当時は搾取子という言葉は知らんかったが、十八〜二十五歳まで頑張って親に尽くして
せっせと貢いだが報われず二十六で諦めて家から逃げた
現在は音信不通で実家はオレの居場所を知らない
以下、親戚ヅテに聞いたメシウマ話
当時は搾取子という言葉は知らんかったが、十八〜二十五歳まで頑張って親に尽くして
せっせと貢いだが報われず二十六で諦めて家から逃げた
現在は音信不通で実家はオレの居場所を知らない
以下、親戚ヅテに聞いたメシウマ話
最初彼女さんの両親が怒鳴り込みに来た時は、土下座して
責任取らせますとか言ってたのに、出産予定日の直前に
知り合いのいない県外の田舎に引っ越そうとか言い出す始末。
上の弟は彼氏できないブスのひがみだとか、
当時彼氏いない歴=年齢の私に言ってきてた。
弟は就職2年目で6歳上の弟嫁に捕まり、
デキ婚なんで私の親と同居する条件で結婚許されたのに
子が生まれてたった一年で出て行った。
兄は成績優秀らしく指定校推薦で早々と入学を決めたが
弟は部活三昧の高校生活だったせいか、成績は良くないらしく
高3の夏から予備校にブチ込んだと、義兄嫁が義実家で愚痴っていたのを聞いた。
その弟が兄が合格した大学より2ランクぐらい上の大学に合格したそうだ。
これは反対してもいいよね。
私は8歳離れた弟がいたのだが、生まれつきの難病で、ずっと病院で暮らしたまま、2歳になる前に死んでしまった。
私も悲しかったが、毎日見舞いをしてた両親は勿論もっとショックで、抜け殻のようになってしまった。
私は母親の弟の産後からせっせと家事を手伝っていたのだが(なにせ二人ともほとんど病院にいる)、弟の死後も一層、
抜け殻の両親を支えるため家事を担うようになった。
某国営テレビが、難病で氏んだ弟と家族についてということで取材に来た。それから両親はいくつか講演に呼ばれた。
その難病の支援者団体にも参加するようになった。
両親とは顔を合わせない日が続いた。
俺が高一、弟が中二の時に両親が離婚。俺達は母親について行った。離婚理由はその時「性格の不一致」と聞かされていた。
半年後に母親が再婚。再婚相手は3つ年上の会社経営者。顔も性格もイケメンな人だった。
再婚相手にも五歳の連れ子がいた。男の子だった。
すごい可愛い子。でもすっごい我が儘で思いどおりに行かないとすぐ泣き叫んで尋常じゃなくらい暴れる。
暴れるっつっても、五歳ならたかがしれてるけどさ。テーブルに置いてあるコップを床に投げて割ったり、電話の所に置いてあるボールペン持ち出して壁をガーっと傷つけたり、やりたい放題だった。