漁師の祖父に船を、水屋(家の一階が半分海に繋がっている家。
うちでは倉庫に使っていた)に入れるように頼まれた。
沖縄返還の8年前に生まれた私
お盆になると、偶に沖縄戦の生き残り組だった祖父たちの奇妙で素敵な話を思い出す
前後の話を祖父から聞いて、なんでそうなったのかが分かった
自宅の近くに、頑固なのに愉快な小父さんが居た
祖父たちを大変可愛がっていたようで、沖縄戦が始まると頼りがいある兄貴的な存在だったそうだ
戦闘中、艦砲射撃かで祖父の近くで小父さんは戦氏
仇を討ってやろうとやっているうちに終戦
終戦の翌日、祖父の夢枕に小父さんが立って、怒りながら「○○、ここは我が国じゃない! 成ったら帰ってくる!」と告げて消える
他の生き残り組に伝えたら、「あの小父さんらしい。いつになるやら」という反応だった
私の額に大きな傷があったのを、母娘がちらちら見ていたのに気づいたので
「(実父)さんに2歳のときにつけられた傷です。
酒乱で毎日のように暴れていた(実父)さんですが、今はそうでもないんですね。
(今嫁)さんと出会えて、(実父)さんにとってもよかったみたい。
私のほうこそ娘として、(実父)さんを幸せにしてもらえたお礼を言いたいです」
と頭を下げて祖父を連れて帰宅した。
・祖父、裏庭の木から二階の屋根に落下、屋根を転がり落ち、一階の屋根で止まる
・この時に工具が腕に刺さっていたらしい
・庭で遊んでいた私、一部始終を目撃
・祖父「爺ちゃんが木から落ちたの、父ちゃんと母ちゃんには秘密にしといてくれな。怒られるちまう」と、賄賂(好物の酢こんぶ)を渡されロ止めされる
・夕方、風呂上りに祖父が倒れて救急車で運ばれる
・原因は腕の傷の血が止まらず、貧血になった為
救急車が来た時、私が黙っていたせいで手遅れになったんだ!私のせいで爺ちゃんが氏んでしまう!と修羅場
結局、落下の件も賄賂の件もバレて家族皆から怒られた祖父は、80歳を越えた今も元気です
さっき、父が大事にちびちび飲んでる酒をこっそり盗み飲みしてるのを目撃したら、ロ止めに賄賂(アーモンドチョコ)を貰ったので思い出しカキコ
:俺 一人暮らし 正社員
:自分(俺)の母親(以降自分母)は4姉妹の三女 父方の実家住まい パート
:長女次女(以降叔母A叔母B)は常識人 飛行機の距離離れていて自宅持ち 自営&正社員
:四女の叔母(以降キチ)がマジキチ50になるのにキャバメイク&ゴスロリ&某猫のキャラ愛用して自分の事を姫と言う 祖母実家で祖母と同居 寄生虫
修羅場の発端は祖母、つまり母姉妹たちの母親が入院し亡くなったことに始まりました
90も近かったことから身体も弱り病院に入院したのですが自分母がメインで看病し叔母A叔母Bがなんとか時間を作り月1位で看病に来ていました
しかしキチは入院→亡くなるまで2度しか来ず来た際も祖母のお菓子や緊急用のお金を盗んで帰る始末
叔母A叔母B自分母が問い詰めると叫んだり暴れたりで手がつけられず完全に放置するようになりました
そして祖母が亡くなり葬儀が行われたのですがその際もフリフリのドレスで参列しようとしたり咎められると周りの物を壊して逃げて
挙句は実家の部屋に籠り携帯ゲームをずっとやる始末でした
なんとか葬儀も終え祖母の遺産関係の話をすることになりました
祖母はしっかりと遺言書を残しており自分の貯金は6割自分母、残り4割を叔母A、叔母Bに、持っている土地は自分母息子(俺)に、
キチには何一つ残さない自分で働き生きろと書いてありました
それでキチ発狂 なぜ自分に何もない!この遺言書は無効だ!貯金は全部よこせ!俺の土地に家を建てろ!金は俺持ちだ!と騒ぐ騒ぐ
しかし遺言書は正式な物だったので騒ごうが喚こうが無意味でした
俺が受け継いだ土地の中に祖母実家もあったので叔母ABと自分母と俺で話し合いキチを祖母実家から追い出し自立させようということになりました
このままキチを祖母実家に住まわせているといずれ俺に迷惑がかかるからという判断でした
ご近所の奥さんと仲良くなり遊びに来て貰った時
「旦那さんの身内の方で足の無い人いる?事故とかじゃなくて病気で切断した方」
と聞かれ、旦那に聞いてみたけど「うーん?解らない」
で、姑に聞いてみたら旦那の祖父が糖尿病で足を切断したとの事。
どうして解ったの?とその奥さんに聞いたら言いにくそうに
「階段に座ってるから…」と。
怖くて怖くて、気休めだけど墓参りに行ったよ…
成金でわがまま父方の祖父。
母は育ちが悪いだの罵声を浴びせられ時には暴力をふるわれた。
さらに幼い私に煙草の火を押し付け、 私の顔にはいまだにそのあとが残ってる。
その後私の顔の後に激怒した父母により引っ越し、以来疎遠になっていた。
幼少の頃はこのように嫌われていたが、ある時転機が訪れた。
父は次男で、その兄である長男夫婦には子供がなかなかさずからず、4、5年の不妊治療の末生まれた赤ちゃんには障害があった。
それから祖父の態度は一変。
顔のことがあってから疎遠にしていた私によくプレゼントやお金送り、ちょくちょく遊びに来ては「大きくなってからはじいちゃんのところで一緒に住もうね」 というようになった。
私は思春期を迎え、顔の跡で悩むこともあり、また母への対応が相変わらずだったため、祖父を嫌いになっていた。
私には父と母、4つ年上の兄、2つ年上の姉、10歳年下の妹がいます。
そして家族にも話せないこととは私の妹の出生についてです。
この出生秘話は産んだ母ですら知らない、私と今は亡き祖父しか知らないことなのです。
私が小学3年生の時、とある日曜日の朝、私は歯ブラシか歯磨き粉かを捜すために洗
面台の戸棚を探っていました。
すると綺麗な箱を見つけました。その箱はベージュ色で金色の模様が縁に印刷されていました。石鹸かなと思いましたが手に取ってみると軽いので、私は不思議に思い箱の中を調べてみました。
中には半分の大きさの箱が2つ入っており、さらにその中には病院でもらう薬のように数珠つなぎになったピンク色の袋が幾つも入っていました。
私は袋を一つ採り、破いて中を取り出しました。
中身は輪ゴムのようにまるめられたゴム風船のようなものでした。
そう、それはコン○ームだったのです。
私はまだ性教育を受けていなかったので、その正体が何なのかまるで分かりませんでした。
私は奇妙にペタペタするなと思いながらその風船を引っ張ったり、洗面台で水を入れてふくらませたりして遊んでいました。
そこへ祖父が洗面所に入ってきました。
祖父はお酒が大好きでその日も朝酒を飲んで酔いよいの状態でした。
私は朝の挨拶を済ました後、祖父に風船を見せてこれが何なのか尋ねました。