しかし母方の親戚は世間体をものすごく重視するので、母と私は親族から絶縁された
母の親族は皆子どもたちを迷わず私立の学校に入れるくらいには裕福らしく、私の従兄弟たちは皆、お嬢様やお坊っちゃんばかり
生活保護ギリギリの私はかなりバカにされながら育った
貧しい私達が住む団地は訳有の人がそれなりにいて、全12世帯が入ってるんだけど、知的障害者の人たちがやけに多かった
そのうち知的障害の子供三人抱えた老夫婦のところの長男(40過ぎ)がかなり色キチ
私は1人で大丈夫だと言いはったんだけど、母の従兄弟だったか、独身男性の家に預けられることとなった
母の親戚だけあって、その男性の家は屋敷と言えるほどの大きさだった
男性は母より10歳は上で、寡黙で、私も元々寡黙だったから会話はほぼ無し、挨拶だけの毎日
私が食事の度に手を合わせていただきます、ごちそうさま、と言うと、無言で頷いていたのをよく覚えている
通いの家政婦さんとの方が100倍くらい話してたと思う
私は朝6時に家を出て、帰るのが20時過ぎ、寝るのが23時、土曜日も学校があったので、預け先でゆっくりできたのは日曜日だけ
それでも日曜日は宿題やテスト勉強に忙しく、与えられた部屋にこもっているか、気分転換にテラスで延々と英語のCDを聞いて発音や構文を詰め込んでた
退院の日が近づいた時、男性が変なことを聞いてきた
「この家の中にあるもので何でも一つ与えると言ったら何が欲しい」
なんかそんなことを言われた
断ろうと思ったけど、何か断り難い、硬い空気で、わたしはおずおずと、辞書を探すために入った書庫で見つけた一冊の絵本をあげた
海外の絵本で何が書いてあるのかわからなかったけど、絵が綺麗で一目惚れしたものだった
油絵で描かれていて、夜景が描かれた絵の青と紺の色合いが鮮やかで、絵本のあるところだけ違う世界が広がっているようだった
そんなことを辿々しく説明していると、男性がその本を私に差し出した
だけど私の家は本当にボロくて、そんなきれいな絵本を持って帰っても、傷めてしまうと思った
それに書庫の雰囲気はその絵本の魅力を引き立たせていると感じた
だからそれも伝えて辞退した
その時男性と色々と話したんだけど、私は本が好きだけど、本は高いから買えないこと
小・中と学校に図書室がなく、図書館も遠くて、2週間に1回くる移動図書が楽しみだったこと
高校には図書室があるけど、勉強が忙しくてあまり読めないこと
アルバイトで好きな作家の本を買ったけど、家に本の置き場所が無いこと
いつか父の作った借金を返し終え、引っ越すことができたなら、小さな書庫を持って、そこに好きな本を少しずつ貯めていきたいことを話した
それが私の目下の生きる意味で目的だとも
日記を見返すまで忘れてたほどの遠い記憶
そんな会話をしてから15年、男性が遺書で私にあの屋敷と本を残すとの遺言を残して逝ってしまわれた
母方の親族とは一切交流がなかったが、やいのやいのと騒いでくる
だけど現実味がなくて、なんだか夢を見てるみたいで、今でもフワフワしてる
屋敷を見に行ったけど、中はもう殆ど空っぽで、書庫だけが当時のままだった
男性は私が好きだと言った絵本のページを開いて書庫の机に置いて眺めていたらしく、ライトのせいか、そのページだけ、記憶より少し色あせていた
男性が逝ってしまわれたことも全然実感がわかないけど、あの書庫と屋敷があなたのものだと言われたのはもっと現実味がない
ひとまず専門家を挟まないと何がなんだかわからないので、今はあえて考えないようにしている
たった2週間と少しお世話になった男性が、なぜ私に残そうと思ったのか
可能ならば男性にもう一度会ってじっくり話したかった
金や家が欲しいじゃなくて本を本当に好いて語る姿を思い出してがめつい輩に好き勝手されるくらいなら、あの子にあげて夢を叶えてあげよう。みたいな
活きた資産の使い方をしてくれそうな人にこそ残したい、と思うもの
ただ他の親族がキチ化したら怖いから、その話を持ってきてくれた人に相談してみるといいかも