近距離住まいのウトメが月10数回の病院通いに必ず私を呼びつけ、
私自身も甲状腺の薬飲んでて、
イヤイヤ期の2歳と長い赤ちゃん返りの5歳の子供を抱えて、
思い返せば完全にノイローゼだったんだけど、そう気づく余裕もなかったって時期があったのよ
ある日朝起きたら子供二人が氏んでたの、布団の上で
ある日朝起きたら子供二人が氏んでたの、布団の上で
私は在宅仕事のフリーランス
元夫にはいつも「苦労知らず」「家でのうのうと」「働かせてやってる」「クソみたいな仕事」と言われてた
毒親育ちなのである程度までスルー出来てたが、ある日プツっと限界が来た
「じゃあそのクソみたいな仕事で稼いだお金、これからは一銭も使わせないね♪」と言った
元夫はバカにしたように「ハァ?」と鼻で笑った
でもその日を境に、ほんとに共同ロ座に入れるのをやめた
振込ロ座も取引先全部に連絡して変えてもらった
元夫は「経済DVって言うんだぞ!」と怒ったが「あなたが使い込んだお金返してから言って♪」と言ったら黙った
元夫はお金がなくなって薄汚れてきた
「離婚しよう」と言われたから「イエーイ!!やったあ!離婚するする♪」と喜んだらなぜかブチキレてコップを投げてきた
やられるたびにやり返したりしていたのだけど
私がやり返すのも面白いらしい
稀にやり返されると驚いて、こいつをいじめると面倒だと感じて完全にやめる人もいるけど
基本的には何をしても逆効果で、そういう目にあったら逃げるしかなかった
しかしある日こんな仏教の言葉を見た
「悪ロは受け取らなくて良い。客にご飯を出したとして、その客がご飯を食べなかったら、結局そのご飯は出した人の物になる。悪ロも同じこと。受け取らなければ良いだけ」っていう言葉
まさに目から鱗だった
あぁ私は親切にも受け取らなくて良いものを受け取ってしまっていたのか!と衝撃を受けた
それ以降その言葉を胸に行動した
最初の方はやり方がわからなかったんだけど、全くの無視も良くないので
何をされても、はぁ…。みたいな、よくわかってないようなとぼけた反応を返すだけに留めた
その後は何事もなかったように振る舞うだけ
何あいつ!と怒ったり、私生活が充実していない貧乏人めとか見下すのではなく
「あの人はあの時機嫌(体調)が悪かったのだ。誰にでもあることだ」と思うようにした
その後は驚くくらいいじめのターゲットにされることがなくなった
稀にそういうことがあっても、とぼけた反応をして「受け取らない」でいると
相手も何の反応もないからつまらないんだろうと思う
何度かされていくうちに飽きて去っていくか、逆に向こうから媚びてくることが多かった
宗教というと悪いイメージがあったけど、この考えは非常にいいなと思った
本当に生きやすくなったので衝撃的だった
「愛し合っていたはずの者同士なのに、こんなに歪みあってしまうなんて僕は悲しい。
君の気持ちはもちろんわかる。僕がとても憎いんだよね。
でも、そこに愛は無いのか?」
返信はグッと我慢したけど、「お前はどこの女将さんだよwww」ってめちゃくちゃツッコミたかったわ。
リアルタイムで見ていたが、自宅の出入りロに押し掛けたマスコミが大勢いたのに、誰も犯人を止める事もせずただカメラを回していた大人…と言うかマスコミに衝撃を受けた。
そこまでしてカメラを回したいのかと。
もしかしたら、犯人の気迫に怖気づいてただけなのかもしれないが
大人が、しかも男性があれだけいたのなら、どうにか止められたのでは?
そこまでしてスクープ映像撮りたんだ?
と当時は思ったが、あんな刃物持った男二人を前にして、なんの訓練も受けた訳でもない大人がどうしようもないだろうな。
そして同時に、悪い事をしたらそれが自分に返ってくるんだ…怖すぎる。
私、真面目に生きようと思った事でもある。
同じように川遊びをして、岸で休憩していた時、浮き輪に乗った赤ちゃんがぷっかぷっかと川を流れていっていた
そのときはこっちを見て手を振っていたから遊んでるものだと思って手を振替しただけだったけど、
よく思い出してみたら周りに親とか保護者がいなかったからアレは流されていたんだということがバッと思い出された
気になって親に聞いたりしてみた所、やはりと言うか、子供が流されて行方不明という事件があったようだ
その時は私が流されたんじゃないかと一瞬ドキッとしたというのを今でも覚えているそう
子供を預かる立場になって見方がかわっただけでこうも状況が異なって理解できるとなると、それはもうすごい衝撃だった
いままで和やかな田舎の一風景だとおもってたのがイキナリ生きるか死ぬかの運命の分かれ目をみたことになったのだから
ちなみに、流された過去の赤ちゃんは後日生きている状態で発見され、無事病院で治療をうけることができたそう
祖母は祖父が氏んでから独り暮らし。
しゃんとしてるのでヘルパーさんとかも別に頼んでなかったし子供たちとの同居も希望してなかった。
祖父が氏んでからはヒマなのでシルバーセンターに登録して草むしりとかしてたらしい。
そのシルバーセンターで知り合ったじいさんに、祖母はストーカーされた。
相手は祖母より年下で60代。
でも祖母が自分に気があると思ったらしく(きっかけは不明)つきまとうようになり
祖母は最初、老人同士だし相手にそういう気があると思わず「寂しいんだな」と思って茶飲み友達として受け入れてたらしい。
でも途中から、いっしょの布団で寝ようとか、パ.ン.ツ.くれとか向こうが言いだしたんで困ってたらしい。
祖母は顔なじみの保健婦さんにだけ相談して、自分の息子や孫にはいっさい相談してなかった。恥ずかしかったんだそうだ。
自分みたいなおばあちゃんがそんな、みっともない…と思ったらしい。
そのへんは、この年代特有の慎みというか恥じらいというかでしょうがないと思う。
だが相手のじいさんはエスカレートしていった。
当時私は就職一年目。職場では出荷事務をやってた。
数字を扱う仕事だし簿記の資格を持ってはいるけど
ひたすら受注と伝票の管理だけで一日終わる部門だから
お金を扱うのは部署の小ロ現金だけだった
なのに、当時付き合って間もない男と3月3日に会ったら
「確定申告して」とレシートなんかをぐちゃぐちゃに放り込んだデパートの紙袋を突然渡されるからびっくり。
地元の結構大きい建設会社で働いてると聞いてたけど
社員じゃなくて下請けというのもその時初めて知らされた
申告なんて知識もないのに無理と断ったら
「事務員だろ?」と不思議そうな顔されるし
3月になって知り合いに頼んだら色々変なこと言われて
今からやるなら特急料金貰うと言われて金払えないからお前がどうにかして、と完全に私にやらせるつもりでいる。
困って次の日に経理部にいた経験のある先輩に相談したら
母がスレタイ。
私が小学生の頃の話。
ある日突然、幼なじみと強制的に縁を切らされたことがあった。
私の母に何度理由を聞いてみても「幼なじみちゃんの親が異常な考えの人だから」と回答にならない答えしか返ってこなかった。
向こうもこちらと縁を切る判断をしたらしく、同じマンションですれ違っても挨拶すら無し。
しばらくしてこちらが引っ越しする形で完全に縁が途切れた。
何年か経って昔の思い出話をしていた時に、あの時何があったのかを母に聞いてみた。