と私が子供の頃、毎年お盆の度お経を読みに来る お坊さんが話てた。
元カレの友達が、過去のイジメをしてきた武勇伝をよくしてたんだけど、
数日数して事故で亡くなった。
事故で焼氏した。
元カレの友達が、過去のイジメをしてきた武勇伝をよくしてたんだけど、
数日数して事故で亡くなった。
事故で焼氏した。
小中学生の頃、俺は縦横小さかった上に
父親譲りの曲がった事が大っ嫌いで古風な性格と母親譲りの虚弱体質だった。
母は小さい頃から未だに入退院を繰り返していた。
俺も小学生の頃は良く入退院繰り返したり、運動会や体育の授業は休みがちだった。
幸いにも母の実家は源氏の流れを汲んでるらしく、
しかも江戸時代から形は変えながらも代々商人をしている為に
金に困った事は無かったらしい。(詳しくは知らん)
その為にオレや母の入院費は母方の実家が出してくれた。
今も昔もイジメは無くならない。子供だけではなく大人の社会でも。
イジメの形は時代と共にかわり、わかりやすい被害
(無視や陰ロ、器物破損/暴力)にSNSでの誹謗中傷/晒し)も加わった。
その中で事あるごとに思い出し身を正す出来事を書く。
中学校の同級生にT君という同級生がいた。
T君とは小学校が同じだったが、第二次ベビーブーム世代でマンモス中学、
一学年(一クラス35〜40人)が9クラスあったため、他クラスだった。
中学に入って体が小さく人付き合いの苦手な私は直ぐにイジメの対象になった。
家族(私)からの強い訴えもないので、大事にはならず、
結局、施設からは母の妄想であるとされた。母は悔しがっていた。
母は「年齢の割にはしっかりしていると思われている」事が
自身のプライドの根源だったから、それを失ってから急速に老いた。
高校では、Aを見返そうと思って勉強に打ち込んでそれなりに頭のいい国立に進学した。
その後、教育実習のため再び中学に行ったらAがいやがった。
後ろでこっそり他の奴と話しているのを聞いていたら、どうやら採用試験にパスしたらしく、 来年からの配属の話で盛り上がっていた。
中学生の時、典型的にいじめられた。
物を隠す、影での悪ロ、悪い噂を流す、部活の練習でボールをわざとぶつけるなどやられた。
最初はバカかこいつらと無視していたが、ついに体育館に入っただけでめまいや吐き気を催すようになる。
顧問はレギュラーでなく成績のよい私が大嫌いないじめ肯定派。知っていて無視。
むしろ「お前の練習態度が問題」との謎理論かましてくれた。
両親は激怒したが、私は考えた。
顧問からつぶさなきゃダメだと。
幸いにも運動はからきしダメな私でも成績は良かった。
弁論や作文のコンクールでは結構多くの賞を取り、校長や教育長に可愛がられていたのでこれを利用した。
小坊のころね
お金ないから質素な暮らししてたんよ、当時
周りもそんな変わらんかったけど、近くに新興団地が造成されてさ
そんで新しい住人が増えた
俺と同年代の子も増えた
実は造成のときに土地(田畑)売ったからそれなりに小金持ちになったらしいけど
親はそのお金は将来の俺のためって思って貯金してて、生活水準あまり変えなかった
風呂が薪じゃなくなったくらいかなー
頭にきたので、「喪子死ね by A子」「喪子ブス by A子」とか色々書かれた教科書と、こいつが私を四つん這いにさせて背中に足乗せて、金髪でヤマンバメイクで中指立ててるポーズの写真を婚約者に渡して「ご結婚おめでとう。記念にこれ返します。改心するのは勝手だけど、許すか許さないかもこっちの自由ですから。」と何とか笑顔作って玄関のドア閉めた。
その後膝が震えだして止まらなかった。