一応俺からプロポーズをしたけど、ただ一緒にいたいだけだった。誰かに取られたくないだけだった。
「あんな生活をさせてあげよう」「こんなふうに幸せにしてあげよう」なんて何も考えてなかった。
女の一挙手一投足全てに苛ついた。腹がたって怒鳴りつけた。
モラハラやパワハラ、DVと言われてる行為をした。
それまでの俺は、口のきき方は悪かったかもしれないが、怒った事は殆どなかった。キレた事なんて一度もない。
自分では淡淡と生きてきたつもりだった。
それなのに女を見ていると腹がたって仕方がなかった。
「俺を怒らせるお前が悪いんだ」と怒鳴った。
冷静になった時に考えると、女は何も悪い事をしていない。もししたとしても、俺が暴れるほど悪い事なんてする訳がない。
冷静な時は「どうしてあんな酷い事をしたんだろう」と思うのに、いざとなると怒りが制御できなかった。
自分が化け物になってしまったようで恐かった。
いっそ女がいなくなってくれればと心底思った。
会えなくなるのに耐えられないと思ってプロポーズしたのに、一緒にいるのが苦しくてつらかった。
その時も自分の苦しさに精一杯で、女がどんな気持ちかなんて考える余裕もなかった。
きっと見えない所で泣いていた事もあっただろうと思う。
俺が暴れた後始末をし、買い物袋を下げて帰って来た。
おかしいだろう?
普通だったらもう二度と寄り付かなくなるだろう?
「こんなので驚くくらいなら元からプロポーズは受けないよ」と言われた。
「あなたは気づいてないかもしれないけれど、どんなに暴れても私に手をあげた事はないんだよ。あなたは怪我をしてるけどね」と笑われた。
「私は要領がいいから適当にやっても何でもうまくこなせる。片付けだって修理だってできる。DV、リストラ、大病や痴漢の冤罪にだって対応できるから大丈夫」
「あなたは真面目で一生懸命な人。だから不器用で頑固で意固地で融通がきかなくて、毒ばかり吐く。そこが気に入っている」
「あなたが地道に頑張ってる姿を見ていると、適当人間の私でも頑張ってみようかなって思うんだ」
「だから結婚しようって決めた。あなたと一緒にいたら私も努力家になれそうだから」
「私と一緒に頑張ってみてくれないかな?私を引っ張って行ってよ」
この女はどこかおかしいんじゃないかと思った。
普通そんな事を言うか?
俺にそんな価値があるか?
何が望みか、何を企んでいるのか全く解らない。
初めて見た時から意味が解らない女だと思っていた。
だから努力してみようと思った。この女を知る努力をしようと思った。
この意味不明な女は、俺が努力さえしていれば一緒にいてくれるらしいから。
結婚しても妻は相変わらず意味不明な女だ。
苦労をかけてる事も多いだろうに、相変わらず陽気でわがまま。
まわりには「私から逆プロポーズをして結婚したんだ」と言っている。
あの時の言葉が妻からのプロポーズだったらしい。
俺が女からプロポーズされるなんておかしいだろう?
それなのに妻の言葉を聞くと、自分が上等な人間になったように錯覚してしまう。
後から使う人が使いにくくなったら本当に申し訳ない。
一応フォローとして。
医者には行ってないけど、きっと病んでたのは俺で、若い頃からずっとそうだったのかもしれない。
それに向き合わせてくれたのが妻。
あっちは俺に合わせてくれたんだと思う。
当時の俺に、医者に行け、カウンセリングを受けろと言ったら、もっと頑固になっていたと思う。
荒れていた期間は二ヶ月か三ヶ月。
今では「あれはDVじゃなくて反抗期」と笑い話にされている。
「私が更年期の時はよろしくね」と笑われてる。
職場では、結婚して顔が穏やかになったと言われている。
近所の人から挨拶されるようになった。
自分では気づかなかったけれど、結婚前の俺は顔も態度もきつかったみたい。
昔の俺じゃあ想像もしなかったような幸せな暮らしをしている。
全部妻のおかげだ。