無視、ヒソヒソ笑い、物を隠す、教科書を破く、靴をゴミ箱に捨てるなど、テンプレ通りの内容。
女.子.グループのリーダーというか、主犯はT子だった。
このT子とは2年半ばの修学旅行までは仲がよかった。
修学旅行では一日だけ二人部屋になったのでじっくり話した。
態度が変わったのは修学旅行が終わってから。
消防の頃。絵を描くのと読書好きで1人で居る事も多く友達は居たが少なかった。
クラスで暗い子ポジションに居たんだけど平和にやれていた。
が、新しいクラスになった時の担任が酷くて、どうしてだか分からないが自分がタゲられた。
授業中に皆の前で堂々とやる。
「例えば○○(俺)君がゴキryを食べるのが大好きだったとして〜」とか、脈絡もなく自分のことを話題にあげて妙なイメージをうえつけていく訳だ。
俺はこのデブ担任(男)が大嫌いになった。
デブ「A子ちゃんのハサミが無くなったの〜?俺君知ってるんじゃないの?」(どういう意味だ?)
デブ「俺くん走るの遅いよ!皆の足引っ張って!」(俺より遅い奴が5、6人居ますが)
デブ「俺君変な苗字だよねwww△△(汚い系)みたいに聞こえる。ねえ皆、そう思うよねー?」(は?)
などなど、言われまくった。
その都度反論したかったが「教師に歯向かう=悪」だと思っていた自分はいつも黙っていた。
これがデブの態度を悪化させ、俺にならこういうことをしてもいいんだと判断した連中が
ちょいちょい馬鹿にしてくるようになった。
高校の時クラスの女.子.のグループのリーダーに虐められてた。
進学の時に、私は高1からゲームプランナーになりたい!と思ってゲームの4年制の専門学校に行った。
で、女.子.グループの子(特にリーダー)は成績が良くて、結構良い大学に進学してた。
専門学校って頭悪い人が行くイメージだし、実際私はあんまり成績が良くなかったので当然馬鹿にされた。
で、その馬鹿にされたのが悔しくて、4年間本気で技術を身に付けた。
幸い専門学校では虐めとかも無く、友達も結構出来たので心安らかに4年間を過ごせた。
で、結構前に同窓会があった。
私は3年生の時に内定貰っていて、割と中堅のゲーム企業に就職できた。
私を虐めたあいつはどんな職業に就いたのかな、とか思いつつ参加してみた。
その女.子.グループの人達は皆ちゃんと職に就いてた。
保育士とか、銀行員とか。で、その子達は高校の時のことを私が言う前に謝ってくれた。
私をメインに虐めたリーダーはどうだったのか知らなかった。
中学の2年に入ってイジメにあった。
原因は特になく自分がクラスの中で小柄で、ロべたな所が奴らのツボだったのか。
メインは3人(A・B・C)だったけど、同じクラスなので全員が敵みたいなものだった。
最初は小さい嫌がらせみたいな事だったけど、段々物を捨てられたりこづかれたりとしていった。
クラスからも無視され孤立無援に。
その辺から自分でもどうにかしなくてはと思ってはいたけど何もできない。
担任の先生には言ったが気のせいという事にされスルー。
それどころが「イジメられる自分に何か問題が無いか考えてみろ」と言う始末。
もちろん親には言えなかった。
2学期に入りイジメはさらに悪化。
殴られたり蹴られたり、お金の取られるのも普通な状況。
命に関わる所までは行かなかったが暴力は日常茶飯事に。
先生も一緒になって笑いものにするという状態にまでになる。
自分には妹がいるのだが、そのことが3人組に知られこのままでは妹にまで被害が及ぶと思い、とにかく3人を何とかしようと考えた。
主人の実家は事業を経営している。
地元でも優良企業らしいが、義兄が跡取りとして決まっているので私達夫婦に発言権はない。
数年前に義実家に遊びに行った時、偶然高校時代に三年間一緒だった(らしい)クラスメート達と再会した。
相手は懐かしそうに話しかけてくるが、私に高校時代の友人は居ないし記憶もない。
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
私はそう言っただけ。 何故か彼らの顔は真っ青だった。
私がやられた内容は、教科書を窓から投げ捨てられる、金を取られる、テストで平均点以下を取れと命令されるなど本当に酷かった。
気が弱い私は反抗することができず、ただただ苦しいのを我慢してやっとこさ中学を卒業した。
息子のクラスメイトでイジメが起きて、そこに息子が絡んでしまったので、春休みにまで割り込む問題になった。
とはいえ息子はイジメられっ子を守った側。
ハーフの女の子(以下Aちゃん)が珍しい容姿を理由にイジメっ子にからかわれてて、息子がそれを庇った。
その際に息子がイジメっ子を逆に傷つける言動をしてしまい、それに保護者が怒ったため学校を巻き込んだ揉め事に。
で、さっそく初日に後をつけているのがバレた
クソ男は「うわっなんや!ついてくんなあああ!!」って警戒してわめくし、当たり前だけど、下校時なんだから他にも下校してる子どもはいるしでどう考えても無理だったんだけど、めげずに次の日も、その次の日も帰りに後をつけた
が、ある日、ひょっこりチャンスがやってきた