離婚してくれというので離婚して家を出て行ったら
旦那祖父母の介護をしてくれる人がいないと泣きついてきた。
頭おかしいと思う。
でも実家から戻った数日後、「言わないでおこうかなと思ったけど、やっぱり何かあった時のために一応君に言った方がいいと思って」と切り出されたのが、
家に帰ると旦那が、「君の職場の○○さんと××課長さんはフリンしてるし、そのことを君以外の人間はほとんど知ってる。あと〜〜君はちょっと物騒な人間だと思う。君はタイプじゃなさそうだけど、あんまり残業とかで二人にならないように注意して」と言われた。
旦那は時々そういうことを言う。そしてほぼ当たる。
例の二人はかなりオープンなフリン関係だったと後で聞き、〜〜君は間もなくストーカー行為で不法侵入で逮捕され退社した。
女のカンはーというけど、我が家のカン担当は旦那だ。私はポンコツ。
楽しい職場だなと当時は思ってたんだけど。
小2まで父親とは別居状態で母の実家で暮らしていた。
父親の家は農家で山の中、母親の実家は県庁所在地の住宅街にあった。
両親は不仲というわけではなく、俺が持病持ちで街の大きな病院に通わなければならなかったことと、一人っ子の母親の父親が要介護だったことが重なって、3歳位から別居という形になったというだけのこと。
それでも週に1度は父親の家に泊まっていたんだが、俺はその父方の家族(地域)に対して完全にヤバイ勘違いをしてしまっていた。
小学生のとき、すごく優しい生徒指導の先生がいた。
何か悪いことをした子がいたら、叱るんじゃなくて諭す。
私が特に覚えているのが、音楽室の黒板が落書きでめちゃめちゃに荒らされた時のこと。
掃除当番だった私たちがそれを見つけて先生に連絡。
子どもの数も多いし犯人なんか分からなかったんだけど、その先生は黒板の隅に
「誰でしょう。君たちはとても良い子たちです。それなのに、とても嫌な言葉を黒板に落書きして。」
「良いことではありませんよね。悪いことをすると誰かが悲しみます。今、先生はとても悲しい気持ちです。」
みたいな事を書いてくれた。すごくきれいな字の縦書き。
それ以来落書きはなくなって嬉しかった。
いつも穏やかに微笑んでいて、皆その先生のこと好きっていう印象。
もちろん怒る時もあったんだけどね。
毒祖母から逃げるために母デキ婚。
うまくいかず父がウワキして離婚、親権は母(子供嫌い)に。
私を連れて毒祖母の居る実家に帰る。
家に住まわせる代金として、夜は毒祖母のスナックで無給で働き、昼は事務員、給料は全額祖母に搾取される生活。
そんな生活に疲れた母、にゅう児の私を毒祖母実家に置いて、行き先を告げずにスナックで知り合った無職の恋人の実家(数県離れた地)へ家出。
祖母、興信所を使って母の居場所を割り出し、私を母のいる無職恋人実家に置いて帰る。
数ヶ月暮らし、母が無職恋人に嫌気がさしたので、無職恋人実家から離脱。(祖母は私と母が気になってたまに様子見に行ってた)
当然夜になると人はいなくなるので、女の一人暮らしだし、と鍵は3つつけていた。
ある夏の日、他のフロアの廊下を人が歩いてる音がすることに気づいた。
オフィスの人が残業してるんかなーって思ってたが、どうも人数が多い。
でも話声はしない。あれ?窃盗団?と怖くなり明かりを消して携帯握りしめてた。
結局何事もなかったが、そういうことが何度か続いた。
でも何か盗まれたら警察来るよなぁと。やっぱり残業だったんかなと納得した。
そしてある日、物音もすっかり気にならなくなったころ。
電気スタンドだけつけて仕事をしていると、私の部屋のドアをガチャガチャやる音が。
管理人がくる時間ではないし、やっぱり窃盗団?と思っていると「ここ誰かいる」というような声が聞こえて、走り去る音がした。