同じクラスに、どう贔屓目に見ても、養護学校の方が相応しいだろ…というレベルの
池沼がいた。担任がその母親だったんだ。
この担任、池沼をゲロ甘く育てていたので、俺達は授業中に突然発せられる奇声や
理解不能な感情の爆発に振り回されることになった。
更に悲惨だったのは、週替りで「お世話係」に任命される女子だ。というのも、男子の
言うことはまったく聞かない。
女子ならば、ベタベタ甘えるという被害はあるものの、何とか言うことを聞くんだ。
この担任、池沼をゲロ甘く育てていたので、俺達は授業中に突然発せられる奇声や
理解不能な感情の爆発に振り回されることになった。
更に悲惨だったのは、週替りで「お世話係」に任命される女子だ。というのも、男子の
言うことはまったく聞かない。
女子ならば、ベタベタ甘えるという被害はあるものの、何とか言うことを聞くんだ。
うちの近所には大きな市場があって
みんな買い物にはスーパーじゃなくその市場に来てました。
Aさんはいつもベビーカーを押して来場。
ベビーカーには本物の子どもじゃなくて人形が乗ってます。
Aさんは15年くらい前に不幸な事件で子どもをなくして以来
ベビーカーに人形を乗せて来るようになったんだけど
その他のことではまったく普通だし、いつもにこやかないい人だから
みんなそのことには触れず
Aさんと挨拶したり立ち話したりしていました。
私の黒い過去は、嫌いな上司の不倫を匿名で、人事部にチクったこと。
多少、尾ひれは、つけたけどね。
兄や姉達は、母にとてもよくなついていったらしい。
いくら産みの親とは言え、自分をほったらかし遊びほうけ、
迎えに来た後もろくに世話しない母親達より、
愛してくれ叱ってくれる私の母を兄達は選ぶようになった。
兄達はいつも、「帰りたくない」とごねるようになった。
そしてその頃から、兄達の体には傷が出来始めた。
私の母と、兄達の母達との話し合いが始まった。
「そんなにうちの躾が気に入らないなら引き取れ。
100万もあればそっちによこす。」
と、兄達の母達は言ったらしい。
結局それが結論であり、さらにいろんなゴタゴタを乗り越え、
兄達は私達家族の一員になった。
どんなゴタゴタがあったのかは、未だに詳しくはわからない。
父は口を固く閉ざしたままだ。
なかなか止みそうも無いので同僚♂(酒が飲めないので烏龍茶オンリー)がリーマン達に向って
「イイカゲンにしろ! 会社で相手にされないからって外で憂さ晴らしするな!」と一喝。
偽イッセーは「あんだとー 生意気なガキがっ」と言って飲んでいたチューハイを同僚にかけた。
俺は「コノヤロー」と言ってそいつに掴みかかろうとしたが同僚が止め冷静な口調で
「私はこういうものですが名詞頂けますでしょうか」と濡れたスーツから名刺を出して相手に訊ねた。
リーマン3人はさすがにマズイと思ったのか名刺は受け取らずに「申し訳ない」と謝ったが
偽イッセーだけは「ウルセー バカヤロー」と荒れ放題で詫びる様子も無い。
結局リーマン達はそいつを引きずるようにして慌てて店を出て行った。
店の人に「あの人達はどこの人たちか解る?」と聞いたら近所にある銀行の行員らしい
ホテル誘うのなんて、数え切れないほど誘ったよ。結局理由つけて行ってくれない。
みんなの話を聞いて、俺が与えた環境が妻にとって最悪だということが解った。
改善する為に、親と妻との間をとったつもりだったが、腹を括るわ。
仕事や経済的理由で、俺の両親や妹も同居しているが、それによりストレスMAXなんだと。
毎日毎日、愚痴や悪ロを聞き、辛い。
挙句、子育てレスだった夫婦生活に耐えられない俺が、風呂屋行ったのがバレて、それが原因なんだと。
俺も小遣いもないし、ストレス在るのは妻だけではない。
ある日泥酔して妻とケンカし、毆ってしまったらしい。
それから俺は酒をやめ、1人で遊びにも行かず、妻のストレス軽減の為に神経をすり減らしている。
それでもタバコやめられないんだとさ…