会社は大きくなく、社員数も少なかったが、一応、設計部とか営業部とかに分かれてた。
製造する工場だけが別の場所にあったけど、一つの部屋で、机の島だけが分かれていて設計部も営業部も皆仲が良く、ワンマンな社長がちょっと苦手だったけど楽しい会社だった。
営業部は男忄生3人、営業事務が私を含め2人。あとは経理や総務をしてくれるベテラン事務員さんが1人。
ストレスのスの字も感じない職場だった。
が、その楽しい日々が一人の女のせいでメチャクチャになった。
当時35歳 社長の知り合いの娘。
見た目は山田邦子とかアントニオ猪木とかそんな感じ。
顎が特徴。しかもちょっとデブ。
『アントン』と呼ばせてもらいます。
ベテランさんスペック
当時35歳 見た目は小林聡美。
面白くて頭が良くて、誰からも好かれてた。
重要人物じゃないけど、私スペック
当時 24歳
周りからは井上晴美を小さくした感じって言われてた。
営業事務は私ともう一人ユリさんって人とでやってたんだけど、ユリさんが結婚して退職する事になってた。
ちなみにユリさんは私より一つ年上の25歳。蛯原友里似の美人さん。
ユリさんの後釜として来たのが、アントンだった。
社「今日からここで頑張ってもらうアントンさん。
営業部に入ってもらう。宜しくな。」
皆「よろしくお願いします」
ア「私、設計がしたいです。」
社「え?」
ア「設計部がいいです。」
社「いやいやいやいや・・・う~ん・・・じゃ、設計部・・・にしようか」
ア「今日から設計部に入りますアントンです。父は会社経営してます。
昔はここの社長の面倒みてました。
宜しくお願いしまっす!ハイ!以上!」
社「(苦笑い)」
皆「・・・宜しくお願いします・・・」
みたいな感じだった。
皆、「???」って感じだったけど、仕事が出来る人なら問題ないとアントンのおかしな発言はスルーしていた。
自分から設計がしたいと設計部を希望しといて、CADが使えない。
もちろん、設計なんか今までやった事もない。専門知識もない。
でもアントンは「教えてもらったらすぐ出来る。覚えるのは早い方やから。」て自信満々。
社長が見て見ぬ振りしてた。
ユリさんが「社長の知り合いの娘って・・・何の知り合いなんだろうね。」って言ってた。
私は本能的にアントンとは関っちゃいけないと思った。
アントンは、設計さんにコピーを頼まれた。
が、何故かアントンは不機嫌。
どうもコピーをとるという業務が気に食わなかったらしい。
設計さんから受け取った書類を、私の所へ持ってきた。
「これ、コピーしてきて」と。
ちょうど私は、急ぎの見積書を作っていた最中だったし、一瞬「ん?」と思ったけど、コピーの使い方が解らないんだろうと思い、私はアントンをコピーの所まで連れて行き「このままセットして、ボタン押すだけです」と説明しながらやっていた。
が、アントンは自分の席に戻っていた。
「ちゃんと出来た?じゃ、次これFAXしてきて」と次の書類を渡された。
アントンのPCを見るとエクセルの表があり、下に小さい窓でヤフー知恵袋が開かれていた。
勤務一日目からこの態度。すごい人だと思った。
さすがに設計さんが、「アントンさん、あんたに頼んだんやから。」と助け舟を出してくれた。
今までそんな人が居なかったので、皆凍りついた。
ベテランさんだけがニヤニヤしてた。
アントンはFAXを終えて自分の席に戻ってくるなり、書類を机に投げ喫煙室へ消えた。
皆の時間や予算的に、歓送迎会的な感じだった。主役は2人。
場所は、皆がよく行く居酒屋さん。
小さいながらも大将も面白いし、料理も安くて美味しい良い店だった。
が、店に入るなりアントンが
「は?何よこの店。私こんな店始めてやわ。狭いなぁ。」
と言い出した。
「あ、アントンさんは社長令嬢やからなぁ。ここ、メッチャ旨いねんで」
と一応のフォロー。
皆も口々にフォローにならないフォローでその場を誤魔化した。
皆のグラスにビールが注ぎ終わって、社長が乾杯の音頭をとろうとしたが、しかし、やはり相手はアントン。
そう簡単には乾杯させてくれない。
「私、ワインしか飲めません。」
きたワインを見るなり「これはどこのワイン?」とか言い出した。
アントンと一緒に上座に座ってるユリさんは、ずっとテーブル見てた。
私は、アントンと離れて座って良かったと思った。
皆がユリさんの結婚相手について色々質問してた。
笑顔で答えていくユリさんが凄く綺麗だった。
ユリさんは美人だし優しいし、旦那さんは幸せだろうなって思った。
ちなみにユリさんの結婚相手は歯医者さん。
営業さんがもう1人の主役アントンを気遣って、話かけた。
普段でもメチャクチャなアントンがお酒が入ってまともになるわけもない。
それからは、アントン1人が主役。
アントンは声がデカイのでよく聞こえた。
とりあえず、私とベテランさんと友近似の設計さんはアントンチェックを開始した。
アントンは、誰に言うでもなく自分についてたんたんと語っていた。
どこの会社にいっても部下から慕われる。
いずれは親の会社の経営に携わらなければならないので苦痛。
どこで働いても、自分の能力を活かしきれない。
とりあえず私はお金持ち。
お金に困ったことがない。
有名俳優や歌手にプロポーズされた事がある。
今は、3人からプロポーズされている。などなど。
でも私とベテランさんは興味津々。
たった10分くらいの話で私達3人を満足させてくれるアントンってほんとうに凄い人だと思った。
この味付けは何か一味足りない。
このワインはなんでこんなに不味いのか。
この料理なら私は3分で作れる。
素材が悪い。
もっと新鮮な物じゃなきゃだめだ。などなど。
これは大将の耳には入っていなかったので良かったが、ちょっとハラハラした。
でもベテランさんは「やっぱりアイツおもろいwww」って大爆笑だった。
それから私達は大好きなスルメの天ぷらを食べながら、今後の楽しい日々を想像して盛り上がっていた。
胃下垂だから大丈夫なんだって言ってた。デブなのに。
歓迎会ももうすぐお開きだという頃に、不味いと言っていたワインを2本半飲み、ワインしか飲めないといってたくせにビールも数本飲み、料理を食い散らかしたアントンがやっと大人しくなった。
皆ちょっと疲れてた。
それから30分程してその日は解散した。
理由は
「二 日 酔 い」。
やっぱりアントンは関っちゃいけない人だと思った。
でも『出来る女』を演じるのが好きだった。
35歳だから、それなりに事務仕事は出来るだろうと考えていたけど、
両面&縮小&拡大コピーが出来ない。エクセル・ワードもぼちぼち。
電話応対&敬語が変。
一度にコピーを撮ればいいのに数回に分けてバタバタ走り回る。
電話を取れば耳と肩に受話器を挟んで、何故か自分のスケジュール帳みたいなやつにメモ。
皆アントンには急ぎの仕事や重要な仕事は廻さないようにしてた。
電話をとっても早口で乱暴。
PCのキーボードはガンガンドスドス。
引き出しを閉めるのはバーンバーン。
いつもアントンの周りでは色んな音がしていた。
や ら か し た。
不貞腐れながらもFAXを送り、また喫煙室へ消えていった。
最近では、アントンの行動にも皆慣れてきて普通の光景だった。
しばらく経つと、FAXを送ったA社から電話がかかってきた。
そこへアントン登場。
設計さんが「電話番号にFAXしてるらしいからやり直して」と書類を渡すと、
「間違ってません。」と一言。
苦情の電話がきた事を話しても「間違ってません」とまだ引かない。
とりあえずもう一回送るようにと言われ、舌打ちをしながらFAXを送りにいった。
さすがに今度は喫煙室へは行かなかった。
設計さんもちょっとイラッとしてたし、周りも凍りついて
ガンガンドスドスだけが響いていた。
ベテランさんは私と目が合うとアントニオ猪木の顔真似をしてきた。
アントンは電話も取らず、ガンガンドスドスを続けていた。
仕方なしに友近さんが電話をとると、どうやらA社かららしい。
ひたすら謝っている。
そして、電話を保留してアントンに
「また番号間違えた?早く取り消して」と言うとアントンはいきなりA社からの電話に出て
「何なん?私は間違えてないし!は?じゃ、番号言ってみなさい!
・・・え?最後が6?・・・そんなん電話とFAX似たような番号にするから悪いんやろ!・・・は?とりあえず送るからもう電話せんといて!
私が怒られるんやから!」ガチャン!
慌てて社長がA社に謝罪の電話をしてた。
バカ社長、目を覚ませと思った。
が、すぐ戻ってきて友近さんに
「あんたな、私より年下や。口の利き方も知らんのか!ちょっと設計できるからって調子のんな!」
と暴言を吐いて帰っていった。
ちなみに友近さんは27歳。
普通ならこの時点でクビ決定。