「オレ、車置いてくるんでちょっとここで待っててください。」
私は言われるがままに降りると、辺りを見渡した。
場所は地元で有名な風/俗街。
何となく予想通りの光景に、私は特に驚く事も無く男を待った。
「いや〜お待たせしました。じゃ、入りましょっか。」
直ぐに戻ってきた男に促され、私はビルに入った。
ビルのタ*コ臭い空気が気持ち悪い。
階段を降りてすぐの扉を開けると、男は「てんちょ〜〜〜!」と大声で叫んだ。
男の後に続きながら、部屋全体を見回す。
部屋の真ん中に小さいステージがあって、その周りにはフカフカの少し汚いソファが並べられている。
ステージ脇の小さな扉から、ガラの悪そうなヒョロ/リとした男が顔を出した。
「あ、店長!連れて来ましたよ〜。」
男がヘラヘラと笑いながら言うと、店長らしき男はじろりと私を見た。
そしてヘラ男を手招きで呼び寄せ、なにやら小声で話をしはじめた。
へラ男は何度か頷くと、走って私の元に戻ってきた。
私はビックリしてヘラ男に聞き返す。
「歌ですか?」
「そうっすよ〜なんでもいいんで、テキトーに歌ってください。」
私は促されるまま、ステージの上に立った。
適当に、当時流行っていた曲を歌う。
歌い始めて早々に店長は私を止めた。
「わかった。歌はもういいから、脱いで」
言われて思わず体が固まった。
「ほら、早く脱いで。下/着もね!」
ヘラ男の焦った様な声がする。
あぁ…やっぱりこうゆう事か……私はなかば半笑いで服を脱いだ。
店長とヘラ男は、じーっと私を見ている。
不思議と、恥ずかしいとも嫌だとも思わなかった。
「OK、それならいけるね。もう帰っていいよ。」
店長はそういうと、またさっき出てきた部屋に戻っていった。
ヘラ男が嬉しそうに近づいてくる。
「いや〜よかったね!あ、もう服は着ていいよ。家まで送るね。」
私はまた、そそくさと服を着た。
私を家の前で降ろすと、ヘラ男はそう言った。
私は返事をせずに車のドアを閉めて、さっさと家に入った。
「おかえりなぎぃ〜♪どうだった〜〜〜??」
上機嫌で話しかけてくる母を無視して、足早に部屋に戻る。
久しぶりに部屋に鍵を掛けると、私はベッドに突っ伏した。
母がまた、わざわざ私の部屋の前まで来てギャーギャー叫んでいる。
私は鬱陶しくなって、MDのイヤホンを耳に付けた。
もうこのまま消えてなくなっちゃいたいな…
ひたすらそんな事を考えながら、目を閉じた。
>>1のペースで、辛くなったら休み休みでもいいので頑張ってください。
大丈夫です。皆さん、優しいですね。ありがとうございます。
卒業式が終わる。
当たり前のように、母は出席しなかった。
友人達は皆、泣いていた。
式が終わってすぐに少しだけ懇親会のようなものが予定されていたのだが、私はそれに出る事無く高校をあとにした。
家に戻るのがなんとなく嫌で、あてもなく街中をブラブラ歩く。
街の賑やかな喧騒が耐えられなくて、私は人気の少ない小さな公園に向かった。
その公園は地元では有名な心霊スポットで、街を一望出来る綺麗な場所なのに、普段から誰も近寄ることが無かった。
どっかりとベンチに腰を下ろす。
私は携帯の電源を落とすと、ただボーっと空を眺めた。
思えば最初は天国、最後は地獄の高校生活だった。
先生と再会出来た事、大事な友達が沢山出来た事……色々な思い出が、頭を駆け巡る。
何だか疲れちゃったな……
そう思いながらボーっとしていると、空はあっという間に暗くなっていった。
時間はもう6時過ぎ。
着信履歴は母からのもので埋まっていた。
ボーっとしながら履歴のページをめくっていく。
不思議な事に5時を過ぎた辺りで、母からの電話はピタッと止まっていた。
あーあ…やっちゃったー…なんか色々と大変な事になってるんだろうな…
そう思いつつも、まったく家に戻る気が起きない。
なんとなくそのまま無心で履歴をめくり続けていると、最後の方で堺先生の名前が出てきた。
それを見て、指が止まる。
先生とはあの日以来、連絡を取っていない。
メールが来ることも、こちらから送ることも無かった。
ふと、先生の言葉を思い出す。
ー 人って結局、いつかは自分から離れていくじゃないですか… ー
離れないと決めたはずなのに、私は簡単に先生から離れていった。
その時は本気で離れないと思ったはずなのに、結局は先生の言うとおりになっている。
先生の悲しそうな顔が、思い浮かんだ。
瞬間、離れるのが正しかった事なのだと、私は自分に言い聞かせた。
こんな自分の泥沼のような人生に、もう先生を巻き込んじゃいけない。
そう思いながらも心のどこかでは、先生に会いたくて、このまま離れたくなくて、ダダを捏ねてる自分が居る。
ダメ…でも…いや絶対にダメだ……私は久々に味わう心の痛みに、葛藤していた。
最後に一度だけ、先生に電話をしよう……それで心の踏ん切りをつけよう…と。
よくわからない緊張が、私を支配する。
コレが最後。と何度も自分に言い聞かせながら、私は思い切って携帯のボタンを押した。
「…………」
暫らく鳴らしても、先生は電話に出ない。
やっぱりそうだよな…出るわけ無いよな。でもかえってこれで踏ん切りがついた…。
そう思いながら電話を切ろうとしたその時、呼び出し音がブツっと急に止まる。
「……もしもし…」
先生の声がした。
「……もしもし…渚さん?」
久しぶりの柔らかい声に、ムネが一杯になる。
「…お久しぶりです…先生。」
何とも言えない懐かしさで、私の心は一瞬で穏やかになっていった。
「はい。…先生こそ、元気でしたか?」
昔のように笑いあう。
「元気でしたよ。…渚さんは今日卒業式でしたよね?おめでとうございます。」
「…ありがとうございます。」
卒業という言葉に少しだけ現実を思い出して、ムネが痛む。
「どうしたんですか?急に。」
先生はいつもと変わらぬ明るい声で、私にそう尋ねた。
先生の言葉に大きく一回深呼吸をして、私は勇気を出して話し始めた。
「…これが最後のつもりで、先生に電話をかけました。」
「……最後?」
「はい。…先生に電話を掛けるのも…今日で最後にします。」
電話の先で先生が黙り込む。
「…先生には沢山助けてもらいました。だから…今までありがとうございました。もう迷惑はかけません。」
言い終えた私は、ムネの痛みを必死で堪えていた。
自然と涙が溢れてくる。
「…今、どこにいますか?」
長い沈黙のあと、先生は私にそう尋ねた。
「…どうしてですか?」
私は泣いているのを悟られないように、明るく聞き返した。
またほんの少しの沈黙の後、先生は小さく「だって…」と言った。
「……これで最後にしますって言われて、しかもその連絡が電話だけ…っていうのは、なんか嫌じゃないですか。」
私は何も言えなかった。
「…これでもうサヨナラするのなら、最後に会って話をしましょう。僕はそうしたい。」
私は少しだけ考えて、「**公園に居ます。」と応えた。
先生は場所にちょっと驚いたようだったが、「わかりました。すぐに行きますから。」といって電話を切った。
あの時のように、泣いてる顔なんて絶対に見せない。
私はそう決心をして、ひたすら何も考えないようにじっと夜景を眺めた。
これでもう大丈夫…あとは何があっても普通に接していればいい…
心の中でひたすらそんな事を繰り返していると、先生は本当にすぐにやってきた。
「おまたせしました。…やっぱりココ、なんだか怖いですね。」
そう言いながら、私の横にちょこんと腰をかけた。
ラフなスーツ姿の、小学校の時と何も変わらない先生を見ていたら、懐かしい気持ちがこみ上げてくる。
私は少し笑って、「そうですね。」と返事をした。
「…仕事、あれからどうなりました?結構色々と見て回ってましたよね?」
ムネがズキッと痛んだ。
「全部、落ちちゃいました。」
私は努めて明るく答える。
先生は凄く驚いた顔をした。
「なんで?あんなに頑張ってたのに…」
「ちょっと色々ありまして…残念でしたけど。あ、でももう仕事他に決まったんですよ。」
「そうなんですか?…ならよかった。どんなお仕事?」
ムネがどんどん痛くなっていく。
「母から紹介されて…脱いで歌うお仕事だそうです。」
私が笑いながら言うと、先生は私を見ながら固まった。
「はい、歌いながらハダカになるそうです。まいっちゃいますね。」
「…ストリップって事ですか?」
「多分、そうだと思います。結局私にはそういう仕事しかなかったみたいです。」
私は先生の顔を見ないように前を向いて、アハハと笑った。
もう2度と会う事はない。
このまま嫌われてしまっても構わない。
いや、むしろ嫌われて軽蔑されてしまった方が、気が楽だ。
私は話しながら、そんな事を考えていた。
「そんな仕事を始めるし、私はどんどん先生達の世界から離れていきます。」
「……。」
「だからこれ以上、先生を巻き込みたくないし、迷惑かけたくないんです。私は先生に、幸せになって欲しいから。」
言い終わってホッと溜め息をつく。
先生が隣で固まっているのがわかった。
これでいいんだ…
昔のように痛くなるムネの締め付けを我慢しながら、私はただじっと夜景だけを眺めた。
先生は相変わらず固まっていて、私はじっと前だけを向いていた。
このままこうしていたら、私はきっとまた泣いてしまう…
そう思って、私はバッと立ち上がった。
固まっている先生に振り返る。
「もう行かないと。今日、卒業式が終わったらお店の人に電話する筈だったんですよ。…無視して今サボっちゃってますけど。」
私はニコニコしながらそう言った。
先生はニコリともする事無く、少しだけ下に俯いた。
「…最後に会えて嬉しかったです。…実はずっと会いたかったから。」
そういい鞄に手をかける。
「それじゃ、先生、お元気で…」
先生の顔を見ないようにしながら、私は先生に背を向ける。
ここから離れるのを拒否する気持ちを懸命に振り払いながら、私は歩き出そうとした。
その時、急にぐっと腕を引っ張られる。
驚いて振り返ると、先生は下を向いたまま、私の腕をしっかりと掴んでいた。
暗い中、下を向いている先生の表情は見えない。
「あの…」
言いかけた私を遮るように、先生は静かな声で呟いた。
「……理由はそれだけ?」
「え?」
「…僕から離れる理由はそれだけ?」
何を言われているのかが解らず、混乱して体が固まる。
「…僕の事が嫌だからとかじゃなくて、迷惑をかけたくないからとか……理由はそれだけ?」
下を向いたままの、先生の冷たい声が怖い。
私は小さく「はい」とだけ返事をした。
「…………………あれから…色々考えたんですよ。」
先生が溜め息まじりにそう言った。
あれから?何の事?さらに混乱する。
「何を…ですか?」
「貴女と僕の事。」
何を話しているのかがようやく解って、私のムネはドキッとした。
私は黙って頷いた。
「僕は教師で、貴女は教え子だ。どうにかなったらいけない。そう思いながらも、貴女に頼られると心配でついつい手を出してしまう。」
「……。」
「気がかりで、可愛くて…放っておくとすぐボロボロになって戻ってくる。」
先生はすっと、腕の力を緩めた。
「僕はずっと昔から、貴女の事が好きだったんですよ。気がつかない振りをして、妹のようだって言ったりして、ずっと誤魔化してたんです。」
先生は私の腕をそっと放すと、顔を上げてそのまま前を眺めた。
「でも僕は貴女よりずっと年上だ。自分の気持ちに気がついても、何もすることは出来ない。貴女がだんだん離れて行って、あぁこれでいいんだと…ず
ーっと言い聞かせました。本心はすっごく嫌でしたけどね。」
先生が遠くを見つめながら小さくハハッと笑う。
ムネが苦しくなった。
「今日だって最後って言われて…僕も諦めるつもりで来たんですよ。貴女にはこれから未来がある。ずっと僕の傍に居させてしまったら、僕は貴女の未
来を摘み取ってしまうかもしれない。貴女が僕から離れたいって言うならそれが一番なんだと…そう…覚悟してきたのに…」
先生はそういうと、また黙って下を向いた。
塞き止めて仕舞い込んでいた思いが、ガンガンと溢れ出てくる。
「私だって…」
息が詰まる。
「私だって…覚悟してきたのに…どうしてそんな事言うんですか……一生懸命我慢してきたのに…どうして…」
泣かないと決めた思いは、ぽっきりと根元から折れた。
私は立ったまま、涙を堪えきれなくなって下を向いた。
先生はスッと立ち上がると「あーあ…」と溜め息をつきながら、私を抱きしめた。
先生はそれに応えるように、更に強く私を抱きしめた。
「……僕が好き?」
声が出せずに、大きく頷く。
「…本当はこのままずっと一緒に居たい?」
大きく何度も何度も頷く。
「じゃあもうずっと一緒に居ればいい……僕も渚と一緒に居たい。」
やっと言って貰えたその言葉に、私は嬉しくて切なくて、声をあげてわんわん泣いた。
先生と出会ってから、もう7年が経っていた。
私はそのまま暫らく泣き続け、先生は子供をあやすように私をずっと抱きしてめていた。
先生の腕の中が優しくて暖かくて、涙は次第に止まっていく。
ようやく私が泣き止んだ時、先生は「帰りましょうか…」と優しく言った。
「…帰るって…どこにですか?」
呆けた頭で聞き返す。
「帰る場所はもうひとつしかないでしょう?」
「…ひとつ?」
「アハハ、まぁいいや。…さ、帰りましょ。」
先生は体をゆっくり離すと、私の手を握った。
そして地面に放り出されていた私の鞄を拾うと、そのまま手を引き歩き始めた。
普段はメガネが汚れた時すぐに拭けないのが嫌だからと、先生はコンタクトをしている。
コンタクトにメガネ…?
私が不思議そうに先生を見ていると、それに気がついた先生は恥ずかしそうに頭をかいた。
「…さっきの公園で、コンタクト落としちゃったみたいで…」
「え?じゃあすぐに探しに行かないと…どの辺に落としたんですか?」
先生はダダを捏ねてる子供みたいに、ブンブンと首を振った。
「嫌です。それにあんな小さい物、見つけられる訳ないですよ。」
「でも…」
「……怖いから嫌です。あそこ、何か出るって有名じゃないですか…」
ちょっとだけ泣きそうな顔をしている先生と目が合う。
私は思わず笑ってしまった。
そんな私の様子を見てなんだか少しホッとした顔をすると、先生は車を走らせた。
去年の夏出て行った時となんら変わらない部屋の様子に、私は何故だか少しホッとした。
先生はバタバタと寝室に入っていくと、綺麗に畳まれた服を持ってすぐに出てきた。
「まだやることがあるので、学校に戻ります。お風呂でも入ってサッパリしときなさい。」
ハイと頷くと、先生はニコっと笑って私に服を手渡した。
「じゃあ行ってきます。」
「いってらっしゃい。」
先生は慌しく家から出て行った。
手渡された服を見てみる。
初めてココに来た時に渡された、少し大きなTシャツとハーフパ*ツ。
私はなんだか少し恥ずかしくなって、一人でケラケラと笑ってしまった。
相変わらず先生はソファで、私はベッドで、前と変わりなく別々に眠る。
以前と同じように先生の家で過ごしていると、荒んでいた心が平常を取り戻してくる。
実家の事を考えると憂鬱になったりもしたが、私はもうあそこには戻らないんだと自分に言い聞かせた。
先生は小学校の年度末で、忙しそうに過ごしていた。
卒業生の副担任になっていたようで、帰宅も夏休みの時より大幅に遅くなっていた。
そんなあんまり顔を合わさない生活をして5日後。
卒業式も無事に終わり、小学校は今日から春休み。
久々に少し早く帰ってきた先生と夕食を食べ終えて後片付けをしていると、先生はちょっと真剣な声で私を呼んだ。
返事をして、先生の前に座る。
「明日、渚さんのお母さんに会いに行きますよ。」
「え!?」
「…母に…ですか?」
「はい。やっぱりこのまま、何も言わずにいるのはちょっと気が引けますし。」
体の奥底が、嫌悪感でゾワゾワする。
「でも…あの人には何も言わなくて、このままでもいいと思うんですけど…」
「やっぱりそういう訳にも行きませんよ。きっと渚さんの事を探してるでしょうし…」
私は首を振ると、それだけは絶対に無いと先生に言った。
「探してる訳がありません。多分家で飲んだくれてます。」
「まぁそうでしょうけど…ただ、違う意味では探してるかもしれませんし…」
違う意味で探している…私はその言葉にハッとした。
あそこまで執念深く自分を傍に置こうとした母だ。
確かに心配とは別の意味で、私を探しているかもしれない。
「……わかりました。」
私は暫らく黙りこんだ後、小さく頷いた。
「大丈夫、何があっても貴女には指一本触れさせませんよ。だから安心して。」
先生は私の手を両手で包むと、ニコッと笑ってそう言った。
前日に不安と緊張でなかなか寝付けなかったせいで、私はいつもより遅く目を覚ました。
時間は10時過ぎ。
慌てて飛び起きリビングを見ると、先生の姿はどこにもなかった。
あれ?っと不思議に思いつつ、顔を洗って出かける準備をしていると、先生はなにやら大きな紙袋を持って帰ってきた。
「あぁ、おはようございます。しっかり寝れたみたいですね。」
ちょっと恥ずかしくて「すみません…」と返事をすると、私は紙袋に目をやった。
視線に気がついて、先生がガサゴソと紙袋を漁る。
「渚さん制服しか持って無かったでしょう?とりあえず買ってきてみました。」
そういいながら、何枚かの女物の洋服を出す。
パーカーに何枚かのシャツにスカートとジーパン…
いずれも黒系統の服でお世辞にも可愛いとは言えなかったが、その選択が先生らしくって私はフフっと笑った。
「サイズがよく解らなかったから店員さんに身長とか大体で説明したんですけど…大丈夫かな?」
先生は恥ずかしそうに笑う。
私はその中からジーパンとパーカーを手に取って広げると、先生に向かって頷いた。
「あぁよかった。流石にその恰好で行かせる訳にはいきませんから。」
「じゃあ私、着替えてきます。」
立ち上がった時、まだ紙袋の中にもうひとつだけ小さな紙袋が入っているのに気がついて「それは?」と先生に質問する。
「あぁこれ?手土産です。会いに行くのに手ぶらって訳にもいかないでしょう?」
私は「そんなに気を使わなくても…」と言って苦笑いをした。
先生はラジオから聞こえる曲に合わせて、のん気に鼻歌を歌っている。
このまま家に誰も居ないとか…ないかなぁ…
そんな事を考えていると、車はあっという間に実家に到着した。
「さ、行きましょうか。」
そう言われてドキドキしながら車を降りる。
実家のドアに手を掛けると、私は暫らく固まってしまった。
先生がノブを握っている私の手の上に、後ろからスッと自分の手を乗せる。
「大丈夫だから。ね?」
私は頷くと、そっと静かに扉を開けた。
相変わらず、テレビの音だけが聞こえる。
私はゆっくり靴を脱ぐと、先生が入って来た事を確かめてからリビングに進んだ。
「…お母さん…」
私がそう声をかけると、相変わらず酒瓶に囲まれて横になっていた母は、かったるそうにこちらを見た。
そして私だと解ると、なにやらギャーギャー叫びながら物凄い速さで立ち上がり私に向かってくる。
ビクッとして身構えると、私は凄い力で後ろに引っ張られた。
後ろにいたはずの先生が、母の振り上げた両手をがっしりと掴んでいた。
先生の体越しに、先生を見つめている母のひどく驚いた顔が見えた。
「…お邪魔します。」
いつものようにニコニコしてるであろう先生の声がした。
腕を掴んだまま先生はジリジリと前に進み、ダイニングテーブルの椅子に母をドスッと座らせる。
母はよっぽど驚いたのか、抵抗する事無く大人しく椅子に座っていた。
先生は座っている母から2.3歩後ずさると、ゆっくりと板の間に正座をした。
「さて……渚さん、そこの紙袋持ってきて。」
そう言いながら私に振り返り、自分の隣の床をポンポンと叩く。
私は慌てて紙袋を取ると、先生の横におひざまを付いた。
何やらずっしり重たい紙袋を渡しながら、先生の顔をそっと見る。
相変わらずニコニコしている先生は、「ありがとう」と言うと真っ直ぐ母に向きなおした。
母と私はビックリして先生を見る。
先生は動じる事無くニコニコしながら母を見つめている。
一瞬の間を置いて、母は「はぁぁぁあ!?」と大きな声を出した。
「ですから、お嬢さんを戴きに参りました。」
「あんた、なにいってんの?」
母が不機嫌そうに先生を睨みつける。
「お嬢さんはもう大人です。いい加減、開放して頂きたいと思いまして。」
「はああああああああ!?!?」
先ほどより大きく母が言い返した。
「大人だからどうしたって!?私はソイツのせいで人生台無しになったんだ!勝手に出て行かれたら困るんだよ!!」
青筋をビキビキと立てながら、母が絶叫する。
それでも先生はニコニコしながら話を続けた。
「困る?どうしてですか?お嬢さんが居ても居なくても、お母様の人生は変わらないでしょう。」
「私はソイツのせいで山ほど借金したんだよ!!!!それなのにノコノコ出て行くだぁ!!??」
「借金?借金があるからお嬢様が出て行かれると困るんですか???」
母の声が大きくなる度、私は今にも飛び掛られそうでビクビクしていた。
「お嬢さんはアナタの奴隷じゃありませんよ。それに…お嬢さんが自分で働いて生活していたのを、僕は知っています。」
「母子家庭ですから、小中と学費は免除だったでしょう。それ以降の高校は、奨学金だったと伺っていますが。」
先生はわざとらしく首をかしげた。
「借金があったとすると、お嬢さんに関わっているのはその時の奨学金だけですよね?返していくのはお嬢さん本人です。お母様には関係ないですから安
心なさってください。」
「それ以外でもかかってんだよ!!!!!!私は18年間ソイツ育ててきたんだ!!!!!」
「…生活費……という事ですか?」
「そうだよ!!!!!」
母は勝ち誇ったようにニヤ/リと笑う。
「それに今まで苦労してきたんだ。ソイツには私の面倒見る義務があるんだよ。」
「義務……ですか。…要するに、お嬢さんが家にお金を入れなければ生活が成り立たない…そういう事ですか?」
母はニヤニヤしながら頷き、先生の顔をじーっと見ている。
が、次の瞬間急に訝しげな顔をしたかと思うと、驚いたように先生を指差した。
「あんた…確か渚が小学校の時の……」
「え?あ、はいそうですよ。」
先生はニコニコしながら頷いた。
「ただのロ*コン野郎じゃねーか!!!!!」
母は爆笑した。
何故か先生も一緒になって笑っている。
状況がカオス過ぎて、意味が解らない。
「ノコノコ出てきて首突っ込んでんなよ。さっさと出てけロ*コン野郎。」
母はニヤニヤしながらそういった。