優しくあやすって言うよりもぎゅっと抱きしめる感じだった
不思議なことに娘は泣き止みしばらくすると寝てしまった
うちの母ちゃんも家に来てくれた
夜になると「あんたも一人で思いたい事もあるでしょう」と娘を実家に連れて行った
一人になって部屋の中を見渡した時、急に涙が出てきた
こらえようとしても止まらなかった
情けないぐらいわんわん泣いた
嫁さんにもう二度と会えない、あの笑顔をもう見れない
大変なのはわかっていたが、嫁さんの忘れ形見をちゃんと育てようと改めて決意した
嫁さんのお母さんも、わかってくれた
保育園に預けるくらいならうちで面倒見るといってくれた両親に甘えた形だった
治る見込みは充分にあったが、長期の入院、その後も再入院が必要でとても娘を見ていられる状況ではなくなった
今度こそ保育園しかないかと思った時、幼馴染みから電話があった
お母さん大変なんでしょう、うちで娘ちゃんと日中遊んであげるよ、私実家だし在宅の仕事多いからと
有難い話だがいくら何でも悪いと思って何度か断った
でも、うちのお母さんも手伝いたいって言ってるから気にしないでたよんなさいよと言ってくれたのでお世話になることにした
4歳で幼稚園に短時間でも行くようなると迎えもやってくれた
甘えすぎだとは思ったが本当に助かった
休日ぐらいは父親らしい事してやろうととにかく娘と一緒にいることにしていた、女の子っぽいところに行く時には幼馴染みも付いてきてくれた
最初は娘のこともあるし行く気が無かったのだが、どこからか聞きつけた幼馴染みの母ちゃんにたまには飲んできなさいと言われたこともあり出席することにした
なんか変な空気だったけど、その雰囲気をぶち壊すかのように幼馴染みが酔っ払った
周りに絡みまくる絡みまくる
俺もバンバン叩かれまくった
そのうち幼馴染みは酔いつぶれた
ちょっと酔ってる様子だった
泥酔して寝に入ってる幼馴染みを見ながら彼が語る
「俺が幼馴染みちゃんに振られたこと覚えてるだろ?」
「おう、覚えてるよ」
「あの時は悔しくて言えなかったんだけど、彼女に好きな男がいるって言われたんだよ」
「多分それお前だよ」
「まさか、あの頃は殆ど喋らなかったんだぞ」
「いいや、あれは絶対にお前だ」
なにをわけわからないことをと考えていると彼はまた続けた
「この子お前がいないと飲み会誘ってもこないしよ、ごめんな変な話しちゃったかな」
飲み会が終わり、泥酔した幼馴染みをおぶりながら幼馴染みの親友と三人での帰り道
親友ちゃんも酔っ払っていたのかいつもより少し饒舌だった
話す内容といえば、中学の頃の話、幼馴染みの話、俺の子供の話ぐらいだったけど
親友ちゃんとの分かれ道、ふと彼女は立ち止まると俺を見て呟いた
「この子不器用なんだよ、わかってると思うけど」
「今は無理かもしれないけど、いつかしっかりと見てあげてね」
不器用だけど優しいやつなのはわかってた
娘も見てくれるようになり、幼馴染みの家に娘が行くのはたまのお泊まりとかのみになった
いつもなら泣き止む手を使ってもなかなか泣き止まない、どうしようかと頭を抱えていた時、幼馴染みからの電話がなった
「娘ちゃん、大丈夫?ちゃんと寝れた?」
「これがずっと泣いちゃって、アンパンマンのDVDも効果なしだよ」
「そっか、私明日休みだし今から行こうか」
「流石に悪いしいいよ」
「いいって、とりあえずすぐ行くね」
三年ちょっとくらい
なんとも複雑なことに幼馴染みがやってきた途端、娘は泣き止んだ
それからすぐに疲れたのかしばらくすると寝てしまった
それを見て早速帰ろうとする幼馴染みになんだか悪い気持ちになって、寝顔見ながら一杯飲んでけよ最高のつまみだぞなんて言って引き止めた、幼馴染みも一杯だけねなんて言って付き合ってくれた
「そうか、確かに最高のつまみだわ」
「いつもありがとな、助けてくれて」
「良いよ、私娘ちゃん大好きだし食べちゃいたいくらいだし」
いつも通りの軽口の叩き合いだった
でも、俺のひょんな一言で幼馴染みの雰囲気が変わった
「…そうだね」
「どした?」
「懐いてるってさ、なんか他人行儀だよね」
「いや、そんなつもりじゃ」
「親に懐くとか言わないじゃん」
「自信過剰かもしれないけど娘ちゃんも私のこと好きではいてくれてると思う」
「でもさ、やっぱりふと思うのよ」
「私はこの子のママじゃない、ママにはなれないんだって」
俺はそんな彼女に何も声をかけることもできず、部屋の中は静まり返っていた
「わけわかんないよね、ごめん」
そういうと彼女は逃げるように家を出て行った
実家に戻りリビングに入ると親父と母ちゃんが真剣な表情で座っていた
一緒にいた娘はすぐに母ちゃんが別の部屋に連れて行った
「なんだよいきなりどうしたんだよ?」
「お前、幼馴染みちゃんのことどう思ってるんだ?」
「どうって、本当に感謝してるよ」
「付き合ってるのか?」
「まさか、付き合ってないよ」
「そうか、なら結婚する気もないって事だな」
あまりにいきなりすぎて何が何やら訳がわからなかった
「馬鹿野郎」
自慢じゃないが、生まれて初めて親父になぐられた瞬間だった
幼馴染みが泣いたあの日、どうやら親父はたまたま日課のウォーキング中にうちの前を通り、さらにうちから泣きながら出て来る幼馴染みを見たらしかった
「わかってるよ」
「わかってない、お前は何にもわかってない」
「じゃあ親父は何がわかってるんだよ!」
真昼間、酒が入ったわけでもないのに大の大人が大声張りあげ合う
「向き合え!娘のためにも嫁ちゃんのためにも、幼馴染みちゃんのためにも、男だろ!」
なぐられた痛みなんか一瞬だった、本当のパンチはこの言葉だった
この前変な雰囲気で帰ったお詫びだとビール数本とおつまみを持って
娘は幼馴染みが来たことでテンション最高潮、アンパンマンのチョコレートを貰って興奮の坩堝だった
娘が眠り、幼馴染みと二人での晩酌の時間になった時親父の言葉が頭の中に浮かんだ
「なぁ」
「ん、なに?」
「変なこと言うけどさ」
「もしこの子のママになってくれないかって言ったら」
「うん」
「お前なんて答える」
「それは…無理な話かな」
「娘ちゃんのママは嫁ちゃんだけなんだよ」
「だから私には無理だ」
「私にはできない」
「おう、そうか…変なこと言って悪いな」
「酔ってんじゃないのおじさん、らしくないぞ?」
この会話から、幼馴染みと少しの間距離ができた
お互いに気まずさを持っていたんだろうけど、1日2日では修復できなかった、それでも半月もたつと以前と同じような間柄には戻れていた