友達に貸すことも多かったんだけど、大抵はお互い貸し借りしていて、円満にやっていた。
でも、中学一年の時に図々しい数人が出現した。
みんなに貸していた漫画の続刊を、私が買えなかったことがあった。
他にお小遣いを使うことがあったり、タイミングが合わなかったりで。
するとその子達が「無責任だ、発売日に買ってちゃんと貸すべき」と言い出した。
でも、中学一年の時に図々しい数人が出現した。
みんなに貸していた漫画の続刊を、私が買えなかったことがあった。
他にお小遣いを使うことがあったり、タイミングが合わなかったりで。
するとその子達が「無責任だ、発売日に買ってちゃんと貸すべき」と言い出した。
義弟嫁が子供を産んで職場復帰するのに、不調時の子供の世話にうちをあてにしていた
うちは聞いてない、聞いてたら断ってる
義弟嫁が職場に復帰前の挨拶や引継ぎに行くとかで、唐突にうちに預けに来た
我が家は私が一人っ子なので旦那(次男)が入婿して私の親と同じ敷地内で2軒建てて住んでる
私が留守だったので義弟嫁は隣の私実家に赤んぼを預けに来た
職場復帰したら私に預ける約束があって、今日は職場で急に呼ばれたから頼みに行ったら私さんが留守でこまってます〜て嘘ついて、私の母に預けていった
詳細
わたしは20代前半で、当時40間近の夫と年の差婚。
結婚して約10年、実弟も30を過ぎ婚約者が出来た。
正式な両家の顔合わせは後日レストランで行うということで、その日は実家に弟がザラブを連れてきて、みんなで夕食を食べるだけ。
父は勤め人ではなく自営なので、60過ぎても働いており、最初は母、私、弟、ザラブの4人でした。
当たった瞬間は泥団子かと思って高速を横切る橋の上からの悪戯と思った。
警察に通報と泥を落とさないといけないので、すぐに車を路肩に止めて車外に同僚と一緒に出たら…
くっさーめちゃくちゃ臭いいいいいいい、これう○こやぁぁぁぁ!
10mぐらいに車から離れた。
そのまま警察に通報。でも走行出来るならSAかPAに移動して下さいと言われた。
なんとかフロントガラスのう○こはお茶やジュースで洗い流し、ウォッシャー液が空になるぐらい使いまくって前が見えるようにした。
一応洗い流す前に携帯で写真を取った。
そして15キロ位走ってSAに到着。
かなり臭うので駐車場に停めるわけにはいかずGSの端っこに事情を話して駐めさせてもらった。
ちなみに走行中も激臭が車内に流れ込んできて全ての窓を全開にして走った。
「貴方は私を愛してるから絶対離婚できないw」
「ウワキされる理由を考えてw 年 収 wwww」
「文句あるならやり返してみれば?wその代わりどうなるか解ってるよね?w へ た れw」
と言われたので徹底的にやりましたw
おかげさまで勝てたよ!
縫合が悪いのか変な場所からもジワジワ出血が続くと伝えたら、担当医がミスじゃないと怒鳴りこんできた
暗に“謝罪しないと今後治療しない”と言われた
ムカついたので、謝罪せずに過ごした
病院内を普通に歩きまわり
外来を通って頻繁に売店にもいった
担当医は偉い立場だったらしく、担当医が問題無しと言っている以上、問題無しらしい
2日後くらいには真っ赤なパジャマで出歩く私は目立った
しかし、私が謝罪しないので誰も止血できない
外来患者らのヒソヒソ話は止まらない
1週間目くらいに、部下らしき医者が縫合させてくれと頭下げに来た
担当医本人に頭下げさせたかったが、さすがにフラフラで危険を感じ始めていたので折れた
1週間、血みどろのパジャマを着替えられなかったのが愚痴
グロい姿を見せつけられた周囲の患者に申し訳ない
ホストやらアム○ェ○やらラ○ザッ○やらにハマった挙句に、オレが気付いた時には3桁万円の借金をこさえてくれやがってた。
で、それが原因で起こった離婚調停の際での事。
弁を引き連れて借金の返済をオレに求めない事と今後の接見禁止を求めたところ、嫁が「はぁ?接見禁止は女性の特権でしょ?それを男がやろうなんて馬鹿じゃないの?」とか言い出しやがった。
俺父は堅物で、子供の頃から真面目タイプだった。
しかし婚約者父はヤンチャで、いつまでも少年の心を失わない(ryタイプだった。
姉の婚約者はこういう父を嫌い、どちらかというと俺父に似たタイプだった。
しかし婚約者父に感化され、俺父がおかしくなってきた。
俺父&婚約者父コンビで、結婚式にスタン・ハンセンのコスプレで出るだとか披露宴で余興をやらせろとか無理難題を言い出した。
もちろん姉と婚約者は拒否するが、父コンビはゴネた
「つまらないやつだ」「親不孝」と言われ婚約者はブチギレ。
「式も披露宴もなしで入籍のみにする」
「いや、式はするが父親は立ち入り禁止にする」など話が二転三転した。
母と姉も怒り狂い、俺父に説教しようとするが
婚約者父の手引きで俺父はそのたび逃走した。
60に手が届かんとするジジイどもが、本当にガキのような逃げっぷりだった。