親父
お袋
長男俺
次男
三男
四男
の六人家族
三男と次男は親戚に引き取られた
金だけの男だった俺の親父が連帯保証人でかなりの借金持ちになる
正直三男と四男は4歳と5歳の時に引き取られたから
今は何をしてるか知らん
連絡もとってない
出来た時代だった
親父の連帯保証人にお袋が入る形で、何百万も借金してたらしい
この借金が無ければ会社は倒産させずに済んだらしい
お袋はまず逃げた
俺も他の兄弟もみんなおいて逃げた
けど、すぐに戻ってきた
その時付き合ってた彼氏に逃げられたらしかった
地道にサラリーマンをしている間
わざと怪我を繰り返してた
火傷とか、打撲とかを繰り返してた
ガキの俺らは、純粋にお母さんを心配してた
日記と、それから毎日誰かと電話をしていた
そしてある日から、食事の並んだ食卓をひっくり返すようになった
俺らが食ってる途中に、いきなりひっくり返す
弟達はその度に泣いてた
俺は、お袋も疲れてるんだな、と思ってた
次第に俺らも慣れていって、お袋がテーブルをひっくり返したら
そそくさと逃げてゲームしてた
俺がそのひっくり返したテーブルとか散らばった食器とか
片づけてたら、氏ぬ程キレられた
あと、カーテンもびりびりにやぶってくしゃくしゃにしてた
なんか納豆とか食べ物のカスとかもカーテンで拭いてた
親父はその時、酔っ払って寝てた時だった
その時、母親は近所の人に泣きながら
「違うんです!!大丈夫ですから!!」と叫んでた
俺らガキだったから単純にお袋が
間違って割ったのを誤魔化しているんだと思った
時間に、窓ガラスを何度も割った
親父は、「もー、次から気を付けろよ」で済ましてた
お袋に甘かった
そしてそれを何度か繰り返したあと、
お袋は親父にこんな事を言うようになった
「あんたってホント、チビでハゲてきたよね
――さんところは医者でお金持ちなのに」
と。
俺らはガキだったのとこのころには
お袋がキチって分かってきた頃だから
また何か言ってるよ、で済ましていた
とうとうお袋は親父にこんな事をいった
「あんたってアタシと喧嘩しても負けるでしょ」
「ほら、悔しかったらアタシと喧嘩して見せなさいよ!!」
「ほらー、出来ない(笑)」
「**くん(弟)、見て見て、お父さん情けないねー」
「女のアタシもナグれないなんてね」
飯食う時に毎日毎日そう言うのを辞めなかった
そしてとうとう、親父がキレて食卓をひっくり返した
お袋だけが
「ほら!!テーブルにしか当たれない!!」
「そんなに悔しかったらナグれば?」
「うわー。吠えるだけしか出来ないの?」
俺は、この時もガキでバカだったから、
親父は本当に喧嘩出来ないのか?と心配して
弟達を連れて寝室に逃げた
親父はとうとうお袋をナグった
そして、もうお前なんかうんざりだ!!と言って
母親の大漁の洋服をゴミ袋に詰めてしまった
それを外に出してるのを、近所の人に見られていた
「アタシに何かあったら、子供達が心配だからすぐ警察を呼んで」
と頼んでいたらしかった
パトカーはすぐきた
俺らは訳の分からないまま、警察の人に
「怖かったね。もう大丈夫だよ」
と言われた
俺ら兄弟全員、いったんそこに入ったんだけど
三男と四男は親戚に引き取られた
毎日毎日、児童相談所の人と良く分からない先生とかいう人をまじえて
話をしていた
親父に何された
とか
親父にどんな風にナグられた
とか
身に覚えのない俺らは、「いやナグられてないです」
しか言えなかった
そしたら、その度に
「もうお父さんここに来ないから本当のこといっていいんだよ」
と言われた
訳がわからなかった
子供いっぱいで、楽しかった
そして半年ぐらいして、俺と弟を引き取りに母親が来た
これは20年後に知った話だが
親父は傷害罪成立して刑務所に入ったと聞いた
本当かどうか知らん
今もうどこにいるかも知らない
でも傷害罪は本当だと思う
弟警察官になれなかったから
俺らは訳が分からなかったけど、普通に親戚の子供達と一緒に
飯食って学校行ってた
そしたら、ある日から親戚のおっさん達からシカトされるようになった
俺らは何か悪い事したかなと毎日不安になってた
これも後になって知ったけど
お袋は親権を手放さずに、俺らを無言で親戚にの家に置いて行ってたらしかった
生活保護だった
子供が手元に居なくても、
親権さえあれば母子手当と生活保護が
受けられるような時代らしかった
「お金は?」「あんた達を育てるにもお金が必要なんだよ」
と言われてた
今思えばすごく優しい言葉にして言ってくれてたんだけど
小学生の俺らにはどうしようもできない事で泣きながら
「ごめんなさい」と言っていた
母親がこの家に来た
俺らはやっと迎えに来てくれたんだ!!ってすごく喜んだ
だけど、母親は泣きながら嬉し過ぎてゲロ吐いてる弟を
見て、弟置いて、俺だけつれて行った
しばらく普通に生活してた
俺は何度も何度もお袋に「弟達を迎えに行こう」と言った
そのたびにお袋は「アタシも何度も会わせてって言ってるのに
向こうが会わせてくれないの」って泣いてた
俺も一緒に泣いてた
そしてやっぱり単純だったから、親戚たちはなんて悪い奴らなんだと
思い込むようになった
お袋は病気で体が動かせないと言って
毎日寝てた
掃除も洗濯も飯もやった
飯は作れなかったからいつもコンビニで買ってたけど
俺に質問があると言って
「お母さんいつも何してるの?」
って言うから
「病気で寝てます」
と答えてた
お袋が、毎日どこかに電話するようになった
お袋が、親父をアパートに連れてきてた
親父は、何で今更みたいな態度だったけど
俺に会えてうれしそうな顔した
コンビニでいっぱいお菓子買ってくれた
毎日来てよ!!
って言ってしまってた
お袋も
「そうよ、―――も嬉しそうだから、昔のこと忘れて毎日きてよ」
と言っていたから仲直りしたんだ!!
って余計に喜んでしまった
パトカーが家に来た
あと知らない人が何十二んも来てた
親父が真ん中で土下座してた
泣きながら
「お父さん!!」
って言ったら、知らない人に抱きしめられて
そのままパトカーに乗せられた
で、知らない人達と一緒に
なんか話し合い?をしてた
お袋は泣きながら、その知らない人達に
「親父に付きまとわれて」
と言っていた
何度も来てた知らない人が
「お母さん何してるの?」って聞いてた人、
その地区のケースワーカーだった
ハローワークにもいかない、面談もしない母親の
保護費を切ったらしかった
「お父さんに会わせて」
「お母さんとお父さん仲直りしたって言ってたもん!!」
「お母さん毎日来て良いよって行ってたもん!!」
ってずっと言ってたのに
警察の人も他の知らない人も
「もう大丈夫だから」
「でも、もうお父さんにお母さんの居場所教えちゃだめだよ」
と言われた
弟達に会いたかった
それから今度は俺だけ児童施設に入った
ある日、またお袋が迎えに来た
今度は弟も連れてた
俺は弟と会えてうれしかった
なんかお袋に対して冷たかった
後から聞いたんだが
お袋が何をしていったのか聞かされてたらしい
そして、俺が掃除洗濯飯用意してるの見て
「何で兄貴がやってんの?」
って聞いてきた
弟に
「病気だからだろ?お前もお母さん助けろよ」
って言った
弟は
「あいつ病気じゃねーよ!!病気なら、何の病気なんだよ!?病名あるはずだろ!」
って言われた
さすがに俺も理解して
「お母さん、何の病気なの?」
って聞いた
「それ、誰に言えっていわれたの?」
って聞いてきた
俺は素直に
「――が言ってたけど」
って答えてしまった
お袋は今度は、弟が家に帰る度に悲鳴をあげて
襖を穴まみれにしてた
弟はシカトして
俺は何やってんだよ!!って止めてた
ケースワーカーの人が
「毎月襖壊れたっていう報告がお母さんからあるんだけど」
って聞いてきた
俺は普通に
「おかんが壊してるよ」
って答えてた
お袋は何も病気ないから、俺と弟が中学あがった頃で
いったん生活保護を止められたらしかった
ある日お袋は、弟の荷物を全部捨てた
学校のものも、何もかも
弟が大事にしてた、子供の頃の友人達の連絡先もみんな
捨てた
キレてお袋に詰め寄ってた
お袋は、その時またいった
「悔しいの?悔しかったナグってみなさいよ。ほらほら」
俺が取り乱して大声でうわああああ!!とかぎゃあああ!!とか叫んだら
冷静になったらしくやめた
けど、壁に穴が開いた