でも俺が働かないと生活が維持できないから妻と役割分担してるわけで
専業でいいと納得したのなら子どもが大きくなるまでそうしてくれないのは話が違う
向こう有責で離婚になるなら考えなくもない
妻は確かに職歴の空白期間を気にしてるようだが看護師って別にいつでもどこでも働けるでしょ
それこそ女性はブランクができちゃうから復帰しやすい看護師がいいというのは義姉のアドバイスだったようだし
妻は確かに職歴の空白期間を気にしてるようだが看護師って別にいつでもどこでも働けるでしょ
それこそ女性はブランクができちゃうから復帰しやすい看護師がいいというのは義姉のアドバイスだったようだし
「ちょっと揚げ物するから妹ちゃんみてて」と父に言われた。
土曜日だけど母は親戚の見舞いで不在。
なので夕食は父がつくるといい、油を使ってる時に危ないので小さい妹を連れて二階へ退避。
調理過程を見ていなかったのでて「晩御飯に唐揚げでも作るのかなー」と思ってた。
そしてその日の夕方のおかずは鍋におでん。
「揚げ物は?」って思っていたらおでんの具のがんもどきが父お手製だった。
なぜ、がんもどきだけ・・・
あとおでんの具にトマトが入ってるのも衝撃的でした。
父が父になって3年ちょっとたつけどまだ知らないことだらけだと思いました。
そんな俺も、大人になり結婚し子どもを授かった
子どもが小学4年になった時、なんでか知らないがあの当時を思い出したから
現状だとほんとエリート貴族だわ
男だと取れないのに
女だと子供さえいれば落とす役所があるのもおかしいわ
「ーーくんが可哀想だと思うのなら、働きましょう」
「今月もハローワークに行ってませんね、就労の意志なしと見て保護切りますよ」
とか言ってたらしい
あと弟達の親権を手放してないのも
お袋は「毎日引き取りに行ってるんですが、断られるんです」
「せめてと思って、支給されてる保護費は親戚に養育費として渡してます」
ってケースワーカーの人には伝えていた
それで、俺含め四人分の保護費を受け取ってた
それで確認作業は良いのかと俺は思うけど
5年前に癌が見つかり余命半年と言われた。
家族で話し合い年齢も年齢なので手術も抗がん剤治療もせず静かに余生を送らせようとしたが、もともとパワフルなばーちゃんは「悪いとこ、ちゃっちゃと切って!」と自ら手術を希望し抗がん剤治療にも耐えた。
それから5年癌の再発は認められず、90歳になったばーちゃんはますます元気になっていた。
私は生理がくるのがまわりより少し遅く、生理痛はかなりひどい方、更に生理不順がひどく半年こないなんてザラだった
母は結婚してから10年近く妊娠できず、産後に子宮の病気が見つかって子宮を取った
妊娠中はつわりがひどく、出産もひどい難産で何十時間も苦しみ、本当に大変だったと何度も聞かされた
私は母と血液型身長体重足のサイズまで一緒で、あんたも将来子宮を取ることになるから早く子供を産んでおけ、出産には苦しむだろうとよく言われていた
前述のとおりで、私の子宮も多分人よりちょっと駄目なんだろうな、と思っていた
その上若い頃恥ずかしながら心が弱く、薬に頼りっぱなしだったし、早く氏のうと思っていた