今日ハルとしたたわいもない会話にサリナへの愛情を強く感じた。
そしてハルをサリナに引き取らせる方がいいのかもしれないと強く思った。
今の俺にとってハルは全てだった。
それでもハルの幸せを願うなら、ハルはサリナといるべきなのかもしれない。
俺「ハル。パパの話しをよく聞いてくれるか?」
ハル「うぞづぎーうぞづぎー」
泣いて暴れるハル。
俺「ハルは男の子だろ?だからパパに変わってママを守ってあげてほしいんだ」
ハルを抑えつけるように腕に力が入る。
ハルが悲しい時、辛い時はすぐにハルのところに行くよ。」
俺の中でハルとの思い出が蘇り、それを吐き出すかのように涙が溢れ出す。
ハル「パパぼくのこときらいなになったの?」
俺はもっと強い力でハルを抱きしめた。
俺「大好きだよ。世界で一番だ…」
ハル「ぼくもパパだいすきだよ。きらいっていってごめんなさい」
ハル「やきそく。パパもぼくにあいにきてね…えぐっ」
俺「約束するよ」
一生の別れじゃないんだ。ハルにどちらか選べなんて言える訳がない。
全員が幸せになる方法なんてないんだ。俺が犠牲になれば済む話だ。
これでいい。
ハルにとって幸せを考えれば。
こんな半端者の俺が、ハルを本当に幸せに出来るわけがない。
サリナに会い眠るハルを預ける。
サリナ「俺君。本当にありがとう…ハルはわたしにまかせて。」
俺「うん、頼む。荷物は後で送るよ。また手続きとかあったら連絡して。」
サリナ「うん。」
俺はサリナの顔もハルの顔も見ずに振り返った。
俺は背中を向け、涙を見せないようにした。
いくら強がっても、ハルを手放す辛さを我慢出来なかった。
サリナ「本当にありがとう…」
俺「俺こそ…」
その日を境に俺は一人になった。
家に帰ってもハルはいない。無償に淋しくなる。
今まで子育てに一生懸命だった。それは俺の人生の一部であり生きがいでもあったんだ。
今は何もなくなった。俺にはただ孤独と虚無感だけが残った。
ハルとはあれ以来会っていない。
ハルが新しい環境に慣れるためと、サリナや彼氏に気をつかってからだ。て言うのは言い訳。
本当は今会えば、別れが辛くなりハルを手放したくなくなると思ったからだ。
こんな気持ちなら、いっそハルに会えば全て解決するのに。
俺は頑なになっているだけなのだろうか。
今頃ハルは笑顔で毎日を過ごしてる。そう思うことだけが今の俺の救いだ。
日に日にこんな気持ちは薄れて行くはずだと思ってた。
でも日に日に寂しさは増していった。
そんなある日一本の電話がかかってきた。
俺「久しぶりです。佐々木先生」
去年佐々木先生の誘いで、ハルと一緒にイチゴ狩りに行った。それ以来だ。
俺「どうしました?」
佐々木先生「去年のイチゴ狩りの時の写真出来ました。て遅すぎですよねw
カメラのことずっと忘れてて、現像したからお渡ししようと思ってw 今時間ありますか?」
佐々木「これとこれ!ハルちゃん可愛くとれてますよw
あっこれは私のお気に入りw ハルちゃんとお父さんすっごく笑顔w」
テーブルにはイチゴ狩りの時、佐々木先生が撮ってくれた写真が並んでいる。
ハルの楽しそうな笑顔。少しホッコリした。
佐々木先生「いいえw ハルちゃん最近どうしてるかなって思ってたしw」
俺「あの…ハルなんですが…」
俺は佐々木先生にハルの現状と今日までの経緯を説明した。
俺「いや…すんません。せっかくわざわざ足を運んでもらったのに」
佐々木先生「いいえ…でも…
ハルちゃんがいなくなってもお父さんには変わりないんですからw」
優しく俺に微笑みかける。
俺「はい」
俺「はぁ」
気のない返事で返す俺。
そんなこと分かってるんだ。それが出来ればどれだけ気が楽か。
佐々木先生「ね?良かったら今度映画見にいきません?
私どうしても見たい映画があるんですw もちろん私おごりますよw」
俺「はい、いいですね」
佐々木先生「じゃー決まりw」
何でこうなったかは分からないけど、寂しい独身男の相手をしてくれるんだ。
断る理由なんてないだろう。
ご飯に行ったり、俺がスケボーが好きだったので公園によく付き合ってもらったり。
佐々木先生「一歩ずつ何か始めていけばいいんですw
新しい幸せはきっと見つかりますよ。
私も時間があるときはいつでも付き合いますからw」
時間はいくらでもある。何か新しい目標を見つけなきゃ。
ハルのいない生活にまだ慣れないけど、少しずつ自分の幸せを見つけないとダメだ。
そんな日々を過ごす中、ハルから一通の手紙がきたんだ。
おげんきですか?
ぼくはげんきです。
ママもげんきです。
このあいだ学校のおともだちと、ゲームであそびました。
ぼくはいちばんになったので、とってもうれしかった。
パパはうれしかったことありますか?
はやくパパにあいたいです。
パパにあうまでなかないようにがんばっています。
はやくあいにきてね。
まついはるより)
下手くそな字だけど、普通の手紙なんだけど。
心に響く手紙だったのを覚えている。
俺はすごくハルに会いたくなった。今まで我慢していた気持ちが爆発するかのように。
佐々木先生はたまに俺がハルと会っているもんだと思っていたらしい。
居酒屋で俺は佐々木先生に相談していた。
俺「こんなこと、佐々木先生に相談することじゃないんすけどね」
酒が入ってテンションが上がる佐々木先生。
俺「いや今からはさすがにまずいっす。」
佐々木先生「ウジウジウジウジ…男でしょ?てかハルちゃん可哀想です」
俺「可哀想?」
佐々木先生「だって、手紙に書いてまで会いたいって…子供は純粋なんですよ。
特にハルちゃんは!今日が無理なら明日。明日必ず会いに行って下さい。」
俺「でも、会ったら…俺泣いちゃうかもしれないっす。」
佐々木先生「いいじゃないですか!大人が泣いちゃだめなんですか?
ハルちゃんに会っていっぱい泣いて下さい。でちゃんとハルちゃんに謝って下さいね。
会いに行かなくてごめんって。」
俺「そうすね」
佐々木先生「父親放棄は最低ですよ」
まったくその通りだ。
サリナが家を出て行って、ハルに母親がいなくなった。それと今俺は同じ事をしている。
次の日俺はハルに会うことにした。
俺はただ単純に誰かに背中をおして欲しかったんだと思う。
佐々木先生には本当に何から何までお世話になってる。
ハルに会うまでの時間は大分ある。
落ち着かず何故か台所に立つ俺。昨夜は一睡も出来なかった。
やべっバニラエッセンスねーや。
なんて思いながらハルに喜んでもらおうとお菓子作りを始めた。
仮面ライダーのおもちゃを手にしながら、これハル喜ぶかなー。
なんて期待に胸膨らませる俺。
ドキドキ、ワクワク。
こんな気持ちはいつぶりだろうか。
ハルの笑顔が頭に浮かび、ついついニヤケてしまう。
ケーキとプレゼントをもってハルの住むマンションへと向かった。
見るからに金持ちの住むマンション。ここにハルが住んでいるんだ。
部屋番号を押し中に通された。
エレベーターの17Fのボタンを押し、ゆっくり上がっていく。
俺の気持ちも高ぶる。そしてすごく緊張する。
玄関を開けるや否やハルが飛び出してきた。
俺「ハル!元気してたか?」
ハル「うんw パパおそいよ。ぼくずっとまってたの」
ハルはいつもと変わらぬ満面の笑みで俺を迎えてくれた。
今にも泣き出しそうだが我慢した。
俺君に会うの。まだかまだかってうるさかったんだからw」
サリナに言われ部屋にあがらせてもらった。ハルに手を引っ張られリビングへと入る。
長い廊下に広いリビング。何不自由ない暮らしとはこのことだ。
そう言えばジュンが一流企業で働いてるって言ってたな。
俺「あっこれケーキ。」
サリナ「えっ?ありがとーw わっ!俺君が作ってくれたの?」
俺「うん、味の保証はできないけど」
サリナ「良かったねーハルw 後で食べようね」
サリナ「うんw ありがとw」
俺「彼氏は?」
サリナ「今日は朝からゴルフだし、帰りは遅いの。
大丈夫w彼には俺君が来ること伝えてるからw」
ハル「パパーこっちこっちw ぼくのおへやみてみて」
ハルは嬉しそうに俺の手を引っ張る。
新しい勉強机にベッド。そしておもちゃが綺麗に置かれている。
俺「あっ?」
ハルに買ったプレゼント。渡すのが恥ずかしくなった。
大きいサイズの仮面ライダーフィギュアに、ベルトのおもちゃが置かれてある。
ジュンに買ってもらったんだろう。
プレゼントされても嬉しくないだろうな。
俺はそっと後ろのポケットに隠した。
リビングに戻りソファーに腰を下ろす。ハルも俺の隣に座りずっと俺の顔を見る。
余りにもマジマジと見るので、何だか照れてしまう。
俺「ハルもサリナも元気そうで良かった。それに幸せそうで安心したw」
サリナ「うん。何でハルにずっと会いにこなかったの?」
ハル「パパごめんしないでいいよ。ぼくおりこうにしてたよ。
きょうパパにあえたからすっごくうれしい」
無邪気な笑顔に癒される。
俺「ハルごめんな…」
今にも泣き出しそうだが、カッコ悪いから我慢。
俺「うん…」
ようやく何か吹っ切れたような気がする。ハルに会えるだけで幸せなんだ。
無理に何か幸せを見つける必要なんてないんだよな。
玄関から誰かが入ってきたようだ。
サリナ「あっジュン君だ。」
そう言いながら玄関へと向かうサリナ。
サリナ「おかえりー。早かったね。」
ジュン「部長が体調悪くなったんで、酒の席はなくなったんだよ」
リビングの向こうから二人の会話が聞こえた。
ジュン「何まだいてんの?」
サリナ「うん。今さっき来たばかりだよ。」
ジュン「うぜーな。さっさと帰らせろよ。俺疲れてるんだよ」
サリナ「でも、来たばかりだし。ハルもせっかく喜んでるから」
舌打ちしながらダルそうに話すジュン。
サリナ「うん」
小声だが会話はまる聞こえだよ。
俺は腰を上げる。
ハル「パパどうしたの?」
俺「ハル。今日はもうパパ帰るな。」
ハル「やだー。いまきたばかりだよ。だめだめだめだめー」
ハルが俺の服を引っ張った。
ジュン「あっ、俺さんお久しぶりです。
お元気そうですねw良かったらこれから一杯どうですか?」
ジュンが作り笑いで俺を見る。
俺「いや、俺はこれで。明日仕事も早いんで。」
ハル「パパかえらないで。おねがい。かえらないで。」
必死に俺を引き止めるハル。
父親面するジュンに嫌悪感を抱きながら、
俺「ハルごめんな。パパまた必ずハルに会いにくるから。」
笑顔でハルを諭した。
拗ねながらハルは諦めてソファーに座り込んだ。
気まずそうな顔をするサリナに、少し申し訳ない気持ちになりながらも玄関に向かった。
ジュン「あれっ俺さん何か落としましたよ」
偶然廊下を歩いている時に、
ハルのプレゼントにと思っていたフィギュアがポケットから落ちた。
ジュンがそれを拾う。
俺「あっそうそうw たまたま当たったんでハルにどうかと思ってw」
ハル「ぼくに?ありがとーパパー」
ハルが嬉しそうにフィギュアを手にとった。
ジュン「当たった景品だぞ。そんなのいっぱいあるだろ…」
捨てろと言う前にサリナが割って入ってきた。
サリナが申し訳ない顔をし俺を見た。場違いな俺こそ申し訳なさすぎるよ。
リビングからジュンが、
「きったねーケーキ。こんなの早くゴミ箱に捨てろ」
と聞こえた時は、無償に自分がダサいやつなんだと自覚した。
惨めな気持ちになるが、そんなことはどうでもよかった。
だってハルが、
ハル「ぼくずっとたいせつにするね」
って言ってくれたんだよ。本当に嬉しかった。
佐々木先生「すっごいムカつく。何なんですか?その人。無神経にも程があります。」
佐々木先生が怒って俺を見る。
それに俺は別に彼と自分を比較しようなんて思ってないんす。
たしかに俺はダサいかもしれないけど、彼は彼。俺は俺なんだし。」
佐々木先生「松井さんはカッコ悪くなんてないです。
ハルちゃんが園児の頃は松井さんは、お母さん達や先生達からも人気ありました。」
拗ねる佐々木先生。
俺を慰めようとしてくれてるんだろうけど、本当に俺は気にしてなかったんだ。
また来週ハルに会いにいこう。そう思うだけで俺の日常が変わって見えた。
子供の存在の大きさに気づかされる。
そして仕事もプライベートも充実するよう、自分なりのペースで過ごした。
眠りにつきかけていたから少し眠いが、何かあったのかも?と電話に出た。
俺「もしもし」
「…」
俺「どうした?こんな時間に。」
弱々しい声でハルが答えた。
俺「ハルか?どうした?何かあったか?」
一瞬で目が覚めた。嫌な予感がする。
ハル「パパ…たすけて…シクシク。たすけて…シクシク」
ガシャーンッ
電話越しに何かが壊れる音がした。
俺「ハル?どうした?何かあったか?」
ハル「パパ…パパ…シクシク」
ハルは明らかに混乱していた。
俺の問いに答えず、ただパパと連呼している。
俺は急いで服を着て家を飛び出した。
タクシーに乗り込みサリナのマンションへと急ぐ。
いまいち状況がつかめないが、不安が募る。
ハルは大丈夫か?サリナは?ただただ早く着いてくれと願う。
ようやくサリナの住むマンションに着くと、俺は何ども呼び出しを押した。
俺「俺だ。サリナとハルは?」
ジュン「何時だと思ってるんです?非常識ですよ。二人はもう寝てます。帰って下さい。」
俺「ふざけんな。ハルから電話があったんだ。とりあえず会わせてくれ。」
途中で電源を切られた。
その隙にマンションに入り急いで17Fへと向かう。
玄関の呼び出しを何度も押した。ドアをこれでもかってくらい叩いた。
俺「サリナ?ハル?」
何度も名前を叫ぶ。近所迷惑もいいとこだが、俺の心境はそれどころじゃない。
ジュン「うるさいな。いい加減にしろ。警察呼ぶぞ。」
ジュンが玄関を開け、俺を睨みつけた。
俺はジュンを払いのけ中に入った。
ジュン「おい。勝手に入るな。不法侵入だぞ。」
ジュンが俺の肩を力強く掴む。
その手を振り払い中へと急ぐ。
サリナは台所でしゃがみこんでいた。
俺「どうした?大丈夫か?」
サリナ「俺くん…どうして…?」
下を向くサリナの肩を持つ。
ビクッと体を反応させ、小刻みに震えるサリナ。
顔を上げたサリナの顔は、少し腫れ鼻血がでていた。
サリナ「…」
顔を背けるサリナ。俺はサリナを置いて子供部屋に入った。
真っ暗な中、部屋の隅で膝を抱えて丸くなっているハルを見つけた。
俺「ハル?ハル?」
俺はハルに歩み寄った。
ハル「パパ…パパ…うえーん」
鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにして俺に抱きついてきた。顔や腕にひっかき傷が。
少し血が出ている。パニックになって自分で引っ掻いたんだ。そして少し震えている。
ジュンが暴れたんだろう。
ハルの怯え方は尋常じゃなかった。
俺「大丈夫か?もう安心していいぞ。パパが来たから」
頭に血が昇るのが分かった。
ハルは俺との約束を守ったんだ。やりきれない気持ちと怒りがこみ上げてくる。
俺はハルを抱きかかえサリナの元に戻った。
俺「サリナ。大丈夫か?」
サリナは震えながら、ゆっくり頷く。優しく俺からハルを受け取ると泣き出した。
サリナ「ハルごめんね…恐かったね…恐い想いさせてごめんね…」
ジュンが片手にゴルフクラブを握り、俺に近づき胸ぐらを掴んできた。
酒臭い。
大分酒が入ってるようだ。
俺はジュンの腕を掴み服から手を外した。
そう言って俺に殴りかかってきた。
上からゴルフクラブが落ちてくる。俺はそれを頭で受けて踏ん張った。
反射的に俺の手が出てしまった。そのまま拳を顔面に強く打ち付けた。
後退りし後ろに尻餅をつくジュン。
鈍い感触。歯が折れたのかダラダラと口と鼻から血を出す。
ジュン「いってー。てめーふざけんな。訴えるぞ。」
怒りが頂点になり、俺はジュンに馬乗りになった。俺の頭からは血が垂れてきてる。
ジュン「その阿婆擦れが悪いんだ。」
俺「黙れ」
俺はジュンを殴ろうとした。でも熱が冷めてしまったように握り締めていた拳を下げた。
意外に冷静だったんだと思う。
ハルにこんな姿見せちゃいけないと思った。それにもう人を傷つけないって決めてたんだ。
暴力で何も解決しないことは、十分に分かっていたから。
俺「行こう。」
サリナは泣きながら黙って頷く。
荷物をまとめてハルとサリナを俺の家に連れ帰った。
帰り際、ジュンが色々言っていたけど殆ど聞いていない。
俺「落ち着くまで俺の家にいればいいよ。」
俺はサリナに救急箱を渡す。
サリナ「ごめんね…心配かけて…あのね…」
俺「二人とも無事でよかった。ゆっくり休んで。落ち着いたら話してくれればいいから。」
サリナ「ごめん。俺君に迷惑かけて…」
俺「何言ってんの?全然迷惑なんかじゃないから。」
ハルがね…わたしを庇ってくれたんだ…」
俺「うん…そっか…ちょっと出かけるから。ゆっくり休めよ」
サリナ「うん…本当にありがと…」
そう言って俺は家を出た。
涙が溢れ出す。
サリナやハルがこんな想いしたのは、俺の責任だ。俺が全て悪い。
俺がもっとしっかりしていれば、サリナもハルも傷つかなくて済んだんだ。
俺が二人を手放さなければ。。。
後悔しても今更遅い。分かってる。それでも自分が嫌いで仕方い。
腹立たしい。ジュンがじゃない。俺自身にだ。
ハルはあの日は何もなかったかのように元気だ。
俺とサリナ、三人でいるのが嬉しかったのかもしれない。
サリナもそれっきりあの話しを口にしないが、いつものように元気に振る舞ってる。
俺もその話題には一切触れないようにしていた。
ジュンは何度か俺のいない合間に家に来ては、サリナに寄りを戻したいと懇願してたらしい。
3人で買い物に行ったり、ご飯を作ったり。
散歩をする時はまるで家族のような感覚になれた。俺はそれがなにより嬉しかった。
このまま三人でずっといれればいいなんて、簡単に考えてしまう。
でもサリナはそうじゃないって言うのは分かってる。
だから俺は、それももう終わりなんだと毎晩自分に言い聞かせるようにしていた。
ハルが寝静まった時間に、
サリナ「俺くん。ちょっといいかな?」
俺「うん。どうした?」
サリナ「今後のことなんだけど…」
やっぱりずっと3人でなんてありえないんだ。ずっと考えてた。
俺はサリナのしたいようにすればいいと思ってる。そのためのサポートはするつもりだ。
それに勝手ばっかりしてきたの本当に謝りたい。ごめんなさい」
サリナは正座しながら深く頭を下げた。
俺「何畏まってんだよ。俺がハルやサリナのために何かするのは当たり前だろ」
サリナ「わたし出て行くね。」
その目は真剣そのものだった。
俺「う、うん。ジュンと寄り戻すのか?」
サリナ「違うよ。もう戻らない。まだ好きだけど…」
サリナ「ハルともう一度二人でやり直したいの…」
俺「…」
サリナ「ハルにとって俺君は大事なパパだって分かってるよ。
でもね、ハルともう一度頑張って生きて行こうって思ってるの…」
俺「…だめなのか………」
3人で生きていくじゃだめなのか?って言いたかった。
でも言葉がうまく出ない。
続き
サリナ「えっ?」
俺「いや、何もない。そっかwうん。分かった」
俺は何納得してんだ。
俺「あっ、そうだ」
俺はタンスの引き出しから通帳を出して、サリナに差し出した。
サリナ「これは?」
俺「ずっと貯めてたんだ。ハルのために家ん買おうと思ってたんだけどなw
でも、どうやら俺には必要ないみたいだからw ハルのために使ってやってほしい」
サリナ「受けとれないよ…」
俺「いいから。お金がなきゃ生活も出来ないだろ?」
サリナ「優しくしないでよ…」
泣き出すサリナ。
サリナ「そんなに優しくしないで…俺君に甘えちゃう…」
俺「いや、甘えていんだよ。他人じゃないだろ?」
サリナ「いやなの…俺君の優しさに甘えるわたしがいや…だから出ていくの…」
それ以上俺は何も言えなかった。サリナが決めたことなんだ。
俺は陰ながら、サリナとハルを応援出来ればいい。
そう思ってた。
押すとこだろうに。
サリナは介護職に復帰し、いよいよ引っ越しとなった。
距離は一駅程だったので、いつでも会いに行けると言うことで少し安心してる。
ハルは泣いてぐずってたけど、好きな時に会えると言うことで我慢してもらった。
我慢ばかり可哀想なんだけどな。
ようやく引っ越しも終わり、サリナとハルとはお別れだ。
俺「うん。全然いいよ。また何かあればいつでも言って」
サリナ「うん」
ハル「パパー。まいにちおでんわするねw」
ハルには携帯を持たせた。俺にいつでも電話出来るようにだ。
きっと心配で俺ばっかり電話するんだろうけど。
ハル「パパーまたあしたねー」
俺「明日は無理だよw お休みになったらなw」
ハル「はいw」
俺「ハルのこと頼んだよ」
サリナ「うん…俺くん…?」
サリナが少し切ない表情を見せる。
サリナ「ううん。何でもないw あのね…幸せなんて本当にあるのかな…?」
また切ない表情をするサリナ。
俺「ん?うん…」
サリナ「頑張ってれば…神様は幸せにしてくれるかな…?」
すごく心に響くものを感じた。俺は何も答えることが出来ず二人と別れた。
サリナのその時の表情と言葉を今も忘れることはない。
何か物足りないモノを感じつつ。
佐々木先生「最近全然連絡くれないですね。どうしてるんですか?」
佐々木先生からの電話だ。
久しぶりに話しがしたいと言われ、居酒屋で会うことになった。
名前で俺のことを呼ぶ佐々木先生。居酒屋に入って一時間。すでに出来上がってるようだ。
俺「放置ってw 佐々木先生はまだ20代なんだし、もっと若い男相手にしなよ。勿体無い。」
俺はジョッキのビールを飲み干す。
今日は久しぶりの酒で俺も気分がいい。
俺「佐々木先生はいい人いないんすか?可愛いしモテるでしょ?」
佐々木先生「ぜっんっぜっんいません。むしろ出会ってもしょうもない男ばっかりw」
佐々木先生「いやです。今日はもっと飲みたいんです。付き合ってくださいねw」
俺「明日仕事でしょ?そろそろ帰りましょう」
佐々木先生「じゃあ愛(佐々木先生の名前)って呼んで下さい。
呼んでくれたら大人しく帰りますw」
俺「……」
佐々木先生「はいだめーw 帰れませんw」
大分酔ってる。
明日は仕事も早いしもう切り上げたい所だ。
俺「寄り戻すってw あっちはまだ前の男が好きなんですよ。
寄り戻すとか、そう言う次元じゃないですよ。」
佐々木先生「俺さんは元奥さんのこと好きじゃないんですか?」
お酒のせいで呂律が回っていない。
そう言えば考えたことなかったな。サリナのことが好きかどうか。
好きか嫌いかって聞かれたら好きなんだろうけど。
愛とか恋とかそんなんじゃない。
そう思ってた。
俺「愛とかはないですから。多分家族や友人みたいな、親近感はあるんだとは思う。」
本当にそうなのだろうか。
俺自身そんなことを深く考えたことがない。
うまく表現出来ないんだ。
さっき聞いた話しなら、きっと元奥さんも俺さんに気がありますよw」
俺「サリナが?」
ふと考えてはみたが、ありえない。
佐々木先生「女の勘ですwイヒッw」
俺「勘ってw 佐々木先生飲みすぎ。そろそろ出ましょう。俺家まで送ってくんで」
ふらふらの佐々木先生。
家が近いと言うことなので仕方なくおぶって送ることにした。
俺「しっかり佐々木先生。」
いつの間にか俺の背中で寝ている。
まあ住所は聞いてるし、家に着くまで寝かせておくか。
背中の佐々木先生を揺すった。
佐々木先生「もうちょっとだけ。このままお願いします」
俺「起きてたんすか?いつから?」
佐々木先生「途中からです。少しうち寄って行きませんか?」
そう言って部屋に上がらせてもらった。久しぶりの女性の部屋。何だか緊張する。
冷蔵庫から缶ビールを取り出し俺に渡して、ちょこんと俺の隣に座った。
俺は微妙に距離を離す。
佐々木先生「どうして離れるんですか?」
俺「いや、あの…」
あたふたする俺。
佐々木先生「俺さんって本当に鈍感ですね」
佐々木先生が顔を近づけてきた。
まじまじと俺の顔を見つめる。
俺「あの、先生酔いすぎ」
佐々木先生「もう酔ってません。
いい加減私の気持ちに気づいてくれてもいいじゃないですか!」
佐々木先生が俺に覆い被さる。
俺「いや、あの…」
変な汗が出てくる。
佐々木先生「好きなんです。。。女性からこんなこと言わせないで下さいよ。。。」
気付かなかった。だってハルの先生だった人だぞ。
佐々木先生の唇が俺の唇に触れた。
柔らかい。。。
アルコールと女の甘い匂い。心拍数が上がる。
俺は我慢できず佐々木先生を押し倒した。
興奮が高まり理性が吹き飛んだ。佐々木先生の胸を服の上から触る。柔らかい。
異性とここまで密着するのは。ハルを一人で育て始めてからだから、ずっとなかった。
俺も男なんだと今更ながらに思い出す。
佐々木先生「んっ…」
佐々木先生が声を漏らす。
俺はスカートに手を入れ生脚を弄った。
このまま。このまま身を委ねよう。
佐々木先生とならいい。佐々木先生となら幸せになれるかもしれないな。。。
頭の中でサリナの顔が浮かぶ。そうあの時の切ない表情だ。
俺はふと我に返る。すぐに手を止め佐々木先生から離れた。
佐々木先生「どうしたんですか?」
俺「すいません。俺、、、俺出来ません。本当すいません。」
立ち上がり帰りますと言って、佐々木先生宅を急いで飛び出した。
何やってんだ俺は。。。最低だ。佐々木先生に失礼なことしてしまった。
それにサリナの顔が頭から離れない。
急に胸が締め付けられる。俺は走って家に帰った。
ずぶ濡れになり、そのまま空の浴槽に入る。その空間が好きだった。
まだ胸が締め付けられて苦しかった。そしてとめどなく涙が溢れた。
俺はサリナが好きなんだ。気付かないうちに、またサリナに惹かれていたんだ。
ようやくそれに気づいた自分がそこにいた。
本当はずっと好きだったのかもしれない。
それをただ否定して気付かないふりをしていただけなのかもしれない。
サリナの笑顔。
サリナの悲しい顔。
あの切ない顔も。
サリナで頭がいっぱいになった。サリナのことを考えると胸が締め付けられる。
今ならこの気持ちは本物だと分かる。
これが愛なんだと理解した。ハルに対してとはまた別の感情。
悲しくて嬉しくて愛おしい。いろんな感情が入り混じる。
せっかく終わると言っていたのに申し訳ない。
後朝まで付き合ってくれてる人本当にありがとう。
ちゃんと待ってるから最後まで頼むぞ
申し訳ない…
佐々木先生とはこれからどうなるのか
寝てないから気をつけろよー
おれ「おっ死亡フラグか?」
はるくん家から逃走
おれ「おっ死亡フラグか?」
ジュン君DV
おれ「おっ死亡フラグか?」
まだかよ…
結果知ってたらそうなるわな
だから荒らした奴許せねぇ
そしてハルの笑顔が頭に浮かぶ。
ハルにはいつも我慢ばかりさせてた。
辛い想いも。寂しい想いも。とても可哀想なことをしてきた。
聞き分けが良い分尚更。
子供は親を選べない。正にその通りだ。
子供がそんな気持ちになっていいわけがない。
親なら、精一杯の愛情を子供に注いであげなきゃいけない。
一番近くで成長を手伝ってあげなきゃだめなんだ。
親の都合で子供が犠牲になるなんて、絶対にあってはいけない。
後悔と反省の念が何度もおしよせた。
ハルの笑顔。サリナの笑顔。俺が守ってやりたい。
心からそう思った。
サリナに会いたい。今すぐ。
その一心で、俺はサリナの家へと向かった。逸る気持ちを抑えることが出来ない。
雨に濡れながら頭を冷やす。着いた頃にはもう夜が明けていた。
サリナの部屋の前に立ち、呼び出しを押した。
妙に静かで、自分の心臓の音だけがバクバクと聞こえる。
サリナが驚いた表情で俺を見た。
俺「サリナ…」
サリナを見つめた。
俺の気持ちは固まってる。強い決意でサリナに会いにきたんだ。
サリナ「どうしたの?こんな朝早くに。それにびしょびしょ。」
言わなきゃ。ちゃんと言わなきゃ。
あの日公園で再会した日。
ハルを引き取りたいと言われた日。
ジュンの家から連れ出してサリナとハルが出ていった日。
ずっと。ずっと言えなかった。
だからちゃんと伝えよう。遅くてもいいんだ。自分の気持ちを伝えよう。
俺「サリナ…好きだ。だから…俺のそばにいてほしい…」
動揺してるのか少し瞳が潤んでる。
俺「ずっと思ってた。ハルのために3人で暮らすべきだって。。
でも、違うんだよ。今はサリナとハルのために3人で暮らしたい。」
サリナは黙って頷いた。
神様が幸せにしてくれるかな?って」
サリナの瞳には大粒の涙が溜まっていた。
俺「あの時の答え。今ならちゃんと言える。俺が幸せにする。サリナもハルも。
だから…だから…俺のそばにいてくれ…本当にもう後悔したくない…」
サリナの瞳から、涙がつーっと流れた。
答えがどうであろうと。
サリナは泣きながら口を抑え、頷きながら俺の言葉を聞いていた。
俺「サリナとハルが笑顔になれるように、精一杯努力する。」
俺も感情が高ぶりすぎて涙が出てくる。
サリナ「甘えていいのかな…本当に…」
俺「ずっと沢山傷つけてきた。本当にごめん。
でもサリナとハルのためなら変われる。だからやり直そ…」
サリナ「……」
サリナは黙って、俺の胸に頭をうずめてきた。俺は肩に手を添える。
今まで自分の気持ちを言葉にするのが苦手だったんだ。
たがらこそ、俺の真剣さがサリナに伝わったのかもしれない。
俺こそありがとうだ。。。
サリナ自身、まだジュンへの気持ちは断ち切れてなかった。
それでも、もう一度家族になりたいと想う気持ちは俺と同じだったんだ。
その夜、サリナがハルを連れて家にやってきた。
ハルは少し不安な表情だ。急に俺の家に連れてこられたんだ。無理もない。
ハル「パパなにかあったの?」
俺「ハルパパの膝に座ってくれるかな?」
ハルが俺の膝にちょこんと座る。
ちょっと前まであんなに小さかったのにな。本当に大きくなった。
ハル「はい。。。でもぼくわがままいわないよ」
俺「今はワガママ言っていいんだよ。」
ハル「あの…いっしょにすみたい…」
ハルの表情が少し曇る。
サリナ「ハル。パパとママと3人一緒に暮らそw」
サリナがハルに笑いかける。
ハル「ほんとう…?」
ハルが澄んだ瞳で俺を見つめた。
俺「うん」
俺は笑顔で返事した。
ハル「パパと…ママと…ぼく…いっしょ?」
サリナ「そうだよw ずっと一緒w」
サリナがハルの手を取った。
ハルが大声で泣き叫んだ。
すごく満たされた気持ちになる。サリナも俺も自然と笑顔が零れる。
随分遠回りをした。
ようやく3人、家族の絆が芽生えた瞬間だった。
休みの日は、ずっと3人でできなかったことをやろうって決めたんだ。
失った時間を取り戻すかのように、色んなとこに思い出作りに行った。
釣りに行ったり、旅行に行ったり。
祭や花火大会。サリナの希望でディズニーランドにも行った。
ハルは少し落ち着きなかったけど、途中からはしゃいで本当に可愛かったな。
俺「パパな。ママにプロポーズしようと思うんだw ハルも応援してくれる?」
ハル「はいw」
記念公園に遊びに行った。
3人一緒だとはいえ、俺とサリナはまだまだぎこちない感じだった。
サリナ「天気いいねw すごく気持ちいいなw」
まわりには沢山家族連れがいて賑やかだ。
サリナの横顔を見つめる。
サリナ「どうしたの?恥ずかしいからそんなに見ないでw」
俺「あっ、わりい…」
こっちが照れてしまい言い出しにくい。
ハルが見かねて俺の右手を握り、サリナの左手を握った。そして2人の手を重ねる。
ハル「おててにぎって」
俺はサリナの手を握った。サリナも握り返してきた。
ハルはサリナからお金をもらうと、少し離れた自販に走っていった。
ハルなりに気をきかしてくれてるんだろう。
俺「サリナ?もう一度結婚してくれないかな?」
俺はポケットから指輪を出した。
必ず返事するから。その時になったらこの指輪つけるねw」
その答えだけで十分だった。
初めて家族の温もりを知った。家族一緒に笑って過ごすことの幸せを知った。
ずっと3人でこの幸せを分かち合えればいいな。
そう願った。
その願いもむなしく、とうとうその日はやってきた。
ハル「ママー。あっちゃんちにあそびにいってくるねw」
夏が名残惜しい涼やかな朝。秋の独特の香りが何だか寂しさを誘う。
サリナ「うん。じゃあママが送ってあげるからね。支度するから少し待って」
この前買ってあげた自転車。ハルはどこに行くのにも乗りたがる。
俺「あっちゃん家ならすぐそこだし大丈夫だよな?ハル。
ハルももうお兄ちゃんだもんなw」
ハル「はいw」
サリナ「本当に?じゃあハル。絶対道路に飛び出しちゃ駄目よ。
ちゃんと夕方までには帰るのよ」
ハル「はいw」
俺「はいw」
誕生日にハルが俺にプレゼントしてくれた絵。
毎朝これを見るのが日課になってる。俺とサリナとハルが手を繋いでる絵。
良く描けてるんだ。俺は親バカだよ。自慢の息子だ。
俺「ハル絶対に信号は止まること。知らない人にも着いてっちゃ駄目だぞ」
俺はハルに念をおす。
ハル「はいw」
ハルがピンと垂直に手を上げた。
俺「えらいえらいw」
俺はハルの頭を撫でた。
が今年の地域の運動会の親子リレーで、俺と走るのをハルはすごく楽しみにしてるんだ。
俺「分かったよ。約束な」
ハル「うんやきそくな。パパーバイバーイ」
誰に似たんだろうか?最近少し生意気になった。それでも可愛いから罪だ。
俺はハルと家の前で別れた。ハルは笑顔で俺に手を振って自転車を漕ぎ始めた。
これが最後に見たハルの笑顔だった。
休憩にまたかけるか。そう思いマナーに切り替えた。
すぐにまた着信。いつの間にかサリナからの着信が10件。しかも一分おきにだ。
俺はすぐかけ直す。
サリナ「ハルが…ハルが…」
泣いて震えるサリナの声。
俺は頭が真っ白になった。
心臓が今にも止まりそうな感覚。急いで病院に向かう。
まわりの声も音も何も聞こえない。ただ自分の心臓の音だけが激しく鼓動する。
病院に着くと、サリナと両親が先に来ていた。
サリナが俺に気づくなり、泣きながらしがみついてきた。
顔には擦り傷があったけど、穏やかな表情だったのを覚えている。
俺はただ眠ってるだけなんだよな。そう思って、何度もハルを揺さぶった。
俺「うそだよな?ハル。起きろ。
なぁ…起きてくれ…なぁ…帰ったらリレーの練習するって…約束しただろ…」
ハルはそのまま目を覚ますことはなかった。
だからずっとなかったんだよ。道路に飛び出すことなんて。
ハルは脇道に自転車を止めて、道路に投棄してあった黒いゴミ袋を拾いに行ったそうだ。
それが犬か猫だかと勘違いしたのかもしれない。
ただのゴミだと分かってて拾いに行ったのかもしれない。
それはもう誰にも分からないことだ。
安心しきっていた俺が一番いけなかったんだ。
俺は泣いた。病院の廊下に座り込みずっと泣き叫んでたのを覚えてる。
一人で痛かっただろうな。
一人で苦しかっただろうな。
一人で寂しかっただろうな。
ハルごめんな。本当にごめんな。
サリナもずっと辛そうだったけど、
サリナを思いやることも出来ないくらい、俺の心はからっぽで何もする気がおこらなかった。
俺はサリナに実家に帰るように言った。最低だな。でも独りになりたかったんだ。
サリナは週に一回は家にやってきた。
ただ掃除して洗濯をして俺のご飯を準備して帰っていくだけ。
何度もしにたいと思った。生きてても意味がない。ハルは俺の全てだった。
それがない今、何のために生きてるのか分からなかった。
病院には何度か運ばれたけど、しぬことは叶わなかった。
相変わらずサリナは俺の家に通っている。
サリナ「ねぇ、今日は何か食べたいものある?」
俺「別に…」
サリナ「また朝からお酒呑んでるの?」
俺「ほっといてくれ…」
サリナ「ねぇ…俺君いつまでそうしてるの?」
俺「ほっといてくれって言ってるだろ。何でおまえは普通でいられるんだよ?ハルは…」
こんなことサリナに言うなんてどうかしてる。俺は言葉を止めた。
本気で死のうとしてないからだよ
ハルが帰ってくるの…?わたし俺君のこんな姿見てるの辛いの…」
サリナが俺の背中に抱きつく。
俺「ほっといてくれ。もうほっといてくれ…」
そんなこと分かってる。
それでもまだ、ハルがいないことを受け入れられなかった。
時間が解決してくれる。なんて慰めいったい誰が言ったんだろうな。
俺はあの日のままずっと時間が止まってる。
きっともう立ち直ることなんて出来ない。そう思った。
家の柱には、ハルの成長を記した線がある。今はどれくらい成長したかな?
ボードにはハルが笑顔で映る写真。
ハルの大事にしていた、バスや仮面ライダーのおもちゃ。
それに俺に描いてくれた絵。ハルのランドセルに教材。
あの日のまま。
ハルがいつ戻ってきてもいいように、そのままにしていた。
ハルとの思い出が沢山詰まったこの部屋だけが俺の唯一の居場所なんだ。
目を瞑るとあの日の思い出が蘇ってくる。
ハル「ぱっぱ」
初めてパパって言ってくれた。
ハルの声が聞こえるような気がした。
楽しそうに走り回るハルの姿が、うっすらと残像のように浮かび上がる。
何で俺じゃなくハルなんだよ。なんで。
これからもっと楽しいことや嬉しいことがあったんだ。
ハルは誰よりも優しくて誰よりも思いやりがあったんだ。
なのに何でハルが。。。
これからの成長を楽しみにしてた。それをどうして奪うんだ。。。
俺はあの日と同じ、公園の滑り台の下でうずくまって泣いた。
俺は行く宛もなくただただ街をさ迷い歩いた。
ゲームセンターの前を通りかかった時に、足を止めた。
派手な格好をした高校生くらいのヤンキー2人が、中学生を殴ったりして脅してる。
まわりの人間は見て見ぬふりをしているようだった。
俺はそれを見かねて口を挟んだ。
ヤA「はぁテメー何?」
ヤB「しゃしゃり出てくんなオッサンw」
ヤンキーが中学生に蹴りを入れた。
お腹を抑えて座り込む中学生。
俺はヤンキーを突き飛ばした。
ヤB「おい、やんのかオッサン」
ヤA「ぶっ殺すぞ」
ヤンキーの一人がナイフを出して俺を威嚇する。
俺「恐くねーよ。かかってこいクソガキ」
ヤA「ヒローのつもりかおっさんw」
ヤンキーが俺に近づいた。
俺はその痛みの部分を見た。服が真っ赤に染まり始めた。
どうやら刺されたみたいだ。大量に血が出てるのが分かる。
恐怖心なんてものは微塵もなかった。むしろやっと楽になれるんだ。
これでハルのところに行ける。
そう思った。
俺はその場に座り込む。強い痛みの後に吐き気がやってきた。
目眩もする。だんだんと視界が暗くなっていくのが分かった。気を失ったんだ。
俺の左手を誰かが握っているようだ。
俺「サ…サリナ…」
サリナは俺が目を覚ましたのに気づくなり、泣きながら話しかけてきた。
サリナ「心配したよ…バカ…むちゃしないでよ…」
そうだ。刺されたんだ。
俺「なんだ…しねなかったのか…」
前進の力が抜けていく。
俺「……」
サリナ「俺君…わたしを一人にしないでよ…ねぇ…勝手に置いてかないで…
俺君までいなくなったらわたし本当に無理だよ…お願い…お願いします…」
サリナが泣きながら俺の手を両手で握った。
サリナがプロポーズした時に渡した、指輪をしているのに気づく。
サリナ「何でって…俺君がもう一度結婚しよって言ってくれたでしょ…
わたし…ずっとつけて待ってるんだよ…」
俺は自分のバカさ加減にようやく気づく。
俺「ごめん…本当にごめん…」
涙が溢れ出た。
サリナ「あたりまえでしょ…ハルは優しい子だって、一番俺君が知ってるじゃない…」
簡単にしねなかった。
ハルがまだこっちに来るなって言ってくれてるのかもしれない。
俺に残されたもの。それはサリナを大切にすることなんだ。
建設会社の社長に佐々木先生、ヒロシおじさんの家族まで。
俺は沢山の人に支えられて生きてるんだと気づいた。
そして沢山の人達のおかげで、俺はまた自分を取り戻すことが出来た。
ハルの出逢いが俺を成長させてくれた。
ただ純粋に泣いたり笑ったり、怒ったりって、それが出来ることがどれだけ幸せかを学んだ。
ハルの笑顔を思い出して、自分に言い聞かせるんだ。
天国にいるハルに笑われないように。恥ずかしい生き方は絶対しないって。
沢山ハルから学び経験させてもらった。
それを無駄にする生き方をしないように生きていきたい。
今も目を閉じると、あのハルの懐かしい温もりを感じる。
それは俺の中で、ハルがちゃんと存在してる証拠なんだ。
ジュン君とクソホスト忘れてるぞ
今年6月サリナと再婚した。勿論式も挙げた。
一軒家も購入したし、庭にはブランコを着けるつもりだ。
サリナは短大に通ってる。保育士になるために。
俺はと言うと、相変わらずかな。
前にも書いたけど、休みの日は障害者や親のいない子のために
ボランティア活動に参加して支援したり。
施設なんかの増築とか修復とか無償でしたりして、色々忙しくやってる。
本当に自分の道を選択するって言うのは難しいと思ったよ。それでもいいんだ。
何度も何度も間違って、いつか正解に辿り着けばいい。
そう思ってる。
人は変われるんだ。俺も変われたんだから。
親、兄弟、子供に友人。
色々な人とたくさんの出逢いのおかげなんだって今は思う。
何より息子に出逢えたこと。一生の宝物。
今は本当に産まれてきてくれてありがとうって言いたい。
誰かのために役にたてる人間になれたらいいなって、いつも強く願ってる。
身近な人だけじゃなくて、これから出逢う沢山の人達を笑顔に出来たらなって思う。
ハルを通じて一緒に生きた9年間。本当に色々あった。
ここで書いた沢山の辛いこと以上に、沢山楽しいこともあった。
それでも俺にとっての忘れられない大切な思い出は、
ハルと乗り越えてきた辛い思い出なんだって思ってる。
ずっと見てくれてた人本当に感謝です。
これ一応嫁も読んでくれてて、温かいレスしてくれてる人も沢山いて
すごく励みになりました。
最後まで付き合ってくれた方々本当にありがとう。
長い間、ありがとう!
悲しい結末だけれど、主が最後前向きになってくれて良かった。
なんか色々考えさせられました。
ありがとう。
そして再婚おめでとう。