえられない。
悪いとは思ってるのに、そんなのを何度も繰り返しててさ。
そういう自分が嫌で嫌でしょうがないんだ。
だからこの二年くらいは、誰とも付き合わないでいた。
だけど気づいたら、また喪子にゲーム仕掛けるようなことをやっててさ。
こっちからわざわざ電話したり、食事に誘ったりとか…
ごめん、絶対やっちゃいけないと思ってたけど…
だけど喪子は、俺に恋愛感情もってなかっただろ?
友達としてなら、そういう関係にはならないんだ。
だから、安心して付き合ってられたんだ」
最初のころの、誘われてるのに突き放されるような
わけのわからない曖昧な態度は、それだったんだ。
ゲームを仕掛けたい気持ちと自制心とが、交互に出てきてたんだ。
「友達として付き合ってきて、喪子と話してると楽しいし、一緒にいたい。
だけど、これ以上の関係になると、俺は絶対に喪子にひどいことをする。
治したいとは思ってるけど、治せなかったら、そのとき傷つくのは喪子だ。
それだけは避けたい、なんとかして自分を変えたい。
だけど自分が変われる自信が全然ないんだ…」
M君のやってることは、モラハラだって。
だけど当時は、そういうのは組織の中で起こるものって意識だった。
個人の関係に、そんなものが働くなんて思ってもいなかったんだ。
経験値の低い喪女の浅はかさと、笑ってください。
私にはM君が、ちょっとこじれた恋愛観をもっている人、
というふうにしか見えてなかったんだ。
むしろ、屈折してるのはそこだったんだー!と
M君の正体が見えた気にすらなってた。
本人にもモラハラの自覚はなかったけれど
この時のM君、かなり勇気を出して、率直に話してくれてたと思う。
でもそのM君の勇気をまるっと無にしたのは
惚れた弱みと、同情心フィルターで彼を見てしまった私だった。
「うん、気は小さいね…」
「だけど、あのDQNの時みたいに、大胆なところもあってさ」
「いや、あれは緊急事態だったから…」
「だからさー、そんなふうに、人って一面的なもんじゃないじゃない?
M君は、人付き合いが下手なのかもしれない。
でもそれをちゃんと自覚してて、客観的に分析できてるわけじゃん?」
「だけど治せてないし、俺は口ばっかりだよ」
「M君、M君は、自分を型にはめ過ぎてるよ。
そうやって、自分は駄目だって強く卑下することで、
悪い自分を囲っちゃってるように見えるよ」
「………」
「私は、それでもM君のこと好きだよ。
だからさ、付き合ってみようよ。
自分を変えたいって思ってるM君を、私は信じるよ。
それにこれだけ正直に話してくれたんだから
もしこの先、私が傷ついたとしても、それは私の選択だよ」
体がしぼむくらいに大きな息をついた。
「え、なに?まだなんかあるの?」
「いや……今ので気が抜けた…」
「そんな緊張してたの?」
「うん、絶対引かれて嫌われると思ってたからさ…
人に話すのも初めてだし、どんな反応されるかわからなかったから。
だけど喪子とは、ちゃんと付き合いたかったから
なおさらちゃんと話さなきゃいけないと思ってたんだ。
…どうもありがとう。これからもよろしく」
喪女にとって、これほどの告白の言葉はありませんでした。
こうして私は、M君の言ったことについて深く考えることもなく
彼とのお付き合いを始めたのでした。
後々、泣くことになるとも知らずに…。
M君はかなりの仕事人間で、不規則で忙しい業界ではあるけど
私の知る中でも、彼は一、二を争うハードワーカーだった。
年末繁忙期に休んでたあれは、彼にしてみれば相当なことだったようだ。
けれど付き合い始めてからは
私のために彼の方から仕事を調整してくれるようになった。
私はそれが嬉しいと言うよりも、ほっとしていた。
知れば知るほど、M君の私生活のメチャクチャさに驚かされていたから。
朝食を抜くとか、忙しくてお昼とるヒマもないとか、そういうんじゃない。
普通はお腹が減ったら何か食べるっていうのが当たり前だよね。
でも彼の中では、お腹が減ったら我慢するのが普通のことだったんだ。
少食なわけでも、好き嫌いが多いわけでもない。
私は料理が好きで、よく彼の部屋でちょっとしたものを作ったりしたけど
出されたものは、美味しそうに平らげてくれるんだ。
だけど、自分から進んで何か食べようとすることは、あまりなかった。
食事って概念がない、とでもいう感じかな。
冷蔵庫はいつも空っぽで、部屋の中の食べ物の気配は、いつも生ゴミすらなかった。
テレビが地デジ化してなかったりとか。
彼の部屋で、現代的で文化的で平均的な、
つまり常識的生活をしようとすると、いつも何かが足りない。
仕事に夢中な独身男性の部屋なんて、きっとこんなもんだろうな~。
………て思おうとしたけど、日が経つにつれて、段々と違うことに気づいた。
一言で言えば、彼は自分を大事にできない人だった。
私と一緒だと、私が快適にすごせるように、いろいろと気を使ってくれる。
だけど一人になると、たちまち自分が快適になることを放棄してしまう。
バリバリと仕事をこなし、ゲラゲラ笑いながらおしゃべりしてくれる、
その裏でM君は、嘘のように無気力な生活を送っていた。
暖房のない部屋で、冷たい体のまんま空腹をやり過ごすような、そんな生活。
だって彼は、ものすごいナチュラルに、さも当たり前というふうに
そんな修業中の僧侶みたいな生活をしていたんだ。
私は、なんだか彼がいつの間にか消えてしまうような、漠然とした不安を感じていた。
すごく身近にいるのに、掴み所のない距離の遠さみたいのを感じていた。
一体何が、彼をそんな生活に駆り立てるんだろう?
……きっとM君は、ちょっと変わった人なんだ。
彼のおかしい部分は、私が陰でフォローしてあげよう。
もしかしたら、それが私の役目なのかもしれない。
せっかくこうして付き合えるようになったんだ。
そういう部分で私が世話を焼いても、もうおかしくはないはずだ。
心配してるくらいなら、そうやって少しずつ生活を改善してあげればいいんだ。
そう考えることで、私はその漠然とした不安を拭おうとしていた。
私はM君の部屋で、ホットケーキを作っていた。
するとM君が、私が買ってきたメープルシロップを片手に呟いた。
「子どものころ、これ一ビン舐めて気持ち悪くなったことがあったなあ…」
「一ビンも!?プーさんかwww」
「いやー。なんだか、甘けりゃなんでもよくってさ」
「挑んだねえwほかに何かおやつがなかったんかいw」
「うん、なかった」
「あー。甘いもの禁止だったんだー」
「いや、おやつの習慣自体がなかったから」
「へえ、変わってるね。でもそれじゃ、お腹空いちゃわなかった?」
世間の常識だと思ってたので、純粋に不思議になってそう聞いたんだった。
だけどそれに対するM君の答えは、とても不自然なものだった。
「ま、その時はたまたま、おやつがなかったんだよ。
要するに、こんなもん一ビン舐めちゃうようなアホガキだったってことですなw」
……でもさっき、自分でおやつの習慣がなかったって言ったんじゃん?
というツッコミは絶対させない雰囲気で、この会話は終わった。
私としては、おやつのことなんか、どーでもよかった。
それより、何故あんなわかりやすい誤魔化しをされたのかが気になった。
それまではなんとなーく流してしまっていたけれど
この会話は、何故か私をやたらザワザワさせた。
よく考えてみると、子ども時代や家族の話をしているときに
ああやって誤魔化されることが多かった。
そう言えば、以前、家族の年齢の話になったとき。
彼は誰の年齢も答えられなかったっけ。
生年月日を聞いたらしどろもどろになり、
干支を聞いたら「忘れた」と言っていた。
例えば、親の年齢が曖昧になるくらいのことは、まあ、あるとして。
でも家族全員の、誕生日や干支すら全然出てこないなんてこと……あるかなあ?
私はそれを、喧嘩でもしてるのかな?程度に思ってたけど。
それならそれで、家族の愚痴くらいは出てもいいんじゃない?
でも、彼にはそれすらなかったんだ。
子どものころに見てたテレビとか、家族旅行でどこ行ったとか。
こんなことして叱られたとか、すごくほしかったオモチャとか。
親の田舎はどこかとか、イトコのダレソレがどーしたとか。
気づくとM君はそういう話を一切したことがなくて
私は彼のバックグラウンドを、全然、なんにも知らないんだった。
その日の話だって、子ども時代によくあるような、他愛のない失敗談だよ。
誤魔化して途中で切り上げなくちゃならないことなんて、別になんにもないじゃないか。
私は確信した。
彼は子ども時代や家族の話をすることを、徹底的に避けている……
いつもは穏やかで笑顔を絶やさない彼が
ふとした瞬間に、ものすごく暗い目をしてること。
物音に敏感で、大きな音にビクッとすること。
たまにじーっと黙りこんで無反応になること。
「変な奴だなー」だけで流してしまおうとしてたけど、
私はもうずっと、彼への違和感をひそかに抱いていたんだ。
彼の、よく言えばストイック、悪く言えば貧しい生活。
ひょっとして、あれは子どものころからの習慣なんじゃないか?
M君の裏側に張り付いている、正体不明の何か。
私はそれを、貧乏なんだと思おうとしたり
ゲイなのではと疑ったりして、なんとか正体を暴こうとしてきた。
けど、その姿がやっと見えてきたような気がした。
「虐待」の二文字が浮かんでいた。
このときばかりは、さすがに慎重になりました。
ここはやっぱり、O君に話を聞くのが一番だと思って
さっそく飲み会の時に交換したメアドにメールしてみた。
「M君のことで、ちょっと聞きたいことがあります。
M君には内緒にしてほしいんだけど、いいかな?」
その日の夜に「どうぞ」と返信があった。
「M君って、ご家族とはどういう関係なんだろう?
疎遠だって聞いてるけど、喧嘩してたりするの?」
しばらくしてから、「違う」と返ってきた。
「喧嘩じゃないのか…。何があったのか、知ってる?」
「知ってる」とだけ送られてきた。
………電報かよ!
ちょっといろいろ、気になっちゃっててさ」
「Mと何かあった?」
少しだけ長いメールが送られてきた。
そこで、M君に漠然とした違和感や不安を感じていること、
それはもしかしたら、家族との関係からきてるんじゃないか?
と思っていることを送信したら。
「ちゃんと話したいから、今度うち来て」
「そんなご迷惑をおかけするわけには…電話じゃ駄目かな?」
「長電話の方が迷惑。
それと、Mについてはカミさんが詳しい」
「え?奥さん、M君と親しいの??」
「違う」
「じゃあなに?」
「来ればわかる」
メール打つの面倒でごさるの構えか……
こうして私は、O君宅へお邪魔することとなった。
新婚当時のO君夫妻は、ちょっとしたトラブルを抱えてしまっていた。
その解決にM君の職業知識が役に立ったため、一肌脱いでくれたらしい。
解決までの半年間、ときどきO君夫妻は自宅にM君を招いて
手料理を振舞ったりしていたそうだ。
SさんとM君は、そうやって何回か会ったことがある程度の関係。
それなのにSさんがM君に詳しいって、どういうこと?
最初のうち、私にはさっぱりわからなかった。
Sさんの突然の質問から、その日の私の修羅場は始まった。
「………?はい。
夫から暴力振るわれても、別れられない妻、みたいなやつですよね?」
「そうです。なんかすごいピンポイントな例えですねー。
実は、私がそうなんです」
「え?…えっ!?」
思わずO君に目をやると、
「違~う」
と心の底から憤慨したような顔をされた。
それまで優しい人だったのに、同棲した瞬間に豹変って、お決まりのパターンで」
「は、はあ…」
なんて答えていいのかもわからないし、
なんでこんな話聞かされてるのかもわからないよ…。
でもSさんは、戸惑ってる私に構わず続けた。
「まあ、知り合って一ヶ月で同棲ってのが浅はかだったんでしょう。
でも当時は、家族に暴力振るう父から逃げたくて
早く家を出ようって、それしか考えてなかったんです。
笑っちゃいますよねー。
暴力から逃げようとして、別の暴力に自ら飛び込んだわけですから」
…………重い!
聞き流すわけにもいかないけど、下手な反応もできないほど、重い!
「わ、笑い事ではないです…」
「あはは、そうですね。
変な話してごめんなさいねー、聞きたくなかったら言ってくださいw」
「いえ、そういうわけじゃないですけど…」
喪子さんがMさんに感じた違和感がですね、よくわかるんですよ。
もっとも、身に覚えのある私には、違和感じゃなくて
“この人、仲間だ”っていうレーダーが働くと言いますか。
まー俗に言う、同じニオイがするってやつですかね」
「それは、つまり…M君も家庭で暴力を受けていた、と……?」
「暴力かどうかはわかりません。
でも家庭内で蔑ろにされてきた人って、なんとなくピンとくるんです。
初カレも問題のある家庭育ちだったんですけど、たぶん偶然ではなくて
ピンときたのを恋と勘違いしちゃったんですよね、お互いに」
「こいつ、会って二度めでMの家に問題があること言い当てたんだよ」
O君が口を挟んだ。
「あ、そうか…
O君はM君ちがどんなだったか、知ってるんだ?」
「うん、ある程度までは」
かなり裕福で、社会的な地位が高いご両親。
職業柄か人望も厚く、もし悪い噂をする人がいても
その人のやっかみだろう、と言われてしまうくらい。
一見、誰もが羨むような恵まれた環境。
けれどO君がM君から聞いた生い立ちは、羨ましいとはかけ離れていた。
子どものころ、入退院を繰り返す体の弱いお姉さんに、両親は付きっ切りだった。
それでM君は、物心ついたころには、知人の家に預けられていた。
その知人夫婦には子どもがなかったため、とても可愛がられた。
と、なればよかったんだろうけど。
夫婦は、いずれM君を跡取りとして養子に迎えるつもりでいた。
となれば、預かっているこの時期に、厳しく躾けなければ。
親元を離されたM君は、”子ども”ではなく”跡取り”として扱われた。
M君を養子に出すことに同意していた。
けれど、社会的地位が高く、人望が厚い両親は
世間体というものをメチャクチャ重視する人たちだった。
「娘の病気のために息子を捨てた両親」
なんて、世間から後ろ指さされたら困る。
だから養子に出すのは、M君が大学生になってから。
大人になったら”自分の選択”ということで、
その実、有無を言わさず養子にいかせる。
二、三年でお姉さんの体調も安定したため
M君は家に戻され、ようやく家族と暮らせるようになった。
けれど既に両親にとっての我が子とは、お姉さんだけになっていた。
M君は一時的に預かっているだけの存在でしかなかった。
お行儀や作法を躾けられるのはもちろん、学業や素行だけでなく
趣味や交友関係までもが厳しく制限される毎日。
M君いわく、それは教育というより、管理だったそうだ。
それでも、M君にだって自我は芽生える。
彼は高校受験にわざと失敗した。
彼にとって、初めての反抗だった。
知人夫婦が望む高校に落ち、滑り止めの高校に通うこととなる。
が、その高校生活で、彼は人間的に大きく成長する。
自由でのんびりした校風だったその高校で
彼は自分がいかに理不尽で窮屈な立場を強いられてきたかを自覚する。
定職にはもちろん就かず、バイトしながら食いつなぐ。
M君が意図していたかはわからないけど
そんな彼を見限って、知人夫婦の方から養子縁組を断ってきた。
子どものころに預けられてから、約20年。
M君は、これでようやく精神的にも家に帰ることができた。
その後、きちんと就職し、再び家族と暮らし始めたM君。
O君は、「やはり養子話がネックだったんだなー」と思っていたそうだ。
が、間もなくO君はM君から、引っ越しを手伝ってくれと頼まれる。
自立するのは年齢的になんの不思議もないので、O君も軽く了承した。
でもO君は、M君宅から引き上げるときのご両親の言葉で、なんとなく悟ったそうだ。
「私たちはお前を心配してたんじゃない、心配してやってたんだ」
「それなのに、この役立たず」
M君はすいませんでした、と一言残しただけだったそうだ。
その話も曖昧だったりで、よく理解してなかったんだけどさ。
だけど両親のあの言葉聞いた瞬間、
なんつーかまあ……さぞ孤独だろうな、ってね。
家族に話しかけるの、あいつは常に敬語だったしなあ」
なんだか、じわっと喉の奥が痛くなった。
「あいつは、もうこの家にいるのは無理だと感じて絶縁を決意したらしい。
あんなもん見た後じゃ、俺はその決断に賛成だったし
あいつもこれで踏ん切りがついていいだろうなと思ってた。
でも、そうじゃないんだよなあ。
あいつにとって自分の存在価値は、いつまでたっても
大人の都合どおりの”いい子”であることなんだ。
だから、両親や知人の望みどおりにならなかった自分は、
家族にとっての裏切り者で、存在価値ナシなんだとさ」
「それ、本人が言ったの…?」
「うん。普段口が重いぶん、酔うと気前よくしゃべるんだよ、あいつ」
「なんだ、わりと簡単な構造してるんだ…」
「ただ、具体的にどんなことをされたかは話そうとしないから
暴力があったのかとか、そこらへんは俺も知らない。
精神的なネグレクトは、確実にあっただろうけど」
彼の貧しい生活は、どうやらそこからきているようだった。
だったら、あとは彼のレッテルを「存在価値アリ」に張り替えればいいだけだ。
それが難しいことには、私には思えなかった。
だけど。
「そんな上手くいけばね…」
O君は、あんまり明るくない声で言った。
「そりゃ時間はかかるかもだけど…
でもちょっとずつでも、自信を取り戻していければいいんじゃないかな。
M君にはO君みたいないい友達もいるわけだし!
及ばすながら、私もいるけどさw」
「でも本当はMさん、自分に存在価値ナシとは思ってないですからねー」
それまで黙ってO君の話を聞いていたSさんが、また唐突になんか言い出した。
存在価値を見出してるはずですよ。
本当に自分に存在価値がないと思ってたら、人はなかなか生きていけませんから」
「え…どういうことですか…?」
「Mさんは、子どものころから親に半ば捨てられていて、ずーっと
“お前に存在価値はないよ”
というメッセージを受け続けてきたわけです。
言い換えれば、Mさんにとっては
自分には存在価値がないんだと認識することだけが
親と共有できる唯一のものであり、接点でもあったわけです。
要は、親にとっての”いらない子”であり続けることだけが
彼にとっては”自分の両親の子”であり続ける、唯一の方法なんです。
だからそのレッテルを無理に剥がしたりしたら、絶対に駄目だと思います」
M君は、自分から親に見切りをつけたわけだし、
もうそういうこだわりがなくなったから、縁を切ったんじゃ…」
「子どもはみんな、無条件に自分を認めて受け入れてくれる、
親という後ろ盾があるからこそ、安心して社会へ出て行けるんです。
親から認めてもらえなかった子どもは、いつまでも親を卒業できないまま
親に認めてもらうためだけの人生を送ることになります。
人生は、ステージをすっ飛ばしてクリアすることはできないんです。
今でもMさんは、親から認めてもらうことだけを生きる目的にしてると思いますよ」
M君がどんな生活をしていようと、両親はもう、M君のことを見ていないんですよ?」
「でもMさん、自分から絶縁することで、親の望みを叶えてあげてますよね。
いらない子である自分を親元から排除したし、なおかつ、
自ら家を出ることで、世間体を気にする両親の名誉も守った」
「えっ、そんな………こと、しますかね……??
それは単なる偶然というか…」
こじつけでは?という言葉が、喉まで出かかっていた。
「私がMさんのこと言い切っちゃマズイでしょうけど、
少なくとも私はしました、そんなことを。
父の暴力に耐えている母に、自分も暴力を受けることで認めてもらおうとしてたんです。
殴られた跡をさりげなく母に見せたり、いろいろしました。
思ったような反応はありませんでしたけど」
「そんな…」
親に認めてもらおう!なんて意識しながらやってるわけじゃない。
私の場合、カウンセリングでそういう構造がわかってなんとか離脱しましたけど
自覚がなければ、そこから離脱することはまずできないと思います。
だって自分の無意識が、好きこのんでやってることですから。
表面的には、どうして私ばっかりこんな目に遭うの?って思ってたんです。
それなのに、別れられないんですよねー。
やっぱり好きだから別れられない、なんて思ってましたけど。
でもほんとは違って、私にとってカレは
親に認めてもらうための道具でしかなかったんです。
親に認めてもらう前に、道具を手放すわけにいかなかったんですよねー。
一方的に私ばかり殴られて、はたから見れば被害者です。
でも、私はそうやってカレを利用して、むしろカレに私を殴らせていたんです。
カレが改心なんかして、殴ってくれなくなったら困るんです。
だから、絶対に反省や更生のチャンスなんて与えずに、ただ耐える。
カレはカレで、私を殴ることで何かしら得ていたんでしょうね。
共依存とはそういう関係です。
お互いを、自分が生きるための道具としか見ていない人間関係です」
私、このときSさんにちょっとイラっとしてました。
どうしてこの人は自分の話ばっかりするんだろう。
私に知識をひけらかしたいの?
M君と重ねて、自分に同情でもしてほしいの?
だとしたら、とんだお門違いだ。
私はM君の話をしにきたんだから。
そんな気持ちが態度に出てたと思う。
このときの私は、たぶんものすごい感じ悪かった。
それはM君と、どう関係するんでしょうか?」
「Mさんが私と同じように、親から認めてもらいたいと思っているなら
それが無意識であればあるほど、彼は人を道具にし続けるだろうなってことです。
現実の行動として、彼は絶縁までしてますし
表面上は、自分は親から完全に自立したと思っているでしょうね」
「それは………M君が共依存だってことですか?
私はそうは思いませんし、もし無意識がそうであっても、
そんなに問題にすることでもないように思えるんですけど。
別にそれで困ったことが起きてるわけでも、何でもないですし」
「喪子さん、矛盾している」
Sさんにバシッと言われた。
「Mさんについて困ったことが起きてるから、今日はうちに来たんですよね?」
「そ、そうですけど…」
私はその話をしに来たんだけど、その話がしたいわけじゃない。
話だけなら、Sさんの話はまるで池上彰のように、丁寧でわかりやすかった。
それなのに、なんとも言葉にできないモヤモヤに支配されて
Sさんに対するイライラばかりが募っていく。
「私はM君の生い立ちとかが知りたかっただけで…
その確認がとれたから、別にそれでいいかなって。
誰かにM君の評価をしてほしいわけじゃない…。
それは、私自身がM君と付き合って見極めることだと思うから」
「生い立ちの確認とれればいいってことは
Mさんがネグレクトされてたのがわかってよかったー、ってことですか?」
「何ですかそれ!?そんなんじゃないですよ!!」
「じゃあ、何です?」
何です?と問われて、たじろいだ。
だって自分でも一瞬、「じゃあ何なんだ?」ってなったから。
これからはM君を支えてあげられるかな、って」
「どうして喪子さんがMさんを支えてあげなきゃならないんですか?
Mさん、これまで喪子さんいなくても、やってこれてるじゃないですか」
「でも!M君の生活がおかしいから、心配なんですよ!」
「その生活を好きこのんで送ってるのは、他ならぬMさんですよね。
彼はもういい大人で、親から強制されてるわけでもないんですよ?」
「O君の話でわかりました、M君は普通の生活を知らないんです。
だからちょっとお節介だけど、私がフォローしてあげれば
そのうち、ちゃんとした生活に戻れるかもしれないし…」
「ちゃんとした生活って、誰にとってちゃんとした生活なんですか?
喪子さんにとって、ですか?」
「違いますよ!一般的にってことで!」
もし彼に、今の生活を改善する気がないなら、喪子さんがやろうとしていることは
知人夫婦や両親がMさんにやった”押し付け”と一緒じゃないですか?」
「はい…!?」
たたみかけてくるSさんに、どんどん混乱していく。
自分で何が言いたいのか、何がしたいのか、頭の中が白くなる。
「私は、別に、そうじゃなくて…
……M君がもっと、自分を大事にしてくれればいいなって思ってるんです。
確かにそれは、私が勝手に望んでることです。
でも、付き合ってるのに心配もしちゃいけないの?
私は男の人とのお付き合いは、確かに初めてだけど…
相手のためを思って行動することは、そんなに責められることなんでしょうか?
生活能力が低い彼氏の世話を焼いてあげたいって思うのは
彼女として、そんなにおかしい行動ですか?」
「全然おかしくないです。当たり前のことだと思います」
「………じゃあなんで!」
私の不穏な空気を察したのか、O君が口を挟んだ。
「あのさ、Mの友達としてではなくて、喪子の友達として言わせて」
「………なに?」
「あのー、余計なお世話かもわからんのだけど……
Mはちょっと、癖があるっつーか……女癖悪いんだよ」
ものすごく言いにくそうにするO君。
考えてみれば、このときのO君は、私とM君の間に立たされて、
ついでに私とSさんの間にも立たされて、
わりと可哀想なクッション役を果たしてくれていた。
「ああ…知ってるよ。
告白したとき、M君が自分から話してくれた」
「え、そうなの?」
私は、最初から知ってて、M君と付き合うことを選んだんだよ。
だからそのことについては問題だと思ってない」
「でもさすがに9人は……心配にならない?」
「ん?9人って何?」
その瞬間、O君が盛大に「あー、やべえ」って顔になった。
「えっ、それってもしかして……M君が付き合った人数…?」
「うん…高校卒業してからの…
あ、でもこの二年は、資格の勉強してたから…」
えーっと、てことは………
10年間で、9人………………
正直、かなりイタイ話だと思う
一年で別れて、ほぼ取っ替え引っ替えしてたってこと!?
え、それは、同時進行とかもあったりするんですか!?」
「それは大丈夫。二股はないらしい」
「そっかー、よかったー……とはならないからね!??」
「酔って口が軽くなったときの話だから、盛ってるかもしれないけど…
でも、うん、なんか……ごめん」
「いえいえ、滅相もありませんけども…。
ごめん、だって私、せいぜい3、4人かと思ってたから…」
そりゃー過去の恋愛話を聞き出そうとすると、口ごもるわけだわ…
「とにかくあいつ、その全員と同じような別れ方してるんだよ」
一年たつと、急に憎悪が湧いてこっぴどく振る。
3、4人なら相性の問題かもだけど、9人かあ…
でも私は、正直に話してくれたM君を信じるよ。
人に話したのは私が初めてらしいし、これから治していこうとしてるM君を信じる」
「んー…でも逆言えば、
本人が治したいと思ってるのに、これまで治せてないってことだからな。
あのさ、落ち着いて、よーく考えてみろよ。
自力で治せるとしたら、9人と同じこと、繰り返すと思うか?」
「…それは、でも…………
付き合ってみなけりゃわからないよ」
「あのさ、ちょっとキツいこと言うぞ。
喪子がいくらあいつを信じたところで、あいつが治るわけじゃねえと思うよ」
でも、そんな私になんかお構いなしに、O君は続けた。
「喪子、今日は何しにうちに来た?
別に肩持つわけじゃないけど、どうしてそんなにSの言葉に噛み付くんだ?
ほしかったのは、Mは虐待されてたっていう、同情できる情報だけか?」
「……………え。なにそれ、違うよ」
なぜか自分の声が、遠くの方に聞こえた。
「じゃあ聞くけどさ。
おまえ、Mの何がよくて付き合ってるんだよ?」
「だって、一緒にいて楽しいし…
M君は、優しいし、かっこいいし、面白いし…
私、本当にM君のこと、大好きなんだよ」
でも、あいつはこれまで女を自分都合で一年更新してきたような地雷男だぞ?
しかも、それを正直に明かしたってことは
同じことをおまえにやるぞって宣言してるのと一緒だぞ?」
「違うよ!そんな宣言したって、M君にはなんのメリットもないじゃん!」
「あるよ。
一年後に別れるときに、俺の欠点は正直に話してある。
それでも付き合うって決めたのはお前の方だ。
って、責任を全部喪子にかぶせることができるじゃねーか」
「そんなわけないじゃん!
なんでO君まで信じてあげないんだ、友達でしょ!?」
「あいつ、自分のことをなんも自覚しようとしないんだぞ?
親からネグレクトされたのは、全部自分が悪いと思ってるんだぞ?
そうやって親を庇い続けて、こっちがなに言っても耳素通りしちまうんだぞ?
あいつはずっと、自分を蔑ろにした親の味方だけしてきてるんだよ。
そんなやつの、何をどう信じるって言うんだよ?」
私、ただM君のことが好きなだけなんだよ…」
「それって、Sが暴力男を好きだと思ってたのと、何が違うんだよ?」
今度は、ガンっ!と頭を殴られたような気がした。
一瞬、本当にO君から殴られたかと思うようなめまいがした。
ぼーっとしてると、Sさんが私の顔を覗き込みながら
「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。
そのSさんの目を見ているうちに、やっと気づいた。
Sさんはずっと、自分やM君の話をしてたわけじゃないんだ。
Sさんは最初から、私の共依存の可能性を指摘していたんだ。
私はそれを受け入れたくなくて、あんなにイライラしてたんだ。
私が共依存?
そんな馬鹿な!!
だけど私は、さっきのO君の問いかけで、はっきりと気づいてしまった。
そうなんだ。
私がほしかったのは、M君が虐待されてたっていう情報だけ。
私がO君から聞きたかったのは、「あいつはおかしい」っていうお墨付きだけ。
だって、そのお墨付きがあれば、私は大手を振ってM君の世話が焼ける。
そうやってM君の世話を焼いてる限り、私はずっとM君のそばにいられる。
ずっとM君のそばにいるために、M君は、ずっと私を心配させてくれてなきゃ困る。
つまり私は、口ではいろいろ言いながら
M君の生活を改善しようなんて、
M君に変わってほしいなんて、
本当は、これっぽっちも思ってはいなかったんだ…
私は自分の女としての尊厳を保つために、M君が必要だったんだ。
ああ……みじめだな。
彼氏いない暦=年齢なんて、冗談めかして公言しながら
本当は私、こんなにも自分のことを、みじめに感じていたんだ。
M君の生い立ちまで利用してでも、自分の中の”女”を守りたかったんだ。
そんなことをしなけりゃ、女としての自分を保つこともできないなんて……
これはもう、M君がどうとかいう問題じゃあない。
私自身がこんな気持ちじゃ、彼と付き合うことなんてできやしない。
そう思った瞬間、寂しくて寂しくて、涙がボロボロこぼれてきた。
Sさんが「泣いちゃえ、泣いちゃえ」と、背中をさすってくれた。
「そうですか、うん、うん」
「だけどぉ……別れなくないんですぅ」
「うん、うん、わかります」
「私ぃ、どうしたらいいんでしょうかぁ」
「そんなこと、私は知りませんよ」
ぐはっ!
優しい顔をしたSさんから、心を突き飛ばされた。
「…………そりゃそーっすよねぇぇぇぇ」
「はい。そこは喪子さんの好きにしてください。
て言うか、喪子さんの好きにしていいんです」
「でももう、自分がどうしたいのか、わからなくなっちゃってぇぇぇ」
「あのね、”わからない”のは、頭で考えちゃってるからです。
いま大事なのは、頭で考えた理屈よりも、心で感じる気持ちじゃないですか?
気持ちを感じるだけなら、いつだってできるはずですよ?」
「はい」
「私の気持ちはぁぁぁ」
「うん」
「………別れたくなんかないです。
例え共依存と言われても、やっぱりM君が好きです。
今の私にわかるのは、それだけみたいです…」
「だったら別に、別れる必要ないんじゃないですか?」
「でも、こんな浅ましい気持ちでM君と付き合っても…
絶対にいい方向へなんて行きっこないです…」
「大丈夫ですよ、そんなの。
実は男女の関係って、大抵が共依存なしには始まらないそうですよ?
だとしたら、共依存がなかったら、人類絶滅ですよ。
別に特別なものじゃないんです、誰の中にも多少はあるものなんです。
そうと自覚してるかどうかだけで、その後の関係は変わるもんですよ」
「んー。喪子さんだけ頑張っても、どーにもならないでしょうねえ」
「………ですよねぇぇぇぇぇ」
「Mさんは、カウンセリングやセラピーでも受けるのがいいんでしょうけど」
「けど?」
「ああいうの、自発的に受けないと効果ないですしねえ」
「ああああぁぁぁ」
「なんでしょうか」
「Mさんとお付き合いするのに、どうして喪子さんだけが頑張るんですか?」
「えっ?それは………」
「別にいーんじゃないですか?特に頑張らなくても」
「えっ?………いーんでしょうか???」
「うん。頑張れって、誰が言ったんですか?」
「誰がって…………あっ!?」
「はい?」
「…………言ってるのは、私だけですね」
「ですねー」
「そうか………別にいいんだ、頑張らなくても」
Sさんは、すごかった。
話していると、自分の脳みその表面に凝り固まっている
思い込みだの偏見だのが、ガンガン剥がれ落ちていくみたいだった。
そうなの!?
Mさんが何人も彼女作ってきたのだって、たぶんそう。
Mさんは、人間関係の基礎となる親子関係が
彼一人だけ見捨てられることで成り立っていました。
だから彼には、人間関係とは相手から見捨てられて一人ぼっちでいることだ、
という観念が植えつけられているんだと思います。
でもずっと見捨てられ続けた彼は、もう人から見捨てられることには耐えられない。
自分が見捨てられないために一番いい方法は
見捨てられる前に、自分から相手を見捨ててしまえばいい。
それがMさんの一年タイマーの正体だと思います」
“自分は見捨てられなかった”という事実だけが、彼に安心感を与えているんでしょう。
そしてそうやって別れた結果、親に教え込まれた人間関係である
「一人ぼっちでいる」という状態を維持することもできるわけです。
相手に別れる気があるかないかは、彼にとって問題ではないんです。
自分の中の、”見捨てられたらどうしよう”という不安に突き動かされて、
“教えられたとおり、自分は一人でいるよ”と見てもいない親に証明してるだけ。
それは言ってしまえば、Mさん一人の思い込みによる妄想です。
彼は、自分が作り出した妄想に縛られて、一人で悩んでいるんです」
圧倒的に、自分自身なことが多いんです。
だけどそうやって自分で自分を束縛しないと、生きられない人生もあるんです。
大げさに聞こえるでしょうけど、それが生きる術になってしまう人もいるんです。
Mさんにとっては、自分を存在価値ナシというレッテルで束縛することが
きっとその環境を一人ぼっちで生き抜くための術だったんでしょう。
だから、Mさんのレッテルを無理矢理剥がして変化を迫るのは
彼に死ねと言ってるのと同じになる可能性があるんです。
だって彼は、いまだに自ら一人ぼっちになって生きていこうとしてるわけですから。
お二人には酷でしょうけど、Mさんは、誰かと仲良くはなれても
共に生きることはできない人なんですよ。
自分の妄想の世界の中で、目の前にいもしない親に忠誠誓って生きてるんです。
だけど、それこそが、お二人が大好きなMさんなんです。
人が人を変えることはできません。
自分しか、自分を変えられる人はいないんです。
できるのは、相手の存在をそのまんま認めることです。
付き従うでも、巻き込まれるでもなくて。
私は、そうやって相手を尊重しあうのが、愛なんじゃないかなって」
共依存やアダルトチルドレンのことを夢中で調べまくった。
何度も書いてるので口説いようですが、私はM君の優しさが好きなんです。
だけどいろいろ調べるうちに、そんな彼の優しさも
もしかしたら生い立ちに影響を受けてるのかも?とわかってきた。
M君の優しさは、例えば記念日に高価なプレゼントをくれるような
目立ったアピール性のあるものじゃあない。
むしろそういうのには無頓着なほう。
だけど、ちょっと疲れてたり落ち込んでたりを、
こっちが何も言わないのに気づいて、あったかい飲み物を差し出してくれるような
そういうほっとするような優しさが、彼にはあるんだ。
でもそんなのも、ものすご~くイヤな言い方すれば
子どものころから大人に気を遣ってきたせいで、
人の顔色を伺ってご機嫌をとるのが上手い、ということになっちゃう。
でもでも、やっぱりそれは彼の長所の一つだし、私には大きな魅力だ。
何に影響を受けてのことであっても、それだけは否定できない。
そんなふうに見ていくと、何が正しいのか間違ってるのか、
さっぱりわからなくなってしまった。
Sさんが言った、相手の存在をそのまんま認めるって
案外難しいんだな…とぼんやり感じた。
でも、それでやっと気づいた。
どの本にもどのサイトにも、私とM君は出てこないんだ。
やっぱり私は、M君と向き合うことでしか
私たちの関係を理解することはできないんだ…。
ハラスメントを受ける可能性がある、ということだった。
でも、最初のうちは保っていた緊張感も
日々の付き合いの中で、だんだんと薄れていった。
私たちは相変わらず、ゲラゲラ笑いながら楽しく過ごすことができていたんだ。
O君宅でのことは、一切話さずにいた。
どう話せばいいのかわからなかったし、何よりも、
話すことで今の関係が崩れてしまうのが怖かったんだ。