定職にはもちろん就かず、バイトしながら食いつなぐ。
M君が意図していたかはわからないけど
そんな彼を見限って、知人夫婦の方から養子縁組を断ってきた。
子どものころに預けられてから、約20年。
M君は、これでようやく精神的にも家に帰ることができた。
その後、きちんと就職し、再び家族と暮らし始めたM君。
O君は、「やはり養子話がネックだったんだなー」と思っていたそうだ。
が、間もなくO君はM君から、引っ越しを手伝ってくれと頼まれる。
自立するのは年齢的になんの不思議もないので、O君も軽く了承した。
でもO君は、M君宅から引き上げるときのご両親の言葉で、なんとなく悟ったそうだ。
「私たちはお前を心配してたんじゃない、心配してやってたんだ」
「それなのに、この役立たず」
M君はすいませんでした、と一言残しただけだったそうだ。
その話も曖昧だったりで、よく理解してなかったんだけどさ。
だけど両親のあの言葉聞いた瞬間、
なんつーかまあ……さぞ孤独だろうな、ってね。
家族に話しかけるの、あいつは常に敬語だったしなあ」
なんだか、じわっと喉の奥が痛くなった。
「あいつは、もうこの家にいるのは無理だと感じて絶縁を決意したらしい。
あんなもん見た後じゃ、俺はその決断に賛成だったし
あいつもこれで踏ん切りがついていいだろうなと思ってた。
でも、そうじゃないんだよなあ。
あいつにとって自分の存在価値は、いつまでたっても
大人の都合どおりの”いい子”であることなんだ。
だから、両親や知人の望みどおりにならなかった自分は、
家族にとっての裏切り者で、存在価値ナシなんだとさ」
「それ、本人が言ったの…?」
「うん。普段口が重いぶん、酔うと気前よくしゃべるんだよ、あいつ」
「なんだ、わりと簡単な構造してるんだ…」
「ただ、具体的にどんなことをされたかは話そうとしないから
暴力があったのかとか、そこらへんは俺も知らない。
精神的なネグレクトは、確実にあっただろうけど」
彼の貧しい生活は、どうやらそこからきているようだった。
だったら、あとは彼のレッテルを「存在価値アリ」に張り替えればいいだけだ。
それが難しいことには、私には思えなかった。
だけど。
「そんな上手くいけばね…」
O君は、あんまり明るくない声で言った。
「そりゃ時間はかかるかもだけど…
でもちょっとずつでも、自信を取り戻していければいいんじゃないかな。
M君にはO君みたいないい友達もいるわけだし!
及ばすながら、私もいるけどさw」
「でも本当はMさん、自分に存在価値ナシとは思ってないですからねー」
それまで黙ってO君の話を聞いていたSさんが、また唐突になんか言い出した。
存在価値を見出してるはずですよ。
本当に自分に存在価値がないと思ってたら、人はなかなか生きていけませんから」
「え…どういうことですか…?」
「Mさんは、子どものころから親に半ば捨てられていて、ずーっと
“お前に存在価値はないよ”
というメッセージを受け続けてきたわけです。
言い換えれば、Mさんにとっては
自分には存在価値がないんだと認識することだけが
親と共有できる唯一のものであり、接点でもあったわけです。
要は、親にとっての”いらない子”であり続けることだけが
彼にとっては”自分の両親の子”であり続ける、唯一の方法なんです。
だからそのレッテルを無理に剥がしたりしたら、絶対に駄目だと思います」
M君は、自分から親に見切りをつけたわけだし、
もうそういうこだわりがなくなったから、縁を切ったんじゃ…」
「子どもはみんな、無条件に自分を認めて受け入れてくれる、
親という後ろ盾があるからこそ、安心して社会へ出て行けるんです。
親から認めてもらえなかった子どもは、いつまでも親を卒業できないまま
親に認めてもらうためだけの人生を送ることになります。
人生は、ステージをすっ飛ばしてクリアすることはできないんです。
今でもMさんは、親から認めてもらうことだけを生きる目的にしてると思いますよ」
M君がどんな生活をしていようと、両親はもう、M君のことを見ていないんですよ?」
「でもMさん、自分から絶縁することで、親の望みを叶えてあげてますよね。
いらない子である自分を親元から排除したし、なおかつ、
自ら家を出ることで、世間体を気にする両親の名誉も守った」
「えっ、そんな………こと、しますかね……??
それは単なる偶然というか…」
こじつけでは?という言葉が、喉まで出かかっていた。
「私がMさんのこと言い切っちゃマズイでしょうけど、
少なくとも私はしました、そんなことを。
父の暴力に耐えている母に、自分も暴力を受けることで認めてもらおうとしてたんです。
殴られた跡をさりげなく母に見せたり、いろいろしました。
思ったような反応はありませんでしたけど」
「そんな…」
親に認めてもらおう!なんて意識しながらやってるわけじゃない。
私の場合、カウンセリングでそういう構造がわかってなんとか離脱しましたけど
自覚がなければ、そこから離脱することはまずできないと思います。
だって自分の無意識が、好きこのんでやってることですから。
表面的には、どうして私ばっかりこんな目に遭うの?って思ってたんです。
それなのに、別れられないんですよねー。
やっぱり好きだから別れられない、なんて思ってましたけど。
でもほんとは違って、私にとってカレは
親に認めてもらうための道具でしかなかったんです。
親に認めてもらう前に、道具を手放すわけにいかなかったんですよねー。
一方的に私ばかり殴られて、はたから見れば被害者です。
でも、私はそうやってカレを利用して、むしろカレに私を殴らせていたんです。
カレが改心なんかして、殴ってくれなくなったら困るんです。
だから、絶対に反省や更生のチャンスなんて与えずに、ただ耐える。
カレはカレで、私を殴ることで何かしら得ていたんでしょうね。
共依存とはそういう関係です。
お互いを、自分が生きるための道具としか見ていない人間関係です」
私、このときSさんにちょっとイラっとしてました。
どうしてこの人は自分の話ばっかりするんだろう。
私に知識をひけらかしたいの?
M君と重ねて、自分に同情でもしてほしいの?
だとしたら、とんだお門違いだ。
私はM君の話をしにきたんだから。
そんな気持ちが態度に出てたと思う。
このときの私は、たぶんものすごい感じ悪かった。
それはM君と、どう関係するんでしょうか?」
「Mさんが私と同じように、親から認めてもらいたいと思っているなら
それが無意識であればあるほど、彼は人を道具にし続けるだろうなってことです。
現実の行動として、彼は絶縁までしてますし
表面上は、自分は親から完全に自立したと思っているでしょうね」
「それは………M君が共依存だってことですか?
私はそうは思いませんし、もし無意識がそうであっても、
そんなに問題にすることでもないように思えるんですけど。
別にそれで困ったことが起きてるわけでも、何でもないですし」
「喪子さん、矛盾している」
Sさんにバシッと言われた。
「Mさんについて困ったことが起きてるから、今日はうちに来たんですよね?」
「そ、そうですけど…」
私はその話をしに来たんだけど、その話がしたいわけじゃない。
話だけなら、Sさんの話はまるで池上彰のように、丁寧でわかりやすかった。
それなのに、なんとも言葉にできないモヤモヤに支配されて
Sさんに対するイライラばかりが募っていく。
「私はM君の生い立ちとかが知りたかっただけで…
その確認がとれたから、別にそれでいいかなって。
誰かにM君の評価をしてほしいわけじゃない…。
それは、私自身がM君と付き合って見極めることだと思うから」
「生い立ちの確認とれればいいってことは
Mさんがネグレクトされてたのがわかってよかったー、ってことですか?」
「何ですかそれ!?そんなんじゃないですよ!!」
「じゃあ、何です?」
何です?と問われて、たじろいだ。
だって自分でも一瞬、「じゃあ何なんだ?」ってなったから。
これからはM君を支えてあげられるかな、って」
「どうして喪子さんがMさんを支えてあげなきゃならないんですか?
Mさん、これまで喪子さんいなくても、やってこれてるじゃないですか」
「でも!M君の生活がおかしいから、心配なんですよ!」
「その生活を好きこのんで送ってるのは、他ならぬMさんですよね。
彼はもういい大人で、親から強制されてるわけでもないんですよ?」
「O君の話でわかりました、M君は普通の生活を知らないんです。
だからちょっとお節介だけど、私がフォローしてあげれば
そのうち、ちゃんとした生活に戻れるかもしれないし…」
「ちゃんとした生活って、誰にとってちゃんとした生活なんですか?
喪子さんにとって、ですか?」
「違いますよ!一般的にってことで!」
もし彼に、今の生活を改善する気がないなら、喪子さんがやろうとしていることは
知人夫婦や両親がMさんにやった”押し付け”と一緒じゃないですか?」
「はい…!?」
たたみかけてくるSさんに、どんどん混乱していく。
自分で何が言いたいのか、何がしたいのか、頭の中が白くなる。
「私は、別に、そうじゃなくて…
……M君がもっと、自分を大事にしてくれればいいなって思ってるんです。
確かにそれは、私が勝手に望んでることです。
でも、付き合ってるのに心配もしちゃいけないの?
私は男の人とのお付き合いは、確かに初めてだけど…
相手のためを思って行動することは、そんなに責められることなんでしょうか?
生活能力が低い彼氏の世話を焼いてあげたいって思うのは
彼女として、そんなにおかしい行動ですか?」
「全然おかしくないです。当たり前のことだと思います」
「………じゃあなんで!」
私の不穏な空気を察したのか、O君が口を挟んだ。
「あのさ、Mの友達としてではなくて、喪子の友達として言わせて」
「………なに?」
「あのー、余計なお世話かもわからんのだけど……
Mはちょっと、癖があるっつーか……女癖悪いんだよ」
ものすごく言いにくそうにするO君。
考えてみれば、このときのO君は、私とM君の間に立たされて、
ついでに私とSさんの間にも立たされて、
わりと可哀想なクッション役を果たしてくれていた。
「ああ…知ってるよ。
告白したとき、M君が自分から話してくれた」
「え、そうなの?」
私は、最初から知ってて、M君と付き合うことを選んだんだよ。
だからそのことについては問題だと思ってない」
「でもさすがに9人は……心配にならない?」
「ん?9人って何?」
その瞬間、O君が盛大に「あー、やべえ」って顔になった。
「えっ、それってもしかして……M君が付き合った人数…?」
「うん…高校卒業してからの…
あ、でもこの二年は、資格の勉強してたから…」
えーっと、てことは………
10年間で、9人………………
正直、かなりイタイ話だと思う
一年で別れて、ほぼ取っ替え引っ替えしてたってこと!?
え、それは、同時進行とかもあったりするんですか!?」
「それは大丈夫。二股はないらしい」
「そっかー、よかったー……とはならないからね!??」
「酔って口が軽くなったときの話だから、盛ってるかもしれないけど…
でも、うん、なんか……ごめん」
「いえいえ、滅相もありませんけども…。
ごめん、だって私、せいぜい3、4人かと思ってたから…」
そりゃー過去の恋愛話を聞き出そうとすると、口ごもるわけだわ…
「とにかくあいつ、その全員と同じような別れ方してるんだよ」
一年たつと、急に憎悪が湧いてこっぴどく振る。
3、4人なら相性の問題かもだけど、9人かあ…
でも私は、正直に話してくれたM君を信じるよ。
人に話したのは私が初めてらしいし、これから治していこうとしてるM君を信じる」
「んー…でも逆言えば、
本人が治したいと思ってるのに、これまで治せてないってことだからな。
あのさ、落ち着いて、よーく考えてみろよ。
自力で治せるとしたら、9人と同じこと、繰り返すと思うか?」
「…それは、でも…………
付き合ってみなけりゃわからないよ」
「あのさ、ちょっとキツいこと言うぞ。
喪子がいくらあいつを信じたところで、あいつが治るわけじゃねえと思うよ」
でも、そんな私になんかお構いなしに、O君は続けた。
「喪子、今日は何しにうちに来た?
別に肩持つわけじゃないけど、どうしてそんなにSの言葉に噛み付くんだ?
ほしかったのは、Mは虐待されてたっていう、同情できる情報だけか?」
「……………え。なにそれ、違うよ」
なぜか自分の声が、遠くの方に聞こえた。
「じゃあ聞くけどさ。
おまえ、Mの何がよくて付き合ってるんだよ?」
「だって、一緒にいて楽しいし…
M君は、優しいし、かっこいいし、面白いし…
私、本当にM君のこと、大好きなんだよ」
でも、あいつはこれまで女を自分都合で一年更新してきたような地雷男だぞ?
しかも、それを正直に明かしたってことは
同じことをおまえにやるぞって宣言してるのと一緒だぞ?」
「違うよ!そんな宣言したって、M君にはなんのメリットもないじゃん!」
「あるよ。
一年後に別れるときに、俺の欠点は正直に話してある。
それでも付き合うって決めたのはお前の方だ。
って、責任を全部喪子にかぶせることができるじゃねーか」
「そんなわけないじゃん!
なんでO君まで信じてあげないんだ、友達でしょ!?」
「あいつ、自分のことをなんも自覚しようとしないんだぞ?
親からネグレクトされたのは、全部自分が悪いと思ってるんだぞ?
そうやって親を庇い続けて、こっちがなに言っても耳素通りしちまうんだぞ?
あいつはずっと、自分を蔑ろにした親の味方だけしてきてるんだよ。
そんなやつの、何をどう信じるって言うんだよ?」
私、ただM君のことが好きなだけなんだよ…」
「それって、Sが暴力男を好きだと思ってたのと、何が違うんだよ?」
今度は、ガンっ!と頭を殴られたような気がした。
一瞬、本当にO君から殴られたかと思うようなめまいがした。
ぼーっとしてると、Sさんが私の顔を覗き込みながら
「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。
そのSさんの目を見ているうちに、やっと気づいた。
Sさんはずっと、自分やM君の話をしてたわけじゃないんだ。
Sさんは最初から、私の共依存の可能性を指摘していたんだ。
私はそれを受け入れたくなくて、あんなにイライラしてたんだ。
私が共依存?
そんな馬鹿な!!
だけど私は、さっきのO君の問いかけで、はっきりと気づいてしまった。
そうなんだ。
私がほしかったのは、M君が虐待されてたっていう情報だけ。
私がO君から聞きたかったのは、「あいつはおかしい」っていうお墨付きだけ。
だって、そのお墨付きがあれば、私は大手を振ってM君の世話が焼ける。
そうやってM君の世話を焼いてる限り、私はずっとM君のそばにいられる。
ずっとM君のそばにいるために、M君は、ずっと私を心配させてくれてなきゃ困る。
つまり私は、口ではいろいろ言いながら
M君の生活を改善しようなんて、
M君に変わってほしいなんて、
本当は、これっぽっちも思ってはいなかったんだ…
私は自分の女としての尊厳を保つために、M君が必要だったんだ。
ああ……みじめだな。
彼氏いない暦=年齢なんて、冗談めかして公言しながら
本当は私、こんなにも自分のことを、みじめに感じていたんだ。
M君の生い立ちまで利用してでも、自分の中の”女”を守りたかったんだ。
そんなことをしなけりゃ、女としての自分を保つこともできないなんて……
これはもう、M君がどうとかいう問題じゃあない。
私自身がこんな気持ちじゃ、彼と付き合うことなんてできやしない。
そう思った瞬間、寂しくて寂しくて、涙がボロボロこぼれてきた。
Sさんが「泣いちゃえ、泣いちゃえ」と、背中をさすってくれた。
「そうですか、うん、うん」
「だけどぉ……別れなくないんですぅ」
「うん、うん、わかります」
「私ぃ、どうしたらいいんでしょうかぁ」
「そんなこと、私は知りませんよ」
ぐはっ!
優しい顔をしたSさんから、心を突き飛ばされた。
「…………そりゃそーっすよねぇぇぇぇ」
「はい。そこは喪子さんの好きにしてください。
て言うか、喪子さんの好きにしていいんです」
「でももう、自分がどうしたいのか、わからなくなっちゃってぇぇぇ」
「あのね、”わからない”のは、頭で考えちゃってるからです。
いま大事なのは、頭で考えた理屈よりも、心で感じる気持ちじゃないですか?
気持ちを感じるだけなら、いつだってできるはずですよ?」
「はい」
「私の気持ちはぁぁぁ」
「うん」
「………別れたくなんかないです。
例え共依存と言われても、やっぱりM君が好きです。
今の私にわかるのは、それだけみたいです…」
「だったら別に、別れる必要ないんじゃないですか?」
「でも、こんな浅ましい気持ちでM君と付き合っても…
絶対にいい方向へなんて行きっこないです…」
「大丈夫ですよ、そんなの。
実は男女の関係って、大抵が共依存なしには始まらないそうですよ?
だとしたら、共依存がなかったら、人類絶滅ですよ。
別に特別なものじゃないんです、誰の中にも多少はあるものなんです。
そうと自覚してるかどうかだけで、その後の関係は変わるもんですよ」
「んー。喪子さんだけ頑張っても、どーにもならないでしょうねえ」
「………ですよねぇぇぇぇぇ」
「Mさんは、カウンセリングやセラピーでも受けるのがいいんでしょうけど」
「けど?」
「ああいうの、自発的に受けないと効果ないですしねえ」
「ああああぁぁぁ」
「なんでしょうか」
「Mさんとお付き合いするのに、どうして喪子さんだけが頑張るんですか?」
「えっ?それは………」
「別にいーんじゃないですか?特に頑張らなくても」
「えっ?………いーんでしょうか???」
「うん。頑張れって、誰が言ったんですか?」
「誰がって…………あっ!?」
「はい?」
「…………言ってるのは、私だけですね」
「ですねー」
「そうか………別にいいんだ、頑張らなくても」
Sさんは、すごかった。
話していると、自分の脳みその表面に凝り固まっている
思い込みだの偏見だのが、ガンガン剥がれ落ちていくみたいだった。
そうなの!?
Mさんが何人も彼女作ってきたのだって、たぶんそう。
Mさんは、人間関係の基礎となる親子関係が
彼一人だけ見捨てられることで成り立っていました。
だから彼には、人間関係とは相手から見捨てられて一人ぼっちでいることだ、
という観念が植えつけられているんだと思います。
でもずっと見捨てられ続けた彼は、もう人から見捨てられることには耐えられない。
自分が見捨てられないために一番いい方法は
見捨てられる前に、自分から相手を見捨ててしまえばいい。
それがMさんの一年タイマーの正体だと思います」
“自分は見捨てられなかった”という事実だけが、彼に安心感を与えているんでしょう。
そしてそうやって別れた結果、親に教え込まれた人間関係である
「一人ぼっちでいる」という状態を維持することもできるわけです。
相手に別れる気があるかないかは、彼にとって問題ではないんです。
自分の中の、”見捨てられたらどうしよう”という不安に突き動かされて、
“教えられたとおり、自分は一人でいるよ”と見てもいない親に証明してるだけ。
それは言ってしまえば、Mさん一人の思い込みによる妄想です。
彼は、自分が作り出した妄想に縛られて、一人で悩んでいるんです」
圧倒的に、自分自身なことが多いんです。
だけどそうやって自分で自分を束縛しないと、生きられない人生もあるんです。
大げさに聞こえるでしょうけど、それが生きる術になってしまう人もいるんです。
Mさんにとっては、自分を存在価値ナシというレッテルで束縛することが
きっとその環境を一人ぼっちで生き抜くための術だったんでしょう。
だから、Mさんのレッテルを無理矢理剥がして変化を迫るのは
彼に死ねと言ってるのと同じになる可能性があるんです。
だって彼は、いまだに自ら一人ぼっちになって生きていこうとしてるわけですから。
お二人には酷でしょうけど、Mさんは、誰かと仲良くはなれても
共に生きることはできない人なんですよ。
自分の妄想の世界の中で、目の前にいもしない親に忠誠誓って生きてるんです。
だけど、それこそが、お二人が大好きなMさんなんです。
人が人を変えることはできません。
自分しか、自分を変えられる人はいないんです。
できるのは、相手の存在をそのまんま認めることです。
付き従うでも、巻き込まれるでもなくて。
私は、そうやって相手を尊重しあうのが、愛なんじゃないかなって」
共依存やアダルトチルドレンのことを夢中で調べまくった。
何度も書いてるので口説いようですが、私はM君の優しさが好きなんです。
だけどいろいろ調べるうちに、そんな彼の優しさも
もしかしたら生い立ちに影響を受けてるのかも?とわかってきた。
M君の優しさは、例えば記念日に高価なプレゼントをくれるような
目立ったアピール性のあるものじゃあない。
むしろそういうのには無頓着なほう。
だけど、ちょっと疲れてたり落ち込んでたりを、
こっちが何も言わないのに気づいて、あったかい飲み物を差し出してくれるような
そういうほっとするような優しさが、彼にはあるんだ。
でもそんなのも、ものすご~くイヤな言い方すれば
子どものころから大人に気を遣ってきたせいで、
人の顔色を伺ってご機嫌をとるのが上手い、ということになっちゃう。
でもでも、やっぱりそれは彼の長所の一つだし、私には大きな魅力だ。
何に影響を受けてのことであっても、それだけは否定できない。
そんなふうに見ていくと、何が正しいのか間違ってるのか、
さっぱりわからなくなってしまった。
Sさんが言った、相手の存在をそのまんま認めるって
案外難しいんだな…とぼんやり感じた。
でも、それでやっと気づいた。
どの本にもどのサイトにも、私とM君は出てこないんだ。
やっぱり私は、M君と向き合うことでしか
私たちの関係を理解することはできないんだ…。
ハラスメントを受ける可能性がある、ということだった。
でも、最初のうちは保っていた緊張感も
日々の付き合いの中で、だんだんと薄れていった。
私たちは相変わらず、ゲラゲラ笑いながら楽しく過ごすことができていたんだ。
O君宅でのことは、一切話さずにいた。
どう話せばいいのかわからなかったし、何よりも、
話すことで今の関係が崩れてしまうのが怖かったんだ。