母は、親としては普通の愛情深い母だけど、姑としてはクソトメ。
兄は義姉が入院中、ハズレをひいたとかナマケ嫁とか言いまくり
退院後も、夜泣きを「うるせえ!黙らせろ!!」
「こんな泣き方するのは異常だ!本当に俺の子なのか!うちの家系にかたわはいない!」
↑は全部母の入れ知恵で
「毎晩しつこく夜泣きするなんておかしい」
「お兄ちゃんの子じゃないんじゃないの、うちにかたわはいない」
と吹き込んでいたから。
このあたりの事情はあとでわかった。
兄は義姉が入院中、ハズレをひいたとかナマケ嫁とか言いまくり
退院後も、夜泣きを「うるせえ!黙らせろ!!」
「こんな泣き方するのは異常だ!本当に俺の子なのか!うちの家系にかたわはいない!」
↑は全部母の入れ知恵で
「毎晩しつこく夜泣きするなんておかしい」
「お兄ちゃんの子じゃないんじゃないの、うちにかたわはいない」
と吹き込んでいたから。
このあたりの事情はあとでわかった。
父は、私に興味がなかったのか、母にどれだけ殴られようとただひたすら無視。
父が母と離婚するまでほとんど話したことがない、いわゆるネグレクトってやつだったんだと思う。
でも母は、顔と外面だけはよかったから、誰もそんなことには気づかなかったと思う。
小学校の頃一番仲のいい友達に母のことを言ったけど私が悪いことをしたんじゃないの?と言われてからは誰にも言わなかった。
それでも父の稼ぎがよかったので、私は大学まで出してもらった。
大学の時に同じ部に入ってる人と付き合い始めて、25歳の時に結婚した。
結婚する前にうちの両親とはつき合いたくない理由を話し、疎遠にしてもらうことで納得してもらっていた。
結婚後は彼の両親とも同居することなく、程よい距離を保ちながらのお付き合いをさせていただき幸せだった。
高校時代の夏休み、部活から帰ってくると、お客さんが来ていた。
60代くらいの上品そうな女性と、40代くらいの大柄で無ロな男性だった。
母が、本家筋の遠い親戚である親子だと紹介した。
「ははあ、お盆さんが近いから何かそんな関係で来たのかな」と思った。
付き合いのない親戚のせいか、母は硬い顔をしていた。
女性は「部活だったの?」「何をやってるの?」と笑顔で聞いてきたので、馬鹿の私は「テニスをやってます。すっごく楽しいです。去年は県大会で・・・」とかベラベラ喋った。
女性が「好きな人とかはいるの?」と訊くと、もう恋バナは女.子.高.生の人生の糧とばかりに、もっとテンション上げてベラベラ喋った。
「県大会で会った、○○高校の○○君はすっごいテニス上手くて、でも全然感じも良い人でー」とか。
数年前、当時大学生だった姉が鬼籍に入りました。
一人暮らししていたアパートの風呂場で練炭を使ったそうです。
当時学生だった私は、学校から帰宅途中に母からの不在着信があり、メールで姉の急逝を知りました。
とにかく急いで帰宅し、母の知り合いのおばさんが家の前で待っていて私を車で斎場まで送ってくれました。
817 :可愛い奥様:2007/05/11(金) 18:37:02 ID:UWHrAyUd0
うちは、母の日と私の誕生日がいつも微妙にかぶったり前後するので
母の日スルー。私だっていい年してお誕生日祝いなんてしないんだから。
でも、来月はお中元を考えなくてはならない。はげしく憂鬱。