当時、東京から夏休みに来ていた私を祖父が珍しく畑仕事に連れ出し、昼食の時に初めて戦時中の話をしてくれた
自宅に帰って、それから8日後に祖父は老衰で亡くなった
当時、東京から夏休みに来ていた私を祖父が珍しく畑仕事に連れ出し、昼食の時に初めて戦時中の話をしてくれた
自宅に帰って、それから8日後に祖父は老衰で亡くなった
疑惑が判明するきっかけは、私の実父Aさんが訪ねてきたから。
偶然、私と母を見かけて、私がAさんの幼いころに似てたので確かめに来たらしい。
結果、私は母とAさんの間の子と判明。
父は激昂、私を殴って失神させた。
母は好きで結婚した女性だから殴れないけど、お前(私)は生まれてきてほしいとも思ったことがない人間だから殴ったとのことだった。
出ていけと言われたが、私が追い出されるのなら母も一緒に家を出ると言ったため、母に出て行かれたくない父は、一時的に近所の父方祖父母宅に私を預けた。
私「こんにちは、○おばちゃんです」
子「初めまして、A太郎といいます」
私「今日は遠くから来てくれてありがとうね。大変だったでしょう」
子「新幹線できたけど、○○駅からはタクシーに乗ったので大丈夫です。
久しぶりに来たので道がわからないとママが言ってて確かにわかりにくい道だなぁと思ったけど、家の前でおばあちゃんが待ってくれてたのですぐにわかりました。
おばあちゃんが、暑いのに外で待っててくれて嬉しかったです」
4日前に母から「(祖父の兄)さんが亡くなってお通夜が20日にあるからね。それと、結婚式に着ていく服装で来てくれってことだから」という電話にまず衝撃。
どうやら祖父兄がずっと「自分が氏んだときは暗くしないでくれ。親戚は結婚式の服装で来てくれ」と言っていたそう。
親父や祖父曰く、だいぶ破天荒だったらしい若かりし日の大伯父、たまに親戚の集まりで会うとそんな昔のいろんなことを話してくれた。
その中でもとびきりの衝撃体験。
戦後間もなく、大伯父は中学を卒業するや、ある商人に弟子入りをすることになり身ひとつで家を飛び出した。
毎日忙しく働き、勉強し、一刻でも勿体ないと出掛ける度に行き先まで全力疾走。帰りも全力疾走。
祖父が家庭内で絶大な権力持っていて、剣道の上級段持ちだったから腕っぷしも最強だった。
気に入らなければ殴る蹴るは当たり前、罰するときは壊れた竹刀で(竹が割れて鞭みたいになる)暴力をふるった。
でも、お菓子とかお金は気前よく親戚一同に配る一面もあった。
よく言う飴と鞭ってやつが絶妙に上手かったんだと思う。
そんな生活だったから誰も逆らえず誰も逃げられなかった。