「長男嫁だから当然」と親族と夫に言い寄られて、仕方なく私が看取った。
寝たきりの姑の下の世話なんかしたことはなかった。
その間実の親が次々と倒れたのに、私はトメの介護に追われて、
大事な両親の見舞いの一つも行くことはできなかった。
トメは死ぬ直前に「嫁子さんありがとう」と言って旅立っていった。
プライドだけはやたら高く、なにかと嫁と張り合い嫌味三昧で、
何一つ好きになれなかったクソトメだったが、
本人に少しは世話になったという気持ちがあったのだとわかったから、
トメに関しては今はもう怒っていない。
問題は夫。(続く)
「嫁は介護の手抜きをした」と愚痴めかして語っていた。
私が更年期で具合が悪く一時入院したときに、
トメを短期ステイさせたことのことらしい。
「自分の親を姥捨て山に入れておくなんてとんでもない」と言うが、
施設は新しく、病院へ移設で、リゾートホテルのような仕様。
昼間はカラオケを楽しむこともでき、温泉も完備している。
トメだって友だちができて楽しかったと言っていた。
故人を悼む席で騒ぐのは大人げないと黙っていたけれど、
私が身を削って夫の母親に尽くしてきたことが馬鹿らしくなり、
一人になったときに声を上げて泣いた。
それからほどなくして、私の実父が旅立った。
トメに虐められている私のことをよく知っていた父は、
電話でいつも「トメ子さんにはよくしてもらっているか?」と言い、
50を過ぎた娘の私に「お年玉」と称して貯めた小遣いを送ってくれていた。
遠方に住んでいるし、トメがいたから、父が倒れても見舞いにもいけなかった。
(続く)
「お前の親だから、お前が葬式に出れば十分だろう?」と。
「明日は大事な仕事なんだ」と、夫は接待と名の付くゴルフに行く気満々だった。
夫の母を看取るために使った莫大な費用の一部は、
父が年金から絞り出すように貯めた大事なお小遣いもあったのに。
「私は貴方の親を自分の親だと思って、私なりに精一杯尽くした。
トメさんが亡くなってからもトメさんの後始末や、
自分で茶もいれられない貴方の世話で忙しくて、
トメさんが死んでからも親元には数えるほどしか行けていない。
私は婚家のために自分の大事な親を犠牲にしたのに、
貴方はわたしの親を、自分の親と思わないどころか、
別れの挨拶をしたい大事な親戚とすら思ってくれないのね。情けない」
と大泣きしたら、夫はしぶしぶ通夜だけ同行し、葬式当日はゴルフ決行。
「あんなに世話になった私父さんの葬式になぜ夫さんは来ないの?」と
親戚に尋ねられても、まさかゴルフとは言えず、情けなさに涙がこぼれた。
トメは夫への愛情が残っていたから看ることができたけれど、
果たして夫が老いたときに同じように世話ができるのか自信がなくなった。
子ども達が旅立っていった今、熟年離婚の言葉が頭をよぎっている。
虐められてもトメさんに尽くしたあなたは、きっとこのまま夫の介護もしちゃうよ。
しかも、たぶん夫に同情までして尽くしちゃうに違いない。
今、夫が憎たらしいクソでいる間に、ぜひ離婚してください。
そうでなければ、あなたの老後は確実に介護に明け暮れることになるだろう(予言)。
夫の介護だって、きっと嬉嬉としてできるよ。
平成を生きる嫁達は、あなたのした我慢を一秒だって受け入れない。
あなたは最後の「昭和の嫁」。
嗜虐の喜びの中で、生き生きと生きてください。
そんな糞旦那の奴隷にするために>>536さんを育てたんじゃないでしょうに。
そんな思いをしてる娘を残して逝った実父さんは
とても心残りで心安らかではなかったでしょうね。
死ぬまでその自分を奴隷としか思ってない上に
両親まで貶めてるような旦那に尽くすような一生に何か意味がありますか?
516は我慢を美徳とか思ってない?
身も心もズタボロにされていく母親を見ているほうがずっと酷なことだよ。
まずは自分からエネミー脱却する覚悟をしないと仮に子供らが手助けしてくれようとしても
自らその手を払いのけてしまうことになるだろうね。
とにかく資金を確保しなきゃ。
そして親戚達には事実をまんま伝えていいと思うよ。
あなた世間体ばかり気にして身動き取れなくなるタイプかもね。
夜中に目覚めて、寝呆けている夫の横顔を見ていたら、
恨みが噴出して眠れなくなって書き込みをいたしました。
みなさん夜遅くに、たくさんのレスありがとうございます。
私はエネmeでしたが、クソトメを看たところまでは悔いていません。
親戚中に持てあまされたクソババアを、寂しく死なせないで良かったと思っています。
私は自分に対して、嫁として十分なことをしたと胸を張ることができます。
幸いにも(という言葉は適切ではありませんが)ウトはもういません。
嫁としての義理は十分に果たしたつもりです。
夫は間もなく定年を迎えます。
節目としてそのときに財産と退職金を折半して、
新たな人生を歩み出すのもよいかとぼんやり考えたりもしております。
夫に対してはあきれていますが、夫婦としての情もあり、
今さら別れるのも面倒という気持ちもありますし、
確かに世間体も気になってしまうのです。
今まで我慢してきたのに、今さらという気持ちもございます。
ATMとしての夫は優秀ですから、私が家事を提供して、
居を同じくする他人としてならやっていってもいいかとも思っています。
子ども達が「旅立った」のは、巣立ったの間違いです。すみません。
子ども達はそれぞれに結婚し居を構え、孫もできました。
子どもには私と同じ思いをさせるつもりはありません。
お互いの介護費用を貯めて置いて、子や孫の負担にならないように、
施設の手配を済ませておきます。
夫は私に対しては道具扱いですが、子どもに対しては激甘ですので、
今のところ自分の子どもに甘えて苦労かけたいとは思っていないようです。
夫が定年になったら、私も主婦業の一線を退かせてもらって、
今まで我慢していたことを片っ端からやるつもりです。
まずは一人旅をしてみたいのです。
自分なりに精一杯のことをしてきたつもりですが、間違っていたこともあったかもしれない。
そんな今までのことを、ゆっくり振り返る時間が欲しいと願っています。
夫の親族にはずいぶん辛い思いもさせられましたが、
自分が辛いので、いつまでも誰かを恨んだり、悔いたりもしたくないのです。
残りの人生は、自分のために笑って過ごしたいと思います。
実家のお父さんの葬式での旦那の態度とか見てるわけだよね?
何とも言わないわけ?
別に「子どもに頼って生きろ」って言うんじゃなくて、
味方になってもらって1日でも早く新しい人生を始めれば、いいのに。
いわゆる「元祖デモデモダッテ」
夫は>>516が出て行くことなんか夢にも思ってないだろうから
衝撃はあると思うけど。
面倒とか世間体とか言ってるんなら文句言わずに妻を演じてなさいよ。
生き残ってても不思議じゃないから
「旦那を捨ててやる!」と簡単にケリをつけられない人も多いかも。
その年齢になって1人暮らしになるのは
置いて行かれる馬鹿旦那だけの話ではないしね。
ただただその馬鹿旦那を跳ね除けられるぐらいには強くなって欲しいよ。
その親戚の中の比較的信頼できる人には
旦那のついた嘘について事実は伝えた方がいいと思う。
だと思うな。
それなのに「よぎる」とか「ぼんやり思う」程度にしか離婚が現実味ないんだ。
今からちゃんと準備しておかないと、いざ定年となった時に相手が倒れたりして、
憎かったトメ同様看取る羽目になって情が沸いて一生尽くして終了、ってことに
なると思うんだけどね。
でも、516がそれまでに倒れても、夫は絶対何もしないでゴルフいくと思うんだ。
いまどき、こんな奴隷宣言で「胸を張ることができます。」なんて言われてもねえ。
例えそれを偉いとか立派だとか賞賛されても、それがなんの足しになるんだろう。
私は「自分の人生無駄にして、実親への義理も全く果たせないで、バカじゃないの。」
としか思えない。申し訳ないけど。
自省のつもりで自分に対して奴隷になる言い訳してるだけですよ。
「嫁として」を優先して親に寂しい思いさせたのはあなた自身の選択です。
皆が言うようにその糞旦那が引退しても一緒にいて自分の為に時間があるなんて大間違い。
朝から晩まで専属奴隷としてこき使われてあなたの人生終わりでしょう。
ちなみに毎週末接待ゴルフって本当に全部ゴルフだと思ってんの?
愚図愚図してたら、そのうち自分が痴呆になって
はっちゃけたうちの父が虐待介護、ヘルパーなんてとんでもない。
父は家事力低いのに、食事も作ったりしてたけど、ごっちゃ煮で、とても食べれない。
そのうち、もう、自分では面倒見れないから、家からほり出して、
おかげで施設に待ちなくて入れたけど、自由になった母は、すでに痴呆で
旅行にも連れていけない(徘徊するから)そのまま施設で、
いつもテレビ見てぼ~~っと過ごしているよ。
お金はあるけど、何もできない、でも、仕方ないね。
自分で離婚する勇気なかったんだから・・・と思っている。
最終的に、
夫は死ぬ直前に「516ありがとう」と言って旅立っていった。
プライドだけはやたら高く、私の実家のことなど一切気にしない、
夫婦の情だけでうん十年一緒暮らしてきたクソ夫だったが、
本人に少しは世話になったという気持ちがあったのだとわかったから、
夫に関しては今はもう怒っていない。
私は奴隷でしたが、クソ夫を看たことは悔いていません。
ATMとしてしか機能しなかったクソ夫を、寂しく死なせないで良かったと思っています。
私は自分に対して、嫁として十分なことをしたと胸を張ることができます。
って言って、最終的に本人旦那も満足した人生を送れるんじゃない。
まあ、外野のエネミースレの住人はイライラするだろうけど。
不幸だったのは父親だけだと思う。
>トメに虐められている私のことをよく知っていた父は、
>電話でいつも「トメ子さんにはよくしてもらっているか?」と言い、
>50を過ぎた娘の私に「お年玉」と称して貯めた小遣いを送ってくれていた。
いい年した娘が最後の最後まで心配掛けて。