プログラムと一緒に、両親への感謝の手紙というのが渡されましたが、
封筒にはには「パパ、おばあちゃんへ」としか書かれていませんでした。
6年間、自分なりに頑張ってきたつもりでしたが、今回の件で何かが崩れました。
私がしてきた事はなんだったんだろう。
6年で少しは仲良くなれたかと思ってましたが、勘違いだったようです。
連れ子再婚は本当に難しいという事を改めて痛感しました。
6年間、自分なりに頑張ってきたつもりでしたが、今回の件で何かが崩れました。
私がしてきた事はなんだったんだろう。
6年で少しは仲良くなれたかと思ってましたが、勘違いだったようです。
連れ子再婚は本当に難しいという事を改めて痛感しました。
両親から虐待を受けて育った。
特に父親からの性.的.虐.待.が辛過ぎたので、17才で両親が別居して母と祖父母と暮らすことになってからは父親には会っていない。
大学の学費と生活費は私への慰謝料として母のロ座に振り込まれていたが、その支払いが滞っていると母に嘘を吐かれバイトを始めた。
後にわかった事だが、母はそのお金を当時の彼氏に貢いだり出会い系に費やしたりしていた。
ここで母と縁を切ることを考え始める。
でも実家から戻った数日後、「言わないでおこうかなと思ったけど、やっぱり何かあった時のために一応君に言った方がいいと思って」と切り出されたのが、
母は誰がどう見ても『猛毒母』って判断がつく人間だったと思う。
昔はそうではなかったらしいが、私と弟が生まれてからは性格が急変したんだそうな。
そんな母の性格を短くまとめると『天上天下唯我独尊』『異論反論反抗厳禁』『有象無象俺様解釈』。
この三つで全ての説明がつく。
とにかく如何なる理由があっても自分最優先。他はガン無視。
こっち(主に私)が何か自分の意見を言うと途端に大爆発して暴れまくり(無論殴られることはザラ)、最悪の場合家を飛び出して数日居なくなる。
父や祖父母(父の側の祖父母は亡くなっており、母方祖父母と暮らしてた)が何度も諌めようとしてくれたが、
私が他の女の子と比べて幸運だったのは、県外で暮らす母方の祖父母が相談相手になってくれたこと
何より学費と仕送りを援助してくれたこと
なんでこの人たちからあの母親が…と幼心に疑問に感じるぐらい優しい人たちだった
母は二人のこと疎ましがっている様子だったけど、今の私がいるのはあの二人のおかげ。だから恩返ししたくて勉強も就活も頑張ったんだけどね
恩返しする前に亡くなってしまった