しかし海でも友達と従姉妹が楽しそうに泳いでた
泳ぎが苦手な俺はさとみとバレーしてた
夕方になって、流石に疲れた、もう帰ろうかってなった時に
さとみが「サプラーイズ!」って言って、車から花火を持ってきた
テンションだだ上がりの皆、さとみも鼻高々だった
夕方になって、流石に疲れた、もう帰ろうかってなった時に
さとみが「サプラーイズ!」って言って、車から花火を持ってきた
テンションだだ上がりの皆、さとみも鼻高々だった
俺「………どうした?」
従姉妹「いや、何か言うの恥かしいなー、と思って」
俺「…めっちゃ気になるんやけど」
従姉妹「………」
俺はこの時絶対告白だと思った
自意識過剰かもしれないけど、それ以外考えられなかった
家庭環境が悪くて小学校からまともに行けてなくて当然高校も無理だったんだけど、とある慈善団体のおかげで19歳で高校一年生になれた
通信制ではなく全日なのは「小中と学校を楽しめていないから高校で青春を謳歌しなさい」って言ってもらえたから
学校側は織り込み済みだったけど生徒には内緒だった
出身中の話になると県外から来たってことにして、家は一時的に里親の方にお世話になった
大体のクラスの子は「同中いないんじゃ寂しいでしょ?」って優しくしてくれて
病気(設定)で学校行けてなかったって言ったら「じゃあ絶対楽しまないとじゃん!」って言って
体育祭や文化祭、修学旅行、まさに遅れた青春を取り戻してた
中にはイジメみたいなことをしてくるギ.ャ.ル系がいたんだけど「平成生まれのガキが調子乗っちゃってwww」と妙な余裕があったせいか悪化はしなかった(私はギリ昭和)
当時の同級生達には感謝してもしきれないのと同時にずっと嘘ついてるのが心が痛い
同窓会も行くけどそろそろ見た目年齢も大きくなるのかなと心配になる(今30と26)
「謝りたかったから」
「なにを?どうして?」
「色々迷惑かけたし、ちゃんと報告しておいたほうがいいかなって…………………
ごめん違う。声聞きたかっただけ」
最後の一言は、早ロでボソっと、吐き捨てるようでした。
だけどそれ聞いた瞬間、私は「うあああ!」みたいな声あげて泣きだしてしまった。
ほんと、それはそれはものすごく突然の涙腺大爆発で
自分でもわけわからないまま、携帯握りしめてわんわん泣いた。
M君の部屋へ遊びに行くと、レンタル屋さんの袋があるのを発見した。
借りるより買う派の彼にしては珍しい。
何かオススメでも借りてきてくれたのかな?
子どものころに預けられてから、約20年。
M君は、これでようやく精神的にも家に帰ることができた。
その後、きちんと就職し、再び家族と暮らし始めたM君。
O君は、「やはり養子話がネックだったんだなー」と思っていたそうだ。
が、間もなくO君はM君から、引っ越しを手伝ってくれと頼まれる。
自立するのは年齢的になんの不思議もないので、O君も軽く了承した。
でもO君は、M君宅から引き上げるときのご両親の言葉で、なんとなく悟ったそうだ。
「私たちはお前を心配してたんじゃない、心配してやってたんだ」
「それなのに、この役立たず」
M君はすいませんでした、と一言残しただけだったそうだ。
部屋に呼ばれたってことは、オッケーもらえるかも…?
なんて期待はあまりしないようにしながら、M君のアパートへ。
M君いわく「キレイなエリア」のダイニングで、テーブル挟んで向かい合う。
「ちゃんと掃除しろw」
「そこで掃除って言うのがね…必要なのは産廃業者だよ」
「威張るなwww」
「なんなら、自分の目で確かめてみる?」
「え………いいの?行っても?」
「いいの?って、俺が聞きたいよ……ほんと、マジで汚いぞ?」