自分が家に入りたくないと駄々をこねたら母も違和感を感じたらしく、近所の交番に頼んで家に一緒に入ってもらった。
一部屋ずつ調べてもらったら客間の押入れから素っネ果の父とウワキ相手が転がり落ちてきた。
結局そのウワキ相手が継母になったけど、自分もそれから中学までの記憶はほとんどないよ。
壮絶な虐待を受けたし、今その話を聞いても人ごとのよう。
同じ幼稚園に通うようになって、いつも一緒に遊んでいたが、数ヶ月経ったある時、Aちゃんが母親に手を引かれてうちにやってきた。
その日旦那さんが出張で、急な用事でこれから出掛けなきゃいけなくなったので申し訳ないけど一晩だけ預かってほしいと言われ、ものすごく焦った様子で連絡先を聞いても「とにかく急いでるから!」って、私がはっきりと了解しないままAちゃんを置いて行ってしまった。
友人は当時家政婦をやっていた。
それで当時母一人子一人のお宅にお手伝いさんに行くことが決まり、そこの家のお手伝いさんをやっていた。
そこのお宅は当時30代前半の奥様が会社を経営していてとても忙しく、離婚したばかり。
幼稚園児だった娘さんの世話が十分にできないため、お手伝いさんを雇うことにしたとか。
幼稚園の頃の自分は、早生まれで同学年の子に比べてできないこと+発達特性でできないことのダブルコンボでとにかく酷かったらしい。
一番まずかったのはトイレトレーニングができてなかったこと。
私の生家は、私が幼稚園ぐらいまでは父親がおらず、母子家庭だった。
その後、父親がともに暮らすようになった。
小学生の頃は「(母親も働いていたため)転勤で一緒に暮らせなくなったが
父親が決心して仕事を変わったので暮らせるようになった」と言われていた。
父親側の親戚との交流がなかったのは疑問に感じていたりもしたが、父方祖父母は既に亡くなっており
遠方の父方伯父以外の親戚はいないと説明されていた。
自分が幼稚園に通っていた頃
幼稚園行く時は公園に集まって誰かの親が持ち回りでまとめて園に連れてってくれて、帰りは各々自由帰宅
大昔だし、公園から徒歩5分くらいの近くにあったのと、団地だったので一緒に帰る子も多かった
で、当時帰り道でおとしものを拾ったら近くの交番に届けるというのが幼稚園内でブームに
持って行ったらおまわりさんに「ちゃんと届けてくれてえらいねえ」と褒めて貰えて、アメやラムネをくれたからw
今考えるとおまわりさん大変だよね…10円やそこら届けに来る幼稚園児相手にするの
私は幼い頃、鼻血を出しやすいたちで、暑くてのぼせる→鼻血、寒くて鼻水出しまくり→鼻血、ちょっとした衝撃→鼻血、と、とにかく毎週のように鼻血を出していた。
一回出してしまうと、くせになるのか日に何度も連続で出てしまう。
幼少時の思い出は鼻血とともにあった。
耳鼻科系統が弱くてずっと病院通いしてたせいもあるかも。