Sは授業中寝て夜中ずっとネトゲ廃人という生活をその当時からしており、先生からの心証は最悪。
よって、まあ見つからないように仕返しをすればSが私を怪しいといっても誰もSを信じるはずがない。
仕返しの舞台は図書室。この学校の図書室は学生かばんに貸し出し手続きをせずに本を持ち出される被害が多かったため、
試験的に図書室前に棚を置いてそこにかばんを置いて入室することになった。
10年間会うことはおろか連絡のやり取りもしていなかった小中の同級生から披露宴の招待状が届いた。
事前に共通の友人を介したメールをもらっていたのもあり、参加に丸を打ち返信ハガキを出した。
正直、私は人数合わせか祝儀要員なんだろうなぁと思っていた。
というのも、彼女は団体行動が苦手で勉強も運動もソコソコ、太っていたり毛ジラミがあったり宿題もやらずによく先生に怒られていたり母子家庭で色々と複雑だったりと、学年で悪い意味で目立っていて友達があまりいなかったから。
私は偶然クラスが9年間一緒で、一緒に遊んだり勉強をみたりしたから、呼びやすかったんだと思う。
私は人生で引っ越しを一度しかしたことがなく、結婚して子供が産まれてから、引っ越しといっても実家から車で5分。
なので友達関係も今までと変わらずでした。
新居(といってもアパート)に引っ越した祝いにと、友達6人程で自宅でお食事会をする事に…。(その日旦那は出張中、息子は義実家にお泊まりに)
まず小学校から友達だったAと私が合流して買い出しに。
その日は金曜日だったのですが、翌週の月曜に払わなくてはいけない支払いがあり私の財布には食費と別に折りたたんで5万円が入っていました。
どんな名前かと聞いてみたら『透清(クリア)』ちゃん。
いつまでも穢れなく、清らかでいてほしいという願いを込めたらしい。
普段の俺なら言葉を選ぶのだが、それまでに飲んでいた酒が、言葉を包むべきオブラートを溶かしていた。
A子とは小学校低学年からの付き合いでそこそこ仲が良かったと思う。
小学校5年生春のある日曜日、A子の家に遊びに行ったときのこと。
A子の部屋へ行く前にいつもリビング(台所併設)に寄って、飲み物とお菓子を分担して持っていく私たち。
その日もA子と一緒にリビングに入ると、そこには彼女の父親がいた。
私はお邪魔しますと軽く挨拶するとA子が飲み物などを用意してくれるのを待っていた。
スペースの都合上、A父の座るソファーの脇だったのだけど・・・
それから20年経って、Aが70代の男性とフリンして訴えられた。
兄が居なくなるという漠然とした恐怖に襲われてわんわん泣いていたが、しばらくすると誘拐されたはずの兄貴とその友人があらわれた。
兄貴に聞くと、車で誘拐されたが隙をみて逃げ出してきたらしい。
そのまま3人で遊んでると父が戻ってきて、俺と同じように兄を見て驚いた。
友人は当時家政婦をやっていた。
それで当時母一人子一人のお宅にお手伝いさんに行くことが決まり、そこの家のお手伝いさんをやっていた。
そこのお宅は当時30代前半の奥様が会社を経営していてとても忙しく、離婚したばかり。
幼稚園児だった娘さんの世話が十分にできないため、お手伝いさんを雇うことにしたとか。