6月には6年生で最大と言ってもいいイベントの
修学旅行が控えていた。
当時特に好きな子がいたわけでもないが
「もしかしたら告白されるんじゃねえか?」とか
バカな脳内シュミレーションを繰り返し
前日はなかなか寝付けずにいた。
そして修学旅行当日。
バスに揺られ、俺達は旅館に着く。
そして旅館に着くなり
いきなりハイキングに行くと教師達が言い出す。
坂倉「どうする?めんどくせえしバっくれる?」
俺「いや、無理だろ〜。絶対点呼取るし。
めんどくせえけど行こうぜ〜。」
女子1・2・3「坂倉君〜!」
女子1「ねぇ?一緒にハイキング歩いて行っていい?」
坂倉「はぁ?やだよ。俺は1と行くし。」
女子2「え〜、じゃあ1も一緒でいいからさ〜。」
俺「おいおいてめえら、なんで俺がオマケみたいになってんだよ?」
女子3「だって、1ってさ。スポーツできるしおもしろいし悪くはないんだけど・・・顔がね〜・・・」
女子1「ちょっと!マジ言いすぎだよ〜!ぎゃはははは!」
女子2「みんなが思ってたこと言っちゃう?」
女子3「だって。惜しいんだもん。顔さえ良ければ坂倉君並みなのに。顔がイケてなさすぎ!」
ただしイケメンに限る!という現実は
小学校時代から確実に存在していたのだ。
俺はこの事件で深く心に傷を負った・・・
そりゃ俺だってもっとかっこよく生まれたかったし
何も好き好んでナマズみたいな顔に生まれてない。
運動も喧嘩も俺の方がちょっとだが坂倉より上。
だが顔面レベルは 坂倉>>>>>>>>>>>>俺=ナマズ
ぐらいの差があり、女子人気は圧倒的に坂倉が勝っていた。
俺は思った。
こ の バ カ 女 達 の 邪 魔 し て や る
いろいろと坂倉に質問を始める。
クソ女1「ねぇ?休みの日、坂倉君は何してんの?」
俺「呼吸してんだよ。当たり前だろボケが。」
クソバカ女2「ねえねえ?好きな女の子のタイプは?」
俺「パンツにうんこつけない女だよな。だからお前らは無理だって。」
ビチグソメス3「彼女とかつくらないの〜?」
俺「俺が坂倉ならお前らからは選ばねえよ。」
物凄い低いレベルのガヤだが
当時は小学6年。これで精いっぱいだった・・・・
俺「文句あんならてめえらが消えろよ。
俺は坂倉とハイキングするって決めてたんだよ!な?」
坂倉「あ・・ああ・・。ま、1と約束してたし
文句あるならおまえらがどっか行ってくれ。悪いな」
屁×3「マジで言ってんの?ひどい〜!
でも・・かっこいいから許しちゃう〜♪」
坂倉は本当にいいやつだし大好きだけど
10年以内に刹すリストに入れることにした。
糞どもの邪魔をし続け、結果的には
ただでさえ薄かった人気をさらに堕落させるに飽き足らず
「坂倉君を奪い取る会」なるものが女たちの間に誕生し
同時に「1討伐隊」も編成され
あろうことか、クラスで不動の2トップと呼ばれ
片方は女ながら鼻糞ばかり食い続けるタヒ神顔の女と
いつもバッタと会話し「飛びたいんだよね。飛びたいんだよね」と
囁き続けるヤク中のような女を刺客として送り込まれ
逃げ惑ううちに坂倉とはぐれるという事件も起きた。
ちなみにタヒ神もヤク中も特に坂倉は好きではなかったらしいが
「頼まれたから」という理由で俺を暗刹しにきたらしい。
女の団結力はこれから恐ろしい・・・
そんなこんなで修学旅行の時間が進み夜になると
坂倉の様子が少しおかしくなってきた・・・
飯を食い終わったあたりから
なんか焦ってるような落ち着かないような素振りを見せている。
俺「ん?どした?」
坂倉「俺さ、調子悪いから風呂やめておくわ・・」
俺「え?マジで?どした?大丈夫か?」
坂倉「う〜ん・・ダメかも・・・
とりあえず先生のとこ行って寝てくるわ」
と、告げると部屋から出ていき
先生の所へと坂倉は向かっていった。
俺は心配しつつも風呂に入り
帰ってきて30分ぐらいしたら
坂倉は元気な顔をして部屋に戻ってきた。
俺「大丈夫か?」
坂倉「ああ!大丈夫だ。バファリン飲んだら速攻で良くなったわ。
やっぱすげえなバファリンは!」
さっきとはうってかわって急に元気になった坂倉を見て
安心し、一緒に遊び夜が更けていく・・・・
バッグに隠してきたタバコをすっと取り出す坂倉。
俺「おまえ・・・しっかり持ってきてたんか!やるじゃん!」
坂倉「へへへ・・・まあ一服しようぜ。」
窓を開けると温かい空気が入ってきた。
時期は梅雨だがこの日は空に満月が輝いていた。
満月の遥か下で少年二人が灯をあげ
小さく赤い満月二つを作り、煙をあげる。
タバコが美味いと思っていたわけじゃない。
でもどこか大人に近づきたくて早く大人になりたくて
タバコに手を出していた少年二人が
少し大人の階段をまたのぼる・・・
坂倉「・・・なぁ・・・早く大人になりてえよな・・」
俺「ああ。そうだな〜。堂々とタバコ吸いてえな〜。」
坂倉「そうじゃなくてさ。早く働いてさ。自分で金稼いで
一人で生きていけるようになりたい・・って思うんだ。」
正直俺には何を言っているのかわからなかった。
一人で金稼いで生きていきたいと思ったことはないし
そんなことより夜遅くまで堂々と遊びたい!とか
バイクに乗ってみたい!とかそんな浅い大人像しか頭にはなかった。
俺「俺はそんなこと考えたことねえな。お前大人だな〜。」
坂倉「子供だよ。子供だから・・・悔しいんだよ・・」
いつしか小さく赤く輝いてた満月は
一つだけが呼吸に合わせ時に強い輝きを放ち
もう片方は消えそうな光を必タヒにとどめていた。
坂倉「俺さ・・・俺の親さ・・・
親父の方が血が繋がってないんだよ。」
俺は坂倉の家族の事はほとんど知らなかった。
聞いても何も教えてくれないし
家にも呼んでくれない。
まああんまり言いたくないんだろうな〜くらいにしか
思っていなかった。
坂倉「俺の親父と母ちゃんさ。俺が小さい時に離婚してさ。
んで母ちゃん、2年前に新しい親父を連れてきたんだ。
こいつさ・・・ロクでもねえ奴でさ・・・
母ちゃんばっかに働かせて、自分は働かねえんだ。
普通男が働いて女が料理したり洗濯したりするだろ?
俺からするとそれがおかしくてさ・・・
あるとき言ったんだよ。その親父に「仕事しねえの?」って。」
俺「・・・・・・・・・・・・・」
坂倉「そんとき、俺は胸倉つかまれて「誰に物言ってんだ!クソガキ!」って
おもいっきりぶん殴られた。鼻血が出て、尋常じゃねえ痛さで泣いた。
泣いてるのにまだ殴りかかってくるんだ・・・
あんまり殴られるとさ。目の前が白黒になるんだよ。知ってるか?」
俺はそんな経験はない・・・・
なんて言葉を返したらいいのか戸惑った・・・
戸惑いを隠せない俺を見ながら坂倉はまだ話を続けた
最後意識がなくなったからわかんないけど・・・
で、意識が戻ったら母ちゃんがいたんだ。
俺は泣きたかった。母ちゃんに助けてほしかった。
ちょっと聞いただけでこんな目にあわす親父に怒って欲しかった。
母ちゃんは俺に言った。
「こ の バ カ!あ の 人 に 謝 れ !」
もう俺は坂倉が何を言っていたのかわからなかった。
ただ、あまりにも自分の理解できる範疇を超えた話を聞くと
体が震えて声がでなくなることをこのとき初めて知った。
坂倉「俺はその日、親父に無理やり土下座させられた。
母ちゃんも土下座してた。
親父は「ガキの躾はしっかりするって言ったんだろうが!
んな生意気なバカガキならどっかに捨てて来い!と叫んでた。
母ちゃんは「ごめんなさい。きちんと躾けるから許して」と
泣いて謝っていた。
俺はもう体に力が入らなくて、何が起こってるのかわからない・・
ただただ謝らさせられて、やっと許しが出て
鏡を見たら、俺の右目が完全にふさがるほど腫れて
口から血を流しててびっくりした。
それを見て俺は余計に怖くなった。
暴力を振るわれたことじゃない。
自分の息子がこんなひどいけがをしてるのに
土 下 座 さ せ る 事 を 優 先 さ せ た 事 に !」
あれ地味に鬱ENDだったよな・・・・
結局あの三人は吉田家に戻ったんだっけ?
いく夫が床屋のおじさんに帰るって連絡してたよ
その後の描写がないからわからんけど
お前がイトキンを殴るな!のシーンは痺れたわ
ハッピーエンドではないけどバッドエンドでもないと思う
こいつを・・どうしてやればいいんだろう?
喧嘩が強いから俺は頼りになる男だ!なんて自分に酔っていた。
それが何の役にも立たないこと。
自分が子供だということに気がつかされた。
話を聞いてるだけで足が震え
うまく酸素を体内に運べなくなりそうになった。
恐怖で浅く早い呼吸になるのを感じ
もうやめてくれ!と叫びたかった。
声が出れば叫んでいたんだろうか・・・?
特に暴力をふるってたわけでもなかった。
ただその日を境に俺は事あるごとに暴力を受けてきた・・
俺が帰ってきたから競馬がハズれたんだ!と怒鳴られ
泣きながら気をつけをさせられ殴られ続けた事もある・・・
母ちゃんは・・・たすけ・・て・・くれ・・なか・・った・・」
キツメ目の少年は少し目尻を下げ
そこから一筋の滴を落とす。
その滴には・悔しさ・悲しみ・恨み・絶望
さまざまな負の感情が溶けている。
どこか大人びた表情の細見の顔が
中心に向かってぎゅっと凝縮され
年相応に見える子供の顔になっていた。
俺「いや・・別にいいけど・・・」
坂倉「修学旅行明日もあるだろ?
俺、風呂に入りたくねえんだ。
背中にさ、すげえ火傷の跡があってさ。
それ見られたくねえんだ。
明日も入らなかったらお前心配するだろ?
だからしゃべっちった。ごめんな。」
俺「・・・・・・・・・・・・・・・」
言葉というのは頭で考えてしゃべっていないのだと
俺はその時深く理解した。
俺はこいつにかける言葉を必タヒに探した。
「元気出せよ」「俺が力になってやる」
そんな言葉が浮かんでは消えていく。
俺がどうこうしてやれる自信がない。
頭の中で浮かんでは消えていき
俺の口からは何も出てこなかった・・・
人間、言葉を探すような状況じゃ会話はできない。
俺「・・・・わりい・・・何も言えねえや・・」
誰にも話したことなかったけど
何も言えないのはわかってたんだ。
でもせっかくだ。もうちょい聞いてくれ。」
そのあとも坂倉はしゃべり続けた。
虐待がひどく噂になり何度か児童相談所の人が訪れ問題になったこと。
血のつながらないオヤジが働きもせず
パチンコに通いつめ、そこで暴れて問題沙汰を起こし
近所で評判になってしまったこと。
それを母ちゃんがおびえ始め
いきなり引っ越しさせられたこと。
そして近所で噂になったときに
友達の家に行くと白い目で見られ
「あなたの家、危ないんでしょ?」と
心無い事を言われ「早く帰ったら?」と
半ば追い出されるよな目に何度もあったこと。
「顔色をうかがってる気がする・・」というのが
当たってたことに気づいた。
そして俺は坂倉と初めて一緒に夜明けを迎えた。
次の日は坂倉は俺を避けるように
女たちと行動していた。
俺は俺でどうしてやったらいいのか?とか
先生に言うべきか?とか考えたが
坂倉自身が怖くなってしまった・・・
まだ小学6年生に受け止められるレベルの話ではなく
その話を聞いたこと自体を無かったことにしたかった。
恐怖から俺は坂倉と行動を共にできず
修学旅行は終わりを迎えた・・・
その後、一瞬間ほど俺は坂倉と口を利かなかった。
気まずさと恐怖でどう接していいかわからなかったのだ。
ただ家に帰れば頭の中は坂倉の話で埋め尽くされ
ろくに寝れない日が続いた。
どうしたらいいのか・・・?
先生に相談すべきなのか?
いろいろと考えを巡らすが結論はでなかった。