俺らは訳が分からなかったけど、普通に親戚の子供達と一緒に
飯食って学校行ってた
そしたら、ある日から親戚のおっさん達からシカトされるようになった
俺らは何か悪い事したかなと毎日不安になってた
これも後になって知ったけど
お袋は親権を手放さずに、俺らを無言で親戚にの家に置いて行ってたらしかった
俺らは訳が分からなかったけど、普通に親戚の子供達と一緒に
飯食って学校行ってた
そしたら、ある日から親戚のおっさん達からシカトされるようになった
俺らは何か悪い事したかなと毎日不安になってた
これも後になって知ったけど
お袋は親権を手放さずに、俺らを無言で親戚にの家に置いて行ってたらしかった
5年前に癌が見つかり余命半年と言われた。
家族で話し合い年齢も年齢なので手術も抗がん剤治療もせず静かに余生を送らせようとしたが、もともとパワフルなばーちゃんは「悪いとこ、ちゃっちゃと切って!」と自ら手術を希望し抗がん剤治療にも耐えた。
それから5年癌の再発は認められず、90歳になったばーちゃんはますます元気になっていた。
私は生理がくるのがまわりより少し遅く、生理痛はかなりひどい方、更に生理不順がひどく半年こないなんてザラだった
母は結婚してから10年近く妊娠できず、産後に子宮の病気が見つかって子宮を取った
妊娠中はつわりがひどく、出産もひどい難産で何十時間も苦しみ、本当に大変だったと何度も聞かされた
私は母と血液型身長体重足のサイズまで一緒で、あんたも将来子宮を取ることになるから早く子供を産んでおけ、出産には苦しむだろうとよく言われていた
前述のとおりで、私の子宮も多分人よりちょっと駄目なんだろうな、と思っていた
その上若い頃恥ずかしながら心が弱く、薬に頼りっぱなしだったし、早く氏のうと思っていた
場末の食堂で遅い昼飯、まばらな店内にいたボサボサ髪のジャージおっさん
そこへ金髪ネックレスの兄ちゃん二人組が来店、席に座り注文した後おもむろにおっさんに因縁つけ始めた
「目があった」「ムカつく」など言っていたが最後に「ここおごってくれや」の無神経な発言
「嫌な店入っちゃったな」と思った瞬間片方の兄ちゃんが「う”ーーー」と唸るような声上げてうずくまった
見るとおっさんの手にナイフというよりそれ狩猟用の道具ですか?なゴツい刃物
熱でぐったりしてるのに気が付かなくて、体温高いなー眠いのかなー?って思ってた新米アホ母だった私。
お風呂に入れようとして全部脱がせたところで息子の首がガクン!と勢いよくのけぞったんだ。
そばにあった洗濯機にガーンって当たってからの首ガックンだったからパニックになって「息子の首が折れたあああ!!!」って一人で修羅場。
そのあと救急車呼んだんだけど、「119って何番だっけ!?」とガチで叫んでたorz
そんな息子がアラサーの仲間入りをした今ではネタ話になってるけど当時はほんと怖かった。