夏バテを拗らせてご飯が食べられなくなった
更に肺炎にもなって、栄養失調+肺炎で入院した
入院中突然肺と心臓に水が溜まり出して集中治療室に入れられた
薬の拒否反応らしいけど、毎日試験的に違う抗生剤を使ってたから
どの薬の拒否反応だか分からないと言われた
もう面倒見れないと転院させられた
入院中突然肺と心臓に水が溜まり出して集中治療室に入れられた
薬の拒否反応らしいけど、毎日試験的に違う抗生剤を使ってたから
どの薬の拒否反応だか分からないと言われた
もう面倒見れないと転院させられた
うちも子供の頃ぜんそく発作でひゅーひゅーぜーぜー言ってた時「気持ち悪い」「その音うるさい」「わざとらしい」「病院に行ったらすぐに治る癖に」「ぜんそくは甘え病」等々、散々だった。
発作中に一通りのお説教をもうろうとした意識で聞いてから、夜間急に行ったら即入院だった
それから20年後、50過ぎの毒が加齢性?の気管支炎持ちになった。
要は年取って気管支が弱ってるらしい
小程度の発作が出た時に「あんたならこの息苦しさ分かるよね?」と宣ったので「分かるよー。あの時のお母さんはそんな状態の私に、(上で言われたこと)って言ったよねー。お母さんこそ、私のあの時の息苦しさがよく分かるでしょww」
「食器片付けるのもめんどくさいとか、腕一本上げるのもしんどいとか言ってるけど、私が子供の頃、それ言ってもお母さんは「何言ってるの!早くしなさい!!」って怒ったじゃんww」 って返事したら、ぐぬぬってなってた
因果応報だとは思うけど、親にこんな言い方する自分も歪んでるわ
いとこが同じくぜんそく持ちで、発作が起きた時は叔母に「大丈夫?吸入使う?しんどいなら横になってなさい」ってすごく優しく接してて、感動やら切ないやら羨ましいやらで泣きそうだった
いとこは今はすっかり健康体
一方自分は今もずっと虚弱体質のまま
私は田舎出身で5年前に上京した。
妹が二人おり真ん中の妹(以下妹A)は以前からこっちにいたが、私は一番下の妹(以下妹B)と一緒に出て来た。
上京して1ヶ月があったある日の朝、父から電話があり、『妹Aが駅前をふらふらしてて警察に保護された』との内容
酔っ払って前後不覚になったか?と思い、めんどくさいながらも引き取りに向かっている途中警察から『着替えと靴を持ってきてください』と電話
なぜ?と思い詳しく内容を聞くと、なんと保護された時には全.ネ果だったとのこと。
この時点でかなりの衝撃だった。
また嫌な予感もしていた。
警察に着くとロングのジャンパーを着せられてうなだれている妹A。
見知っている妹とはなぜか他人のように見えた。