でもSさんは子供できてからもずーっと飲み会皆勤の人で、「今日子供の誕生日でダリーから」と用もないのに遅くまで残業したり、子供との約束をドタキャンしたのを武勇伝のように語る父親だったから、そりゃ親権とれなくて当然でしょと思っていた。
でも一部の同僚がSさんの味方をして「女親に親権がいくのは男親差別」「司法の怠慢」とギャースカ盛り上がっている。
例によってその一派が用もないのに会社に残って「差別差別」とうるさくして、多忙な班が真面目に残業しているのに迷惑になっていた。
でもSさんは子供できてからもずーっと飲み会皆勤の人で、「今日子供の誕生日でダリーから」と用もないのに遅くまで残業したり、子供との約束をドタキャンしたのを武勇伝のように語る父親だったから、そりゃ親権とれなくて当然でしょと思っていた。
でも一部の同僚がSさんの味方をして「女親に親権がいくのは男親差別」「司法の怠慢」とギャースカ盛り上がっている。
例によってその一派が用もないのに会社に残って「差別差別」とうるさくして、多忙な班が真面目に残業しているのに迷惑になっていた。
が、交際1ヶ月目の記念日に、彼がベトナム出身だということが判明
しかも友人とは血縁なし(友人は純日本人)
高校生の頃、クソ寒い体育館で二時間ぶっ通しで人権学習をやらされた
その日はその年一番の冷え込みの日で、秋なのに冬の気温
そんなクソ寒い日に体育館にベタ座りで話を聞かされた
前では金髪ピアスの公務員が「俺は部落出身だが、公務員として働いている。金髪でピアスしてるが俺だって公務員として働けるんだ」と何か語っていた
俺は居眠りを決め込み、時々巡回の教師に竹の棒で叩いて起こされ、気づけば二時間が経過
周りが立ち上がり教室に戻ろうとする波に乗って俺も立ち上がり後ろを振り返った瞬間、灰色のスカートが赤い色に染まったものが目に飛び込んできた
数メートル先を歩くクラスの女.子.のスカートがお.し.り.のあたり一面真っ赤だった
頭の中で生理?とは思ったものの、あまりの血の多さに尻込みし、男の俺が声かけるわけにはいかないだろと瞬時に頭の中で答えが弾きでた
周りの女.子.は気づいてたが、女.子.でも言いにくいらしく、指差したりしてるだけで誰も指摘しない
当時、母の勤務時間が変わってシフトが夜勤続きになった
明け方4時頃帰宅する毎日で、そこから私が起きる時間まで起き続けるのも、ちょっとだけ寝てまた起きるのも辛いってことで、母が起きてこなくても私が自力で身支度して登校できるようにと、私に「あさごはんのつくりかた」を教えてくれた(ちなみに父は逆に夜明け前に出勤する職種で朝は不在だった)
まぁ作り方と言っても、食パンをトースターで何分焼いて、冷蔵庫にストックしてある茹で卵かヨーグルト、フルーツ、それと牛乳か野菜ジュースを出して…っていう、火も包丁も使わないままごとみたいな内容
それでも当時の私は「自分で自分のごはんを用意するなんて大人みたい!」とテンションが上がり、一人前になったような気がして誇らしかった