俺は今の状況に付いていけず、平静を装いつつもパニックになりながら部屋のすっごい隅っこに荷物を置く
俺「あ、どうぞどうぞ・・・」
そう言ってかすみは荷物を持って風呂に向かった
一方、俺は古畑任三郎さながらに部屋をうろうろして纏まることのない考えをひたすらに巡らせていた
どういうことだ?
どうすればいい?
何でこうなった?
どういうつもりなんだ?
全く結論は出なかったが、少し落ち着いてベッドに腰掛ける
何故か少し震えてきた
下はスウェットで、上はTシャツという形
かすみ「お風呂、広いですよw」
俺「あ、あぁ・・・え?」
かすみ「え?」
俺「あ、じゃ俺も入ろっかな・・・」
俺氏、落ち着いた頭が完全にパニック
何を言ったのかあまり覚えてない
風呂に入るとまた落ち着いてくる
シャワーを頭から被りながら、修行僧の滝行のようにして頭を冷やす
俺が気にしすぎなだけなんだろうか
かすみは普通にただ寝るだけのつもりでここに来たのだろうか
どれだけ考えても答えは出ず、同じ問答を頭の中で繰返す
でも考えていると少し落ち着く
いくつか考えも出たけど、俺が辿り着いた答えはこれだった
(たぶん寝るだけのつもりだな)
(車の中でも隣で寝たし、場所が変わっただけのことだ)
(いつも通りでいいか)
(よし、そうしよう)
半ば強引にこの答えを出し、俺は完全に落ち着いた
ただ寝る場所が変わっただけのこと
そう考えれば随分と気が楽になった
まぁ、今思えばいつもこうやって逃げるように考えているからDTのままなんだろうな
俺「明日どこか行きたいとこある?」
かすみ「あ、私はもう・・・何があるのか分からないんで、お任せします」
俺「そっか、俺も特に気になるところはないからそのまま帰ろっか」
かすみ「分かりました、じゃ明日が最後ですねー」
俺「うん、ありがと、ほんとに楽しかったよ」
かすみ「ううん、なんか・・・こちらこそ色々ありがとうございました」
そんな感じで話しながら俺はベッドに腰掛け、かすみもベッドの方に来る
俺「じゃ、そろそろ寝よっか」
かすみ「はい」
電気を消して、お互いにベッドに入る
さっきかすみが言った、明日が最後って言葉
それが少し心に残っていた
明日が最後か・・・
そう思うと急に不安と言うか寂しさと言うか
もうお別れなんだなって思うとなかなか寝れなかった
ずっと上を向いて寝ようとしてたけど、体勢を変えようと横を向く
するとかすみもこちらを向いていた
かすみもまだ寝ていなくて、お互い向かい合わせになった
俺「んー、なんかねw 明日が最後かって思うと色々思い出しちゃって」
かすみ「うん。すごっく楽しかった」
俺「・・・・・」
かすみ「・・・・・」
やっぱり可愛いな
もう頭の中はかすみとの思い出でいっぱいだった
たった数日だけど、ずっと一緒にいた
人生の中で見れば本当に短い間だけど、すごく充実して、幸せな時間を過ごせた
正直、帰りたくない
そう思ったら、つい言ってしまったんだ
俺「・・・好きなんだよなぁ」
つい思ったことが口に出てしまっていた
焦ったね
焦ったよ
俺「あ、いや、うん。え?」
かすみ「・・・・・」
俺「・・・・・」
かすみ「聞こえなかったよ」
俺「あ、じゃいいんだw」
かすみ「もう一回」
俺「え?」
かすみ「聞こえなかったからもう一回言って・・・」
俺「いや・・・」
かすみ「もう一回」
俺「・・・・・」
かすみ「・・・・・」
俺「・・・好き、みたいなんだよね」
かすみ「・・・・・」
俺「かすみちゃんのことが」
かすみ「・・・・・」
俺「会ってから全然経ってないけどさ。何ていうか、帰りたくないって思ったんだ」
俺「だから・・・付き合って欲しい」
かすみは何も言わず、黙って聞いていた
時が止まったかのように沈黙が続く
俺の中では時間が停止していたので正確な時間は分からないが、恐らく数分?いや数十秒?か経った頃
かすみがゆっくりと口を開き始める
かすみ「・・・私も」
かすみ「私も」
俺「・・・・・?」
俺はさっき自分が何を言ったのか忘れていた
かすみ「私も、好き・・・かも」
俺「え、あぁ・・・そっか。・・・え!?」
かすみ「確かに知り合ってそんなに経ってないけど」
かすみ「私もなんか・・・そう思う。好き」
そこからかすみは何かを言っていたが、全く聞こえてこなかった
何を言ってるのか聞こえない
分からない、聞き取れない
ここは本当に分からないんだ、ごめん
ボーっとしていて、何も考えていなかった
後から聞くと、なんでかすみが俺のことを好きだと思ったのかとか
俺のどういうところが好きになったとか
自分もこのまま終わりたくなかったこととか話してくれてたみたい
混乱して聞こえてなかったって言っても残念ながら詳しく内容は教えてはくれなかった
かすみ「ねぇ・・・。ねぇってば!」
俺「・・・え?」
俺「あ、うん、え?」
かすみ「よろしくお願いします」
俺「・・・え?」
かすみ「だから!よろしくお願いしますってばw」
俺「・・・・・」
かすみ「・・・・・」
俺「ん?」
かすみ「もう一回言う?w」
俺「いや・・・え?」
かすみ「もう!w 私も好きだから、よろしくお願いしますw」
俺「あぁ・・・うん、え?俺?」
かすみ「ふふっ」
俺「あ、俺、うん。え?付き・・・合う?」
かすみ「うん、よろしくお願いします」
俺「あ、うん。え?」
俺「彼氏?」
かすみ「うん」
俺「彼女?」
かすみ「うん」
俺「付き合う?」
かすみ「うん」
俺「・・・マジか」
かすみ「うん」
俺「ほんとに!?」
かすみ「ふふっ、うんw」
俺氏、長すぎるパニックを経て、ようやく理解する
かすみ「ふふっ」
俺「何かこんなとこで・・・こんな格好でごめんね」
かすみ「ムードも何もないよねw」
俺「ははっ・・・(苦笑い」
かすみ「・・・・・」
俺「・・・・・」
どちらからともなく、顔を近付ける
ちゅ
俺「・・・・・」
かすみ「・・・・・」
ちゅ
唇が触れるだけの長めのキス
ここからは正直あまり覚えていない
この後はお互いを抱き寄せ、随分長いことキスをしていたと思う
結果から言えば、俺はこの日からDTではなくなった
かすみはこっちを見ていて、先に目が覚めていたようだった
寝起きでいきなり人が現れたので、俺はちょっとびっくりしちゃった
俺「ん、おぉ・・・!」
かすみ「ふふっ、おはよ」
俺「あ、おはよう」
かすみ「・・・・・」
俺「ん?どしたの?」
かすみ「ううん、寝顔見てたw」
俺「いやもう・・・いいよーw」
やめてくれよー的な感じで俺はガバッと起き上がる
かすみ「あっ」
俺「あ、ごめん」
俺はまた横になり、天井を見つめる
昨日のことが夢じゃなかったんだと改めて思い知る
またお互いに見つめ合い、かすみは俺の肩に頭を乗せるようにしてくっついてくる
俺はそのままかすみの頭を抱き、しばらくその姿勢のままで時間が過ぎていく
この後、かすみとは別々で風呂に入った
何か今思えばここって一緒に入るとこだったんじゃないかなって思うけど、結局俺のヘタレ癖は抜けていなかった
精算を済ませ、車に戻る
俺「よし、行こっか」
かすみ「うん!」
恋人同士になったからといって何が変わったとはうまく言えないけど、やっぱり何か違った
確実に変わっていたのは、かすみが敬語じゃなくなったことかな
かすみ「今日何時くらいに着くかな?」
俺「んー、昼の3時くらい?夕方になる前には着くと思うよ」
かすみ「そっかぁ」
俺「何か予定ある?」
かすみ「ううん、じゃ夕ご飯食べてから帰りたい」
俺「ん、じゃどっかで買い物とかして夕飯食べて帰ろっか」
かすみ「そうしよ!」
気まずくなるようなこともなく、車の中は昨日のように楽しい空気が流れていた
かすみはずっと海を見つめていた
つまり俺の方側を見ていたんだ
なんだか俺が見られているような気がしてそわそわした
朝食はまたコンビニで済ませ、昼食はかすみが見つけた和食屋に入った
それ以外はどこにも寄ることはなく、16時頃に富山に到着した
とあるショッピングモールに立ち寄り、色々と見て回った
何か形になるようなものが欲しくて、お互いに色違いでお揃いのスマホカバーを買うことにしたんだ
安いものだけど、これだけで充分幸せだったなぁ
せっかく旅に行ってたんだから、旅先で何か買う方が良かったかもしれないけど、何しろもう旅は終盤だったからね
かすみはここのてんぷら定食が好きでよく来るようで、俺にも食べてみて欲しいとのことだった
すごくおいしかったよ
漬物も、お茶も、茶碗蒸しも味噌汁も全部おいしかった
なんかね、こういうことだけでもすごい幸せだった
もうここからは話すことはないんだ
この後かすみを家まで送って、俺も家に帰った
一人の時間は少なかったけど、俺の一人旅はここで終了した
あとは普通の恋人として、普通の生活を送ってきたつもりだ
特に変わったこともない
かすみと連絡先を交換する時にLINEを登録して、電話番号とアドレス、LINE IDを交換したんだ
で、家に帰ってからLINEで2人に連絡をすることにした
2人とも登録して、連絡をするとすぐにグループが作られた
ちょっとまだLINEをよく理解してなかったけど、2人と久々に話したよ
普通に会ってる時よりLINEのがテンション高かったけどね
あの後のことを話して、2人も無事東京に帰ったことを知った
俺も恋人が出来たことを話した
ナンパしたのかとか、手が早いとか色々言われたけど、ちゃんと祝福してくれたよ
それ以来、もうほとんど連絡は取ってないし、もちろん会ってない
どういう経緯で同行して、どういう話をして、どこに行って、どう過ごしたか
別に怒るでも引くでもなく、すごい経験だったねと笑っていた
真意は分からないけど、多分そこは気にしてないだろう
LINEのやり取りも見せたし、会うつもりも特にないことを話した
今度私も一緒に平泉行きたいと言ってたので、俺も毛越寺はろくに見れなかったしいつか行くと思う
たまにかすみはあの夜のパニクった俺を少しからかいながら話してくるので、まだ最近のことのように思い出す
たまたま行った東北で、たまたま2人と出会い、たまたま泊まった恐山でたまたまかすみと出会い
たまたま早起きで混浴が被り、たまたま声をかけたらたまたま同行することになった
そして、口を滑らせて出た「好きなんだよなぁ」
色々なことが重なって、今はとても幸せ
あの日からもう一人旅はしていない、と言うか結果的に最後の一人旅になったんだ
今はもう、どこへ行くにも二人旅になっている
またこの連休に二人でどこかへ出かけてくる
小さな偶然が重なって、大きな幸せが転がり込んできたお話
オチがなくてごめんね
おしまい