長くなりますが、聞いてください。
私の亡き夫の家族は、父・母・姉・夫の4人家族で
そこに私が結婚して完全同居となりました。
夫は義家族では
お金を持ってきてなんでもわがままを聞いてくれる便利なヤツ、という立場でした。
義家族の運転手(午前1時とか土日に、突然○○へ送ってとか迎えに来いとか)
義家族のお財布(毎月10万円を入れて、外食するときは夫が払い、小遣いチョーダイとむしられる)
義家族の小間使い(あれ買ってきて、ここ直して・・・)
そんな立場の夫の妻ですから、私も最初から義家族の運転手・お財布・家政婦に。
「俺は長男だから、家族に頼られてるんだ」と。
結婚してなんか変だと思ったのですが
「頼られてるんだ」と言い聞かせ、自分をごまかしていました。
ごまかしきれなくなったのは子供が産まれてから。
正社員として働いているけど、家事は全部私の仕事でした。
子供が産まれて、会社から帰ってきたら
まずは子供と触れ合いたいのに、家事をしなきゃいけない。
着替えるまもなく食事の支度なんかしてるときに
専業主婦のトメは子供を抱っこしながらTVを見て
「おなかすいたね〜。ご飯まだかな。お母さんは仕事が遅いですね〜」
なんて子供に話しかけてました。
我が子を抱けるのは、お乳をあげるときと、オムツをかえるときぐらい。
「いくらなんでもこれは変だ!おかしい!」と、現実と向き合い始めたんです。
でも夫に言っても判ってくれませんでした。
「母が子供の面倒を見てくれるから安心して働けるんだろう。
感謝こそすれ文句を言うなんておかしい」と言われました。
そんなときに2chを知り、このスレを読むようになりました。
そして「やっぱりこの家はおかしい!」と確信を持ち「戦おう!」と決意!
まずは夫をジワジワと教育していこうと思いました。
(続きます)
義実家は中心から離れたちょっと不便なところにあります。
子供が1歳のとき、夫はもっと便利なところに家を建てようと決めました。
義実家から車で30分ぐらい。
学校も近く、大学病院も近い、新興開発地だから若い夫婦が多く、子供の数も多いところ。
夫は当然のように新しい家に義実家+私たちで住むつもりでいたようです。
ウトメコトメも当然そう考えてました。
義家族は「自分のものは自分のもの。夫のものは家族全員のもの」という考えなので。
夫にあの手この手で「新しい家には夫と私と子供の3人で住みたい」と訴え続けましたが
全然理解してくれませんでした・・・。
そんなとき義家族から
「(お金は1銭もださないが)新しい家の名義を夫・ウト・コトメの3人にして欲しい。
ウトを入れるのは税金対策(誰のじゃ!)、
コトメを入れるのは将来何かがあったときのために(何でじゃ!)」
ここで夫はさすがに「え?」と思ったようです。
でも小さいときから「自分のものは家族のもの」と
育てられた夫は「うん」と言いそうになりました。
そのときの会話です。
私「そうなんだ〜。
ウトさんは自分のゴルフセット、トメさんは自分のアクセサリー、
コトメさんは自分のブランド物のバッグやアクセサリーやTVゲーム(夫のものだった)や
ステレオ(夫のものだった)やパソコン(夫のもの・・・)や
DVDプレーヤー(夫の・・・)やその他いっぱい(夫・・・)があるのに、
あなたには何一つ自分の物がないんだね〜」
夫「・・・・。しょうがないじゃないか。
俺は長男なんだから。家族を支えてるんだから」
私「へぇ〜。世の中の長男って皆そうなの?
友達の温泉旅館の跡取り君は?(ものすごい好き放題にやってる)
会社の跡取り君は?(とっても好き放題に・・・)
県会議員の息子君は?(まぁまぁ好き・・・)」
夫「あれ・・・」
(ここでやっと同じ長男の友達との差がすごいあることに気がついたよう)
(続きます)
私「違うよ。私と子供は、あなたの家族全員のものだよ。
私自分のことをする時間は毎日30分もないよ?
ほかの時間は、全部ウトメトコメのためにつかってるもの。
子供だって、私たちが子供と3人だけの時間を過ごすときなんてないじゃない。
ウトメが寝てから、子供の寝顔がみれるだけじゃない。」
夫「・・・・」
改めて話し合い、家の名義は夫1人。
とりあえず新しい家には夫・私・子供の3人でまず住むという事になりました。
義家族に言ったときは、ものすごい騒ぎになりましたけど。
そして家がもうすぐ完成しそうな晩秋。
夜はかなり冷え込み、雨も降っていました。
コトメに午前2時ごろに起こされ、
「昨日が返却日のレンタルビデオがあったから
店が開く前に返却ボックスに返しておいて」とレンタルビデオを渡されました。
夫がめんどくさいから今から返しに行くと言いました。
危ないから明日の朝にしてと頼んだのですが
寝過ごすと悪いからと、車ででかけていきました。
雨がみぞれ交じりに変わり、スリップした対向車にぶつけられ夫はこの世をさりました。
その後1ケ月ぐらいの記憶はあまりありません。
(続きます)
夫の49日が済んだ後、私と子供だけ夫が建てた家に引っ越すことに。
義家族からいろいろ言われましたが「夫の最後の意思ですから」と言って、
家族だけで!引越しをしました。
その後義家族は何かとこの家に入ってこようとしました。
少しでも譲歩したらなし崩しに居座られそうで入れまいと阻止!
後は何かと呼びつけられました。
コトメ「ちょっとあそこの店に行きたいの。歩くと遠いから車だして」
確かに歩くと20分ぐらいかかりますね。
そのために私に往復1時間かけてそちらに行けと?
私「いやです」
ウト「会社の飲み会なんだよ。迎えに来てくれ。部下もいるからみんな送ってあげて」
夜中に子供連れて酔っ払いを送れと?
前にやったとき結局3時間ぐらいかかりましたよね。
今日は平日で明日も会社ですよ。
私「むりです」
コトメ「お母さんが検査入院するの!大変でしょう。家のことする人誰もいなくなっちゃう。
嫁子ちゃんこっちにしばらく泊まってくれない?」
はぁぁぁぁあ?
私「・・・」無言で電話を切りました。
(続きます)
私「何時に行けばいいですか?」(お客のつもり)
トメ「準備もあるから早いほうがいいんじゃない?」
私「じゃあ11時ごろお伺いしますね」(少しぐらいお手伝いしなきゃね)
11時少し前に義実家に着くと
トメが「孫子ちゃん、よく来たわね〜」と子供ににっこにこの挨拶。
私に「はい」と紙切れを渡し、
「これ美味しそうと思ったお雛様のご馳走のレシピよ。
友達の本をわざわざコピーしたの!今日作ってね。
材料一覧のほうはコピー忘れたんだけど、作り方見れば必要な材料はわかるでしょ?」
子供ににっこり笑って
「じゃあ、ママが買い物に行ってご馳走作ってる間、
おばあちゃんと遊びましょうね〜」とぬかしやがった。
あぁ、そうですか。誘っておいて何にもしないんですか。
有休まで取ったお雛様を子供とゆっくりすごす時間もくれないんですか。
私「実は突然姉が遊びにきたんです。一緒にお雛様を祝おうと言ってくれて。
ご馳走つくってくれるそうなんです!(全部ウソ)
なのでこちらには顔見せにきただけなんですよ。じゃぁ!」と言って
子供奪って即効帰ってきました。
(続きます)
そして今日義家族から呼び出しが。
態度が悪い、こっちをないがしろにするな、親をなんだと思ってるんだ等々言われました。
そして最後に
「頭を下げて謝るなら今回だけは水に流してやる。
そろそろそっちの家に引っ越すし、心を入れ替えてがんばりなさい。」
私ニッコリ笑って
「先週末、市役所に姻戚関係終了届けを提出してきました。」
義家族「は?」
私「私と義実家はもう関係がないという届出です。
もうこちらとはご縁がないということなんですよ」
義実家「なにを言ってる!孫はうちの子供だ」
私「えぇ、ウトメさんの孫ですし、コトメさんの姪だということは変わりません。」
義実家「そうだろう。関係がないなんて何言ってるんだ」
私「私個人とこちらの関係はもうないんです。
子供が成人したときに
自分の意思で義実家の皆さんと一緒に住みたいというならかまいません。
ですが!今は私が子供の責任者です!
私がこちらと関係ないと決めたのですから、一緒に住むなんてありえないんです!!」
義実家「あsdfghjkl;:」
あー、すっとした。
最初は子供の祖父母とりあげるなんて・・・と躊躇してましたが、
あんなの害になるだけと切ることにしました。
あいつらに「息子が亡くなったことが悲しい。なによりも生活が不便だ。
あの子のかわりを嫁子よろしく」と言われたことが決定的でした。
夫はいったいなんだったんでしょうね。
全国の嫁子さん!
絶縁めざして皆がんばれ!
3年もかかったけど私は絶縁できました。
まとめてたらこんな時間になってしまいました。
みなさん、お休みなさい。
かける言葉もないけどほんとうにお疲れ様でした。
あなたとこどもさんのこれからに幸多かれと心よりお祈りいたします。
姻戚を解消しただけでごく当たり前の事のような。
いや、うちの旦那と似てるよ。どんなに利用されまくっても「長男だからしょうがない」
今やっとこ呪縛から逃れかけてるけど。
親兄弟に食い殺されてしまいそうだったよ。