ほんとに死にたい。
片思いの人が他の男といちゃいちゃする想像をすると発狂しそうになる。
7時から書き始めてさっき完成したばっかなんだ。
晒すわ。
おれもこの間失恋したよ
恋愛対象として見れないってさ・・・
痛い文章になってるかもしれないけどそれは我慢してくれ。
引きこもり始めてからもう二年が経っていた。
まずい、そろそろ何か行動しなければ、非常にまずい。
俺の中の焦燥感は、ここにきて日ごとに増していた。
現在は親からの仕送りで辛うじて生活しているが、いつ愛想を尽かされるか分かったもんじゃない。
仕送りが途絶えた時、俺は田舎にある実家へ強制送還されるだろう。
なんだよ、それ。
大学を中退して、引きこもって、最後は結局田舎へ逃げ帰る……。
そんなのただの負け犬じゃないか。
親元に戻るのだけは避けたい。
その為には経済的に自立する必要がある。
という事で、俺は今バイト探しをしている真っ最中だ。
求人広告を当てに俺でも働けそうなアルバイトを探す。
長らく人と接していない俺に、接客を要する仕事は無理だろう。
だから選ぶとすれば工場等の単純作業系にすべきだろう。
しばらく求人情報を吟味した後、俺はパン工場の広告に目をつけた。
ここなら自給も悪くないし、俺でも出来そうな仕事内容だったからだ。
ひたすら時間が立つのを耐え凌ぐライン工は、長く引きこもっていた俺にはうってつけの仕事だろう。
携帯を持つ手が震えた。心臓がどくどくと激しい動悸を立てる。
ただ電話をかけるだけなのに、何故こんなに緊張しているのか自分でも分からない。。
『はい。こちら山田パン工場の竹丘ですが』
「あ、あのぅ……。そちらの方でアルバイトの募集をしているそうですが……」
俺は予め用意しておいたメモの台詞を読み上げた。
『あぁ、アルバイトの方ですか。年齢と電話番後を聞かせてもらってよろしいですか?』
「年齢……、ですか?えーと、にじゅういちですが……」
『大学生の方ですか?うーんそれだとちょっと厳しいかもしれませんねぇ。こちらとしては週五は入ってもらいたいんですよねぇ」
「じ、時間の方は大丈夫です。暇なんで、いつでも入れますから」
『そうなの?大学の方の都合は大丈夫?』
どうやら俺が大学生という前提で話が進んでいるらしかった。
「ええ。今、ちょっとした理由で休学中なんで」
大学は中退しました、なんて言えるわけもなかった。
『ははぁ。休学ね。なんで休学してるの?』
「病気で身体を壊してしまいまして。ははっ……」
『うーん。うちの仕事は結構きついけど大丈夫?』
「はい。最近は調子もよくなってきましたし……」
バイトの面接でここまで追及されるのは、正直予想外だ。
このパン工場には、仮に採用されたとしても行きたくなかった。
俺は求人広告を頼りに、他にも二件の面接を申し込む事に成功した。
いずれも大学休学中という嘘で何とか場を凌いだ。
履歴書でも退学については触れるつもりはない。
友人宅で、俺は懐かしい仲間たちとテレビゲームに勤しんでいた。
俺は輪の中に溶け込み、無邪気な笑顔を見せている。
心の底から笑っていた。
心の底から楽しいと思っていた。
友人たちとの無邪気にはしゃぎ合い、さぁまだまだ遊ぶぞ、そう思った矢先。
目が覚めた。
現実に引き戻された。
なれない電話をしたせいで疲れてしまったのだろう。
時計の針は既に午後十一時を指していた。
どうやらまた昔の夢を見ていたようだ。
俺の頭は、メランコリックな気分で浸されていた。
ただ寝ていただけなのに、呼吸は荒く、息が詰まる。
枕が微かに湿っていた。
また小学生時代の夢を見てしまった。
思えばあの時が人生のピークだったのかもしれない。
あの時は、心の底から人生を謳歌していたように思う。
毎日毎日、何をして遊ぶかを友人たちと計画しあった時間にはもう二度と戻れない。
そんな当たり前の事実が、俺の心をどうしようもないくらいに締め付けた。
大学中退という立場に引け目を感じていた。
だからそれをひた隠しにしているのだが、そんな自分が無性に虚しい。
そしてその虚しさは、心の中の孤独感を増大させた。
蒸し暑い夏の熱気に包まれた部屋の中で、俺はひとり溜息をつく。
起きる気力も、部屋の灯りを点ける気力も沸かない。
俺は屍のようにただ何もせず、ぼうっとするのだった。
季節は移り変わり、空気は既に肌寒い。
三件とも不採用に終わった俺は、再び引きこもり生活を送っていた。
いや、厳密に不採用になったのは二件だ。
最初に電話をかけたパン工場は、面接会場へ赴くことすらできなかったのだから。
三ヶ月かけて、ようやく心の傷は癒えてきた。
不採用通知が届いたときは、自殺してやろうと思うほど精神的に追い込まれたいたのだが、今は何とか立ち直れている。
俺は三ヶ月ぶりに求人広告を眺めた。
やはり選択肢としては工場系のバイトしかないだろう。
接客なんて俺には無理なのだか―――
コンビニの求人情報に目が留まった。
コンビニ……。
バリバリの接客業であり、俺に勤まるとは到底思えない。
しかし待てよ。
案外そんな事はないのかもしれない。
コンビニ……、そうさ、所詮コンビニだろ。
金髪のちゃらちゃらした不良野郎でも勤まるバイトじゃないか。
いくら引きこもりの俺だからといって、コンビニバイトくらいは勤まるだろう。
そもそも脱引きこもりの為に、接客業をするという考え方もあるじゃないか。
そうさ、俺はコンビニアルバイトを通して人間力を培い、全うな社会人へと昇華するんだ!!
俺はいきり立った。
そしてその勢いで携帯のボタンをプッシュする。
所詮コンビニ、所詮コンビニ、所詮コンビニ……、心の中で何度もそう唱えると、不思議と気持ちが楽になる。
俺はハイになった勢いのまま、面接の約束を取り決めることに成功した。。
ノリに乗っていたからだろう、大学を中退していることは素直に告げてしまった。
俺はコンビニのバックルームで面接担当者、即ちオーナーと面談をしていた。
バックルームは予想以上に狭かった。部屋というよりも、廊下といった方が適当な広さだ。
狭い通路上に置かれた椅子の上に俺は座っていた。
そして俺の対面には大柄のオーナーが座っている。
狭い部屋に大柄の男、雑然と詰まれた商品の山、それらの全てが俺を圧迫しているように感じられた。
「君が、池田君かい。始めまして、オーナーの山田です」
オーナーの太い声は妙な威圧感を放っている。
それにしり込みをしてしまうが、何とかそれを表面に出さないように気をつけた。
「あっ、始めまして。池田辰雄と申します」
「えーっと、大学は中退したんだっけ?」
「えっ、ええまぁ……」
「東西大学か。中々優秀な所なのにもったいないね」
オーナーは嘘偽りのない俺の履歴書を見ながら言った。
「ははっ、まぁ、そうかもしれませんね」
乾いた声で愛想笑いを浮かべたつもりだが、もしかしたら引きつった表情になっていたかもしれない。
中退の話はそれ以上詮索してこなかった。
どうやらこのオーナーは分別のある人のようだ。
まぁいいよ。
俺の駄文なんかに価値はないしな。
寂しい。
助けて。
死ぬ。
まじで死ぬ。
待ってる俺の身にもなれ
一人でも読んでくれる人がいて嬉しい。
泣けてきた。
厳しい突込みを何度も入れられた。結果には期待しない方がいいだろう。
やはり駄目か……、という諦念が湧き出てくる。
バックルームを後にする際、「内の店は厳しいけど、大丈夫?」っとオーナーが問いかけてきた。
こてんぱに言いくるめられた俺は「はは……」と愛想笑いを浮かべることしかできなかった。
一週間後、コンビニ側から電話がかかってきた。
「はい、もしもし。池田ですが」
「あっ、池田君。採用の方向で考えてるんだけど――」
俺は自然とガッツポーズをしていた。
ここまでが第一章です。
このノンフィクション小説を読んでもらいたい。
固有名詞以外はほぼ実話。
ノンフィクションなのは結末見れば分かるはず・・・
寒さが本格的になった十一月。
しばらくは研修生という形での勤務になる。
夕方から夜にかけて、俺のシフトが入っていた。
「はじめまして。長谷っていいます。よろしくお願いしますね」
そういって挨拶してきたのは、高校三年生の女の子だった。
俺は今二十一だから、三つくらい年下という事になる。
年下の女子高生といってもバイト先ではれっきとした先輩だ。
俺は敬語で丁寧に挨拶を返した。
しかし、年下の先輩というのも気乗りのしないシチュエーションだ。
年下にこき使われると思うと心底憂鬱な気分になってしまう。
贅沢を言うなら、明るく陽気なおばちゃん先輩がよかったのに。
俺の鬱蒼とした気分は、すぐに長谷さんの振る舞いによって塗り替えられた。
長谷さんはとても穏やか性格で、一つ一つの仕事を丁寧に教えてくれた。
実際、俺の不出来具合はひどいものだ。
長らく引きこもってたせいもあるのだろう、単純なミス、物覚えの悪さ、軽い対人恐怖、悪い要素の全てが合わさっていた。
長谷さんも内心では俺に呆れている事だろう。それでも尚、長谷さんは俺に優しく仕事を教えてくれた。
使えない俺とは対照的に、長谷さんの仕事っぷりは目を見張るものがあった。
とても高校生とは思えない要領のよさに、勝手に自分と比較して羞恥心を覚えてしまう。
年下に頼ってばかりはいられない。俺も早く上達しなければ。
その思いが、俺のモチベーションを向上させた。
接客というのは、いざやってみると以外に何とかなるもので、既に客への応対に余裕が生まれていた。
しかし、依然として、細かいミスや分からない作業は多いままだ。
長期の引きこもり生活は脳に深刻なダメージを与えていたのだろうか?
既に俺は長谷さんに心を開いていた。
気軽、とまではいかなくとも、簡単な雑談程度なら持ち掛ける事はできる。
客の姿がない時間帯を狙って、俺は長谷さんに話しかけてみた。
「長谷さん。俺、ミスばかりしてすみません」
「ううん。最初はみんなそんなもんだよ。だってバイト初めてなんでしょ? なら仕方ないって」
人懐っこいその笑顔に、俺は一瞬はっとしてしまう。
「本当ですか? 俺に気を使ってるとかじゃなくて?」
「またそうやって人を疑うんだから」
そう言って長谷さんは俺の背中を軽く小突いた。
心臓がどきっと音を立てる。
「はは。はははは……」
俺は誰もいないアパートの一室で呟いた。
数年ぶりに若い女の子と接する機会ができて、気分が高揚しているのかもしれない。
長谷さんとの会話を思い起こし、一人にやけ面を浮かべていた。
いつものようにバラエティ番組を見ている時も
いつものようにインターネットで掲示板に書き込みをしている時も
いつものようにアダルトサイトで自慰行為を行っているときも
長谷さんの事を頭のもう半分で考えている自分がいた。
これは紛れもなく恋の前兆だ。
このまま行けば俺は間違いなく長谷さんに惚れてしまうだろう。
この手の思いが本格的な物になるとどうなるか、俺は知っていた。
碌な結末にならない。
俺が培ってきた経験則からそれは断言できる。
俺のような人間に、恋なんて似合わないんだ。
俺に恋愛は必要ない。
俺に―――。
だからちょっと可愛い女の子に優しくされると、すぐに惚れてしまうような状態になっているのだろう。
俺の長谷さんへの思いは日に日に強まっていった。
いつしか俺は長谷さんと俺が仲良くいちゃつく妄想をして楽しむようになっていた。
ひょっとしたら、長谷さんも俺の事が好きなのかも?
八方美人の長谷さんは、俺にそんな疑惑すらもを抱かせた。
結ばれるか、結ばれないか。
それはともかく、俺の毎日は明るく楽しいものになった。
長谷さんの事を考えているだけで心が躍ってしまうし、バイトの時間が待ち遠しくなる程だった。
「長谷さんって、進路決まってるんですか?」
「うん。四月から専門学校行くんだ」
四月か。
専門学校へ行くというなら、その時は彼女もこのコンビニを辞めている事だろう。
今は初冬。
四月まではまだ時間がある。
それまでに長谷さんとの関係をもっと深め、最終的には―――。
初冬といえば、もうすぐクリスマスだ。
長谷さんはクリスマスに何か予定が入っているのだろうか。
機会があればさりげなく聞いてみよう。
俺と長谷さんは勤務時間が終わり、バックルームで帰宅準備をしていた。
オーナーは真剣な表情で、業務用PCをいじくっている。
「そういえばオーナー。再来週の二十五日なんですけど。用事が入っちゃったんで、シフト交換したいんですが」
長谷さんが言った。
「二十五日……、おっ、クリスマスの日か」
その言葉を聞いて、俺の身体は氷のように硬直した。
「もしかして彼氏とデートでもすんのか?」
オーナーがにやけ面で聞いた。
「どーでしょうかねー。ふふふふふ」
長谷さんは笑ってごまかす。
俺はその笑いが肯定の仕草だと察してしまう。
少しでも長谷さんと結ばれる可能性を考えた俺が愚かだった。
ついさっきまでのアホ面を浮かべてた俺自身をぶん殴ってやりたい。
一体何を自惚れていたのだろう。
そうだよ。思い出せ。
俺はついこの間まで引きこもりをやってた屑人間だぞ。
今だって定職もなくフリーターをやっている駄目人間だ。
そんな奴に、これから新たな進路へ進もうとする前途有望な少女が、好意を抱くはずがないじゃないか。
動揺のせいだろうか、体中を汗が伝った。
そしてその汗と一緒に流れ落とされたのだろうか、俺の長谷さんに対する熱は信じられない程急激に、すぅっと引いていった。
さっきまで恋焦がれてたとは思えない程に、俺は長谷さんへの興味を失っていた。
彼女がイケメン彼氏とデートへ行こうがどうでもいいじゃないか。
元から俺の介入できる領域の話じゃないんだ。
そう、彼女のプライベートと俺の想いは、一ミリたりとも重なり合わない。
だから、どうでもいいじゃないか。
そうだろ?
クリスマスの日。
長谷さんの変わりに、小鳥遊美由紀がシフトへ入った。
小鳥遊とかいて”たかなし”と読むらしい。
小鳥が遊ぶのは天敵のいない場所。そして小鳥の天敵は鷹。
だから小鳥遊でたかなしと読ませるらしい。
スレンダーな身体が印象的な娘だ。
俺が小鳥遊さんと同じシフトに入るのは始めての事だった。
長谷さんから聞いた話によると、今年でニ浪目の浪人生らしい。
つまり俺の一歳年下って事か。
かなり高偏差値の大学を志望しているとの話だ。
女の子にしては珍しいタイプだろう。
レジカウンター内で二人っきり。
客の姿はなかった。
今こそ話しかける絶好のチャンス。
長谷さんのおかげで、俺はだいぶ人と接することに慣れていた。
話しかける事くらいなら、かろうじてできる。
「はい。そうですよ」
小鳥遊さんは長谷さんと違って、いきなりタメ口を使ってくる程フレンドリーではないらしい。
「じゃあもうすぐ入試ですね。調子はどうですか?」
「まぁ、今年こそはって感じですかね」
「そうっすか。頑張ってください」
「ありがとうございます」
これ以上会話は広がらなかった。
どうやら小鳥遊さんもおしゃべりが得意なタイプではないらしい。
仕方がないので、俺は寡黙に仕事をこなして行く事にした。
会話もないまま、黙々と仕事をしていると、ハプニングが起こった。
明らかにガテン系のごっつい親父が俺のいるレジに来て
「おぃ。これ宅配便でおくりてーんだけどよ」っと一言。
「申し訳ございません。こちらの方で宅配便は承っていないんですよね……」
「あっ、嘘つくんじゃねーよ!! 他の店舗ではやってもらえたっつーの! あぁ!? あんちゃん、ワレに喧嘩売っとんのか、ゴラァ!!」
ガテン系の親父はそう叫ぶと、カウンターを拳で叩き付けた。
その迫力に圧倒され、俺の軽いパニック状態になってしまう。
「あ……、えーと……、そのー、ですね……。こちらの方で宅配のサービスは……」
「あぁ!! はっきりせんかゴラァ!! うじうじしとるんじゃねーぞ坊主ぅ!!」
最早、俺にはどうすることもできない。
丁度今、オーナーは外に出かけてたはずだ。
誰にも助け船を出してもらう事ができないじゃないか。
どうすればいい、どうすればいい、どうすればいい!?
「さっさとしろよ! こっちは時間がないんじゃ!!」
「こちらの方で宅配便を受け付けることはできませんので、お引取りください」
誰かが凛とした声で、ごろつき親父に一言言い放った。
いつの間にか俺の横には小鳥遊さんが立っていた。
「あっ!! なんじゃその物言いは!! コンビニ店員の分際で偉そうな口を聞きおってぇ!!」
「こちらで宅配便は受け付けておりませんので。他のお店を当たってください」
小鳥遊さんは堂々と言った。
怯えた要素は億尾にも見せていない。
「おのれぁ!! ふざけやがってぇええ!!」
「あまりしつこいようなら警察を呼びますよ」
警察という単語に男は怯んだ。
どうやら警察を呼ばれるのは、まずいらしい。
「っち。糞が。覚えとけよ!!」
捨て台詞を言い残し、ガテン親父は去って行った。
「す、すごいですね。よくあんな堂々とした応対ができますね」
「大抵のクレーマーは、警察の存在をちらつかせれば引きますからね」
そう言って、小鳥遊さんは笑って見せた。
俺はその笑みの虜になってしまった。
どうやらまた恋をしてしまったらしい。
長谷さんへの想いが冷めたと思ったのに、すぐに違う人を好きになってしまうなんて。
やはり、長い間孤独を強いられていたのが大きいのだろう。
人の温かさに触れると、すぐに惚れてしまうようだ。
しかし生憎、俺と小鳥遊さんのシフトは重なっていない。
この前のクリスマスのように、シフトの交換でもない限り、また二人で仕事をする事はできないだろう。
俺は小鳥遊さんの事を想いながら、会えない事をもどかしく想いながら、しばらく仕事を続けていた。
事体が急転したのは一月の中旬の事。
どうやら長谷さんが進学を理由に、一月いっぱいで辞めてしまうらしい。
長谷さんのいなくなった埋め合わせで、毎週木曜日の夕勤で小鳥遊さんと組める事になったのだ。
嬉しいニュースだった。小鳥遊さんと会う理由ができたのだ。
失礼な話かもしれないが、この機会を生み出してくれた長谷さんには感謝をしなければいけない。
俺は一ヶ月ぶりに小鳥遊さんとの再会を果たした。
彼女の身体は相変わらず華奢で、か弱いイメージを持たせた。
俺は胸中でサンバのように弾んでいた。
この日の為に考えてきた面白い話をして、小鳥遊さんと親密になろうと目論んだ。
目論みは成功したらしく、小鳥遊さんは俺の考えたくだらない小話に、関心を引いてくれた。
俺はますます小鳥遊さんの事が好きになった。
それからの一週間は長かった。
毎日毎日、小鳥遊さんの事を想い続ける日々。
小鳥遊さんに会える木曜日をただただ待ち焦がれていた。
この時期から、俺はダイエットを始めた。
引きこってたせいで、全体的に脂肪がついていた。
それでも中肉中背程度なのだが、痩せれば痩せる程女の子にもてるというのが俺の持論だ。
俺は軽い食事制限と、中距離のジョギングを日課にしようと試みた。
「入試、どうでした?」
「まぁまぁ、って感じですかね。悪くはなかったですよ」
「よかった。受かってるといいですね」
「はい。ありがとうございます。もし受かってたら、それはきっと池田さんのお祈りのお陰ですね」
そう言って、小鳥遊さんは笑って見せた。
そういえば俺がお祈りしたから大丈夫だ、なんて話をしてたっけ。
彼女がしょーもない俺の小話を覚えていてくれた事が嬉しかった。
しかし、白状すると、俺は本心では彼女に受験を失敗して欲しいと思っていた。
もし受験に合格して進学を決めてしまえば、彼女がバイトを辞めてしまう可能性は高い。
それに、もし受験に合格して有名大学へ進学してしまったのなら、俺の立場がないじゃないか。
大学中退の元ヒッキー。
高学歴エリートに囲まれて生活をする彼女が、こんな情けない男に心を寄せる理由がないのだ。
小鳥遊さんの合格を本心から祈れない自分の心は、薄汚れているのだろうか?
いや、違う。人間、誰しも同じような思考は持っている物さ。
この手の黒い感情は、誰もが皆、心の中にひた隠しにしているのだ。
俺の小鳥遊さんへの想いは、未だ強くなり続けていた。
小鳥遊さんが愛おしくて、愛おしくて仕方がない。
長谷さんに抱いていた恋心が、そこらの蟻んこ程に思えるくらいに、俺は小鳥遊さんを慈しんでいた。
しかし今は、毎日が辛く、苦しい。
一週間に一度しか会えないというが辛いのもそうだが、小鳥遊さんに思い焦がれるあまり、胸が張り裂けそうになる。
彼女が他の男と性行為をする妄想を勝手にして、勝手に怒り狂っている自分がいた。
老婆になった彼女が「あの時は楽しかった」と昔を回顧する妄想を勝手にして、勝手に涙を流している自分がいた。
彼女が欲しかった。ただただ彼女が欲しかった。
肉欲ではない。彼女の温もりが欲しかった。
性行為はいらない。布団の中で、彼女と抱き合い、温もりを感じたかった。
彼女を独占したかった。
彼女が他の男に取られてしまうのではないかと、気が気でなかった。
痩せなくてはいけないという強迫観念が頭を襲う。
今や俺は一日に千カロリーも摂取していなかった。
腹が減って辛いときも彼女の事を考えれば、なんとか頑張る事ができた。
それでもどうしても空腹に耐えられなくなった時は、好きなものをたらふく食べた後に、トイレに戻した。
痩せなくては、痩せなくては、痩せなくては……。
二月 三週目。
「あれ? 池田さん、少し痩せました?」
小鳥遊さんのその指摘を受け、俺は喜びに打ち震えた。
ダイエットの効果が早くも現れた事、それを彼女に気づいてもらった事に、俺は心の中で歓喜した。
しかしそんな喜びの色も、すぐに打ち崩されてしまう。
「あっ、そういえば。私、大学受かりましたよ」
膝からがくんと崩れ落ちそうになる。
「すげー! おめでとうございます。俺、すっごい嬉しいっすよ」
もちろん仮初の言葉だ。本心ではかつてないほどに動揺していた。
「所で、何処の大学受けたんですか?」
俺はおそるおそる訊ねた。
虚脱感が身体を支配し、その場で崩れ落ちそうにった。
「すげー……、旧帝すか」
帰宅途中、俺は一人咽び泣いた。
旧帝の奴らに、元引きこもりフリーターの俺が勝てるわけないだろ……。
おまけに二流大学中退だしな。
諦念の気持ちが沸いてくる。
高学歴の奴らが、彼女といちゃつく妄念に、頭が狂いそうになる。
コンプレックスが俺を苛んだ。
一流大学在学イケメン運動神経抜群医学部法学部高偏差値金持ち外車帰国子女政治家天才ノーベル賞芥川賞ジャニーズ官僚。
二流大学中退元引きこもり現フリーター地味ネガティブコミュ障無資格精神病貧乏屑人間駄目人間自宅強制送還。
一流大学在学イケメン運動神経抜群医学部法学部高偏差値金持ち外車帰国子女政治家天才ノーベル賞芥川賞ジャニーズ官僚。
二流大学中退元引きこもり現フリーター地味ネガティブコミュ障無資格精神病貧乏屑人間駄目人間自宅強制送還。
一流大学在学イケメン運動神経抜群医学部法学部高偏差値金持ち外車帰国子女政治家天才ノーベル賞芥川賞ジャニーズ官僚。
二流大学中退元引きこもり現フリーター地味ネガティブコミュ障無資格精神病貧乏屑人間駄目人間自宅強制送還。
一流大学在学イケメン運動神経抜群医学部法学部高偏差値金持ち外車帰国子女政治家天才ノーベル賞芥川賞ジャニーズ官僚。
二流大学中退元引きこもり現フリーター地味ネガティブコミュ障無資格精神病貧乏屑人間駄目人間自宅強制送還。
一流大学在学イケメン運動神経抜群医学部法学部高偏差値金持ち外車帰国子女政治家天才ノーベル賞芥川賞ジャニーズ官僚。
二流大学中退元引きこもり現フリーター地味ネガティブコミュ障無資格精神病貧乏屑人間駄目人間自宅強制送還。
一流大学在学イケメン運動神経抜群医学部法学部高偏差値金持ち外車帰国子女政治家天才ノーベル賞芥川賞ジャニーズ官僚。
二流大学中退元引きこもり現フリーター地味ネガティブコミュ障無資格精神病貧乏屑人間駄目人間自宅強制送還。
一流大学在学イケメン運動神経抜群医学部法学部高偏差値金持ち外車帰国子女政治家天才ノーベル賞芥川賞ジャニーズ官僚。
それらの言葉が俺の頭の中でぐるぐると回る。
道を走る車に飛び込みたい衝動が沸くが、彼女の笑顔を思い出し何とか抑制した。
まだ、まだ可能性はあるさ。
コンビニ強盗が彼女を襲うが、俺が命を張って強盗を撃退。
彼女は命がけで自分を守ってくれた池田辰雄にラブ。
ははっ。ありうる。なんだ、まだ可能性はあるじゃないか。
俺は一人寒空の下で高笑いをあげるのだった
悲劇のヒロインか。
そうなのかもな。
ここまでが第三章です。
もうすぐ終わります。
「大学が始まったらバイトやめるんですか?」
こんな簡単な質問すらも、恐ろしくて出来ないでいた。
既に四月になっていた。
小鳥遊さんの合格報告を聞いてからというもの、俺は彼女と距離を取る様に努めていた。
実らない片思いほど辛いものはない。
少しでも早く冷ましてしまうのが吉だろう。
しかし、そんな思いも、実際に彼女を目の前にすると霧散してしまう。
彼女は眩しすぎた。元ヒッキーの根暗やろうには、あまりにも眩しすぎた。
俺は相変わらず、しょうもないくらいに、彼女の事を想っていた。
体重は小鳥遊さんの出会ってから七キロも減っていた。
これ以上の体重を落とすのは現実的ではなかった。
栄養不足なの生なのか、心が痛めつけられているからなのか、歩くだけでも億劫だ。
脆く儚い精神状態の俺。
彼女の発した何気ない一言が、それに追い討ちをかけた。
彼女が俺の眼前で手刀を振りながら訊ねてきた。
憎たらしいほどに可愛らしいその仕草も、今は胸を締め付けるだけだ。
「しっかりしてください。私、今月いっぱいでいなくなっちゃうんですから」
心臓が爆発しそうになった。
「えっ?いなくなっちゃうんですか?」
「はい。大学が始まるんで、もう辞めちゃうんですよね」
「へー、そうなんですか。大変っすね」
なんと返事をしていいのか分からなかった。
だから何も感じていないかのように、平静を装った。
『貴方がやめたと所で僕はどうも思いませんよ』と主張するかのような態度を取ってしまう。
小学生の男子が好きな娘にいじわるをする心理と同じなのかもしれない。
そこで会話は途切れた。
一瞬、彼女が寂しそうな表情を見せたのは気のせいだろうか。
気のせいだろう。どうせまた俺の勘違いなんだ。
その日、俺は何事もなかったかのように、彼女に別れの挨拶をして、帰宅した。
心に重りつけられたように、胸のあたりに得体の知れぬ重圧感を感じる。
彼女と一緒のシフトは後二回。
その事実が、どうしようもないくらいに、痛烈に心を痛めつける。
帰宅してすぐに、インターネット掲示板に今の心境を書き綴った。
今の苦しい気持ちを書きなぐり、吐露することで、僅かながら心が楽になる気がしたのだ。
恋愛とは全く関係のないスレッドに、一方的な書き込みをし続ける。
住民たちもいい迷惑だろう。しかしこの時の俺に、他人の気持ちを慮る余裕はなかったのだ。
俺の心はそれほどまでに傷心していた。
ラストです。
誰か見てたらレスしてくれ・・・
寂しい
俺は深夜の公園で煙草を吸っていた。
辺りに人の姿はなく、物思いに耽るには絶好の場所だ。
俺はどうしたらいい……?
後二回で、一体何をすればいい?
告白?
愛の告白をすればいいのか?
出来るわけがない。出来るわけがない。
小鳥遊さんに思いを打ち明ける自分を想像すると、例えようのないくらいの違和感に包まれて、身震いをしてしまう。
彼女と自分が仲良くじゃれ合う姿を想像してみるが、どうも現実離れしていて、うまく思い描くことができない。
他の男と彼女が愛し合う姿なら、いくらでも想像できるのに。想像したくなくたってしてしまうのに……。
自分と彼女が結ばれる未来は、どうしても夢想できなかった。
やはり俺には恋愛は似合わない。
今回も、今までそうしてきたように、諦めるしかないのだろうか。
世の男たちと、自分が同じ生き物だとは思えなかった。
彼らは平然と女性に対しがっついてく。
自らがどう思われているかを考えていないのだろうか。
俺には到底無理だ。
自分から行動して女性を虜にするなんて、ありえない、信じられない、魔法のような夢物語。
自ら積極的に行動して、異性から疎まれることを恐れていた。
だって、そうだろ。
俺みたいな奴がアプローチした所で、きもっ、て思われて終わるのが関の山さ。
俺は恐れていた。
自分のような落ちこぼれが、女性に興味を持つ事を恐れていた。
自分が告白している所を想像するだけで、あまりの気持ち悪さに怖気づいてしまう。
自分が自分でなくなってしまうような不可思議な感覚が身を包むのだ。
俺は一生”愛の告白”なんてものとは無縁なのだろう。
それは薄々気がついていた。
例えば明日世界が崩壊し、生き残ったのは俺と小鳥遊さんだけだとする。
そんな境遇に置かされても尚、俺は彼女に気持ちを伝えられないだろう。
俺の心には重い重い蓋がしてあるのだ。
その蓋は、感情の発散を決して許してくれない。
俺がどんなに彼女の事を愛そうと、その蓋はびくともしない。
伝えたい事があろうとも、それを胸中から外へ出すことを決して許すない。
重い、あまりにも重いその蓋は、俺が生きてきた環境の中で、少しずつ培われてきたものなのだろう。
本気で辛いからやめてくれ・・・。
頭がおかしくなりそうになる。
人間はいつかどうせ死ぬ。
例え俺と彼女が結ばれようが、数十年も立てば消え失せてしまう、儚き絆なのだ。
どうせ死ぬんだ。
だから恋愛の一つや二つで思い悩む事なんてないじゃないか。
そう何もかもが無常なんだ。
今まで生きてきた時間、そしてこれから生きていくであろう長い時間。
その中でどんなに頑張ろうと、結局は死んでしまうのだから、馬鹿馬鹿しい。
意味なんてない。
物事の全てに意味なんてない。
みんないつか死ぬんだ。俺も彼女も最後は醜く朽ちて行く定めなののだ。
……。
ニヒリズム。
ニヒリズムに浸ってしまう時、それがどんた時なのか俺は知っている。
現実に絶望して、希望のなくなった人間は、最後にはニヒリストになるしかないのだ。
虚無的な思想で生きていけば、全ての駄目な事に対するいい訳もつく。
後がない人間にとって、使い勝手の良い魔法の思考だ。
どうせいつか死ぬのだからどうでもいい。
そう自分に言い聞かせて、またそれが事実であると分かっているのにも関わらず、俺の胸は薄らぼんやりした不安と、そして彼女への想いが支配していた。。
どんな風に言い聞かせたところで、結局は自分を偽れないのだ。
だからこそ、虚しい……。
そんな未来が来ることを妄信していた。
でも、最近、薄々気がついてきたんだ。
そんな未来はありえないって事を。
受身受身、では俺は一生思い人と結ばれることはないだろう。
ある日突然美少女が?
そんな事あるわけない。
都合よく俺の前に現れてくれる美少女なんているわけがない。
今の俺にとっての美少女は小鳥遊さんじゃないのか?
なら俺は、彼女を手に入れるために、自ら動いていくしかないのでは?
このままでは一生会えなくなってしまう。
なんとかしなくては、なんとかしなくては。
だが俺のような奴が何をすればいいのか検討もつかない。
小鳥遊さんはこれから有名大学へ進学する、明るい未来が待ち受けている身だぞ。
悲観悲観の人生を惰性で過ごしているだけの俺が、そんな彼女にどうアプローチすればいいんだ……。
俺はひたすら途方に暮れた。
結局、次の木曜日、俺は何も行動できないまま無駄に過ごしてしまった。
彼女の笑顔を直視するのが辛かった。
心が一層、傷ついた。
とうとう最後の木曜日がやってきた。
あぁ、何もできていないのに、仕事の時間はもうすぐ終わってしまう。
あぁ、どうすればいい。
俺は内心パニックになっていた。
激しい焦燥感が胸を焼き付ける。
間もなく終わってしまう。後、十分もしたら、俺は彼女と一生合う事ができなくなってしまう。
「池田さん。今までありがとうございました」
そんな悲しい事を言うなよ。もっと一緒にいてくれよ。
「何だかんだで池田さんとのシフトは楽しかったです」
なら辞めないでくれよ。大学なんて行かなくていいから。
「うん。こちらこそ、丁寧に色々教えてくれたから助かりました」
他にいう事はないのか。せめて携帯のアドレスくらいは聞いとくべきじゃないのか!?
「私がいなくなった後も、頑張ってくださいね」
いなくならないでくれよ。頼む。
「はい。今まで本当にありがとうございました」
そうじゃない。他に伝えるべき事があるだろう。
「じゃ、さようなら。お先に失礼しますね」
彼女は軽く手をふると、扉を開こうと手をかけた。
まずい。
まずい。
まずい。
何か気の聞いた事を言わなくては。
せめてアドレスくらいは教えてもらわないと、俺と彼女はもう一生、一生、それこそ本当に一生会えなくなってしまう。
何を。何を言えばいい。
俺は必死に考える。
そして彼女の姿が消えようという時、何とか口を開く。
「さようなら。帰りは気をつけてくださいね」
小鳥遊さんはとこちらを振り向いてにっこりと微笑む。そして軽く会釈をして、扉の向こうへと消えていった。
それが俺のみた、彼女の最後の表情だった。
もう二度と彼女と巡りあう事はないだろう。
俺の生活から彼女の存在が消えた。
残ったのは、喪失感や孤独感。
そして、先の見えない未来に対する、どす黒い不安のみだった。
《END》